日曜日、奈留にほとんど押し切られる形で連れて来られた浅草未来街は想像通りの混雑具合で、初夏の暑さと人の熱気が相まって恐らく今日本で一番熱い場所だった。
「やっぱり来なきゃ良かったなぁ……」
「もう、そんなテンション下がること言わないで」
自然と漏れ出た正直な思いに耳聡く反応してくる奈留だったけれど、その声には覇気が無い。
人混みの中を午前中いっぱい歩き回り、流石の彼女にも疲労が見える。
「そろそろいい時間だし、どこかで休憩できればいいんだけどね」
風邪の病み上がりであるはずの咲良が三人の中で一番元気なようだった。きょろきょろと辺りを見回して普段通りの様子で言う。
「どこかと言ってもねぇ、どこも一杯だろう。なんか適当に飲み物だけ買って、座れるところ探そうぜ」
「さんせぇい」
奈留の気の抜けた同意の声を受けて、テイクアウトのできるカフェは近くにないものかしらと頭を上げた、その時だった。
――突然、どこかから得体のしれない破砕音。
そして辺りのあちこちから上がる悲鳴。
何かが起こった――何か良からぬことが、この近くで。
聞こえてきた異常な音からはそれだけしか分からなかったが、人間が正常な判断力を失うにはそれだけで十分だった。
人混みがわっと一つの方向に向かって一斉に勢いよく動き出し、押し合いへし合いの混乱が生まれる。この場から逃げようとする人流が、秩序無くぶつかり合う。
「わっ!? うわっ!?」
「きゃ、きゃあッ!」
私も奈留も、一瞬で人の波で押し流されそうになる。
そんな私達は不意に腕を掴まれて、波の外へと引っ張り出された。
「おわっ!? 誰だ――って、咲良か。びっくりしたぜ……」
誰しもがここから離れようとしているお陰で建ち並ぶ店舗の中には空隙が生まれていて、私達は人がいなくなった適当な店の中に咲良の手によって引き上げられた形だった。
「ごめんごめん、あの人混みに飲まれちゃうと危ないと思ったからさ」
「ありがとう、助かったよ咲良ちゃん……」
すっかり憔悴しきった奈留がぺたりとその場に座り込む。確かにこんな状態の小柄な奈留があの混乱の中で揉みくちゃにされては、怪我では済まないかもしれない。
「二人とも、しばらくここで様子を見て、人の流れが落ち着いたら駅に向かってね。その方が安全だと思うから」
「ああ、分かった……。ん? なんだその言い方。まるでお前は別行動するみたいな言い方だな」
「うん、悪いけどそうするよ。私はさっきの音がした方をちょっと見てくる」
それだけ言い残して、咲良は止める間もなく人流とは逆方向に向けて走り出してしまった。
人の流れがに逆らって無茶な移動をしているはずなのに僅かな隙間を掻い潜って、あっという間に見えなくなる咲良。
追いかけようと思っても土台無理な話だった。
「……あいつ、なんで好きこのんでトラブルの渦中へと飛び込むんだろうな」
「まあ……。咲良ちゃんだから……。やっぱりちょっとうちのお兄ちゃんに似てるなぁ……」
取り残された私達二人は、そんな茫然とした会話を交わすしかなかった。