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第16話

 浅草未来街での混乱に巻き込まれたくなかった僕は咲良が友人達と合流するのを遠くから見届けて、早々に自宅へと戻ってきていた。

 テレビではどのチャンネルでも局を挙げて今日の事件について取り上げたニュース特番が組まれていて、上空から撮影された事件当時の映像が繰り返し放送されている。

 開業当日の大型複合施設で起こった類を見ない大規模な事件。

 それも先日のタワーマンション崩落事件で注目されていた謎の人物が再び現れ、これまた謎な力を使う少女と超常的な戦闘を繰り広げていたとなれば、世間がこぞって注目するのも仕方が無いだろう。

 しかも途中から特撮ヒーローもかくやという出で立ちの男が現れて特撮染みた大立ち回りを現実でやってのけたとなれば、人々に夢でも見ているんじゃないかと思わせるくらいの衝撃を与えたことだろう。


『今ご覧いただきましたように、こちらの黄色いコスチュームを身に纏った男性――でいいのでしょうか、身体付きからは男性に見えますが、こちらの人物が、はい、ここですね、肘による打撃で、あの太い柱を粉々にしています』

『いや〜、これは常識ではあり得ないことですよね。こんなの、普通の人間にできることではありませんよ。それにそもそも、この二本の柱の動きも、明らかに不自然ですよ。物理法則を無視していますよね』

『一説では、ここに映っている長袖の少女が操っているように見えるというような指摘もありますが……』

『まあ、この映像だけ見て確かなことなんて言えませんけどね? この黄色い服を着た人物が、直後にその少女に殴りかかってるでしょ。状況的に見れば、この少女が柱や瓦礫を操っていて、こっちの人物がそれに対抗しているという風に見えるのが私にも自然だと思いますよ。いや、常識的に考えたら信じられないんだけどね』

『ですが、常識ではあり得ない現象――超常現象という風に、仮にこの場では呼びますけれども、そういった現象はつい先日も我々、報道していたわけです。こちらご覧ください、こちらは先週火曜日に起こった、都内のタワーマンション火災現場での、崩落事故の際の映像です。この激しく炎上しているマンションが――ここですね、一度バラバラに崩壊して落ちてくるんですけれども、どういうわけかその瓦礫は真っ直ぐに落下すること無く、空中で浮遊を続けながら、ゆっくりと落ちてくるんですね』

『うーん、今こうして見ると、今日の事件で少女が使っていたような力と、同じようなものに見えますよね』

『はい、そしてこの先日の火災現場でもカメラに映っていた謎の人物――この、ヘルメットで顔は分かりませんが、白いコスチュームを纏った人影と同一人物と思われる姿が、今日の現場にも――』


「――ただいまー。あー、疲れた疲れた……」


 ニュース映像が変身中の咲良を捉えた画像のズームを映したところで、疲労しきった様子の彼女が帰ってきた。玄関の扉を開けるなり、脱力した声でぼやいている。


「お疲れ様、咲良。大変だったね」


 僕はテレビの前のソファから立ち上がって、ふらふらと部屋に入ってきた彼女を出迎える。そんな僕に咲良は少しバツの悪そうな顔を向けてきた。


「弥生もねー。……奈留ちゃん達から聞いたよ。二人が変な男の人から襲われそうになってたところを、助けてくれたんだって?」

「まあ、成り行きでね」

「二人ともすごい感謝してたよ。……ありがとね、弥生」

「どういたしまして。けど君ほど大したことはしていないさ。大変だったようだね、咲良」

「いやー、私の方はほとんど玲門さんが一人でやってたっていうか――って、うわ! 私めっちゃテレビ出てんじゃん!」


 そこで咲良はテレビのニュースに気付き、ソファにどっかりと腰を下ろす。


「汗もかいて服も汚れてるだろうし、先にお風呂入って着替えてきたら?」

「ちょっとテレビ見てから入る〜」


 そう言って実際に「ちょっと」であったことなんて無いのだけど、言い争っても益が無いので僕は黙ってキッチンに向かう。冷えたミネラルウォーターをグラスに注いで、ソファの上ですっかりだらけモードに入った彼女へ手渡した後、僕もその隣に腰を下ろした。


「……すっかり有名人だね、咲良」

「ねー。びっくりだよ。こんなにしっかり撮られちゃうとはねぇ。幸福丸怒るかなぁ」

「まあ、それは多分大丈夫じゃないかな。なるべく目立たないようになんて、こうなってはもう土台無理だ。それにそもそも、目立って欲しくないなら玲門を応援に向かわせないだろう」


 彼は隠れて行動するとか秘密裏に事件を解決するとかそういう隠密行動には全く向かない。

 では何が向いているのかというと、幼稚園のお遊戯会に呼ばれて戦隊ヒーローの寸劇でもしているのが、一番向いているのではないかと思う。


「――けど、私と玲門さんが正義のヒーローで、あの破壊子ちゃんって子の方が悪役っていう構図で報道されてるんだね」


 真っ直ぐテレビから視線を逸らさないまま、意外そうな声で咲良がそう言う。


「まあ、今回は映像が色々残っているみたいだから、状況的に見て妥当なところじゃないかな。あの子が最初に施設を色々壊して回ってたっていう目撃証言もあるみたいだし」

「でも、正義のヒーローっていう響きがねー。……それ、流行ってるのかな? 私も破壊子ちゃんからそんな風に呼ばれたんだけど」


 不思議そうに眉をひそめて、グラスのミネラルウォーターに口をつける。

 それからふうと息をついて、呟くように彼女は言った。


「別にそんなつもり、無いのにね」

「そうだね」


 ニュースでは特殊な力を持つ犯罪者から社会を守るヒーローが現れたというような論調で、咲良と玲門を持ち上げるような報道が続いていた。

 恐らくそういう分かりやすい悪対正義という構図に持っていった方が都合良しと、報道する側は考えたのだろう。

 社会がヒーローの登場を受け入れるムードであることは、別に僕の立場からしても都合の悪いものではないのだけど。

 なんとなく、これから先もっと面倒な事態に進展していきそうだなという不吉な予感が胸中にあった。

 破壊子ちゃん、柊木亜心、そしてその裏にいる何者か。

 目的も目標も未だ分からないことだらけだけど、今日の一件で鳴りを潜めるような連中には思えない。

 むしろ今日の事件は大事件の序章に過ぎないのではないか。

 そんな根拠の無い予感を、僕はほとんど確信していた。


『――つまり、浅草未来街で起こった本日の事件、これほど大きな規模かつ過去に例の無い特殊な事件にも関わらず犠牲者が一人も出なかったのは、この二人のヒーローのお陰であると言えるのではないでしょうか』


 番組の終了時間になり、キャスターは最後のその台詞だけ事前に準備していたかのように、淀み無くはっきりと原稿を読み上げた。

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