破壊と恐怖に追い立てられてすっかり誰もいなくなった広場で、ただ二人残った少女が猛烈な火花を散らしていた。
「破綻・必滅・崩壊ッ! 破綻・必滅・崩壊ッ!」
片方は袖の長いモノトーンのワンピースを身に纏った小柄な少女、破壊子ちゃん。
もう片方は白い特注スーツに身を包んだ少女、鈴桐咲良。
破壊子ちゃんが壊しては飛ばす建造物の瓦礫を徒手空拳でさばきながら、咲良が声を上げる。
「あの、ちょっと! 物投げるのやめて下さい! 危ないですから!」
「やだよぉん。まだまだ暴れ足りないもん。壊し足りないもん。もっともっともっともっと壊して壊して破壊し尽くさないと!」
広場に建っていた真新しいオブジェ達もすっかり粉々になり、周囲の施設にも瓦礫が突っ込み割れたショーウィンドウのガラスやそこから飛び出した商品が散乱している。
辺りをすっかり戦場さながらの景色に変貌させてしまった暴威の中心で、咲良は叫ぶ。
「どうしてこんなことをするんですか! せっかく大勢の人達が今日の為に作り上げ準備したものを、こんな台無しにして! 理由を教えて下さい!」
「そんなの簡単だよぉ。この世の全部、壊れる時が一番美しいんだよ。壊れる瞬間にこそ本当の価値が分かるんだよ。ボクはそれが見たいんだ」
踊るようなステップを踏みながら、破壊子ちゃんは不気味な笑顔を咲良に向ける。
「ここにある物はどれも駄目だねぇ。とっても空虚だ。あっても無くても構わない、偽りの価値しか無い物ばっかりだ――キミはどうかなぁ、ヒーローちゃん」
そして獰猛な視線と共に向けられる殺気。
思わず身構える咲良。
そして次の瞬間。
「――呼ばれて飛び出てレイモンジャー参上ッ! 拙者は正義のレイモンイエローッ! レイモォン・キィックッ!! イェッ!!」
奇っ怪な名乗り上げと共にどこからともなく現れた真黄色の人影が、猛烈な勢いで破壊子ちゃんを蹴り飛ばす。
飛ばされた破壊子ちゃんは施設の壁に激突し、壁に放射状のひび割れが走る。
前触れの無い突然の乱入者による攻撃に破壊子ちゃんは目を丸くし、吐き捨てるような口調で言った。
「……別に呼んでないのになぁんか知らない人飛び出してきたなぁ……。おじさん、誰?」
「うーん、困った少女、ダッ! 名乗りなら今したであろう! しかァし、もう一度聞きたいというのであれば吝か非ずッ! 篤と聞け邪悪なる少女よ! 拙者は正義の――」
「玲門さん、何故ここへ!?」
特撮戦隊ものの出演者にしか見えない出で立ちをした男に、咲良が詰め寄る。彼は彼女の知り合いだった。
咲良と同じく幸福会で働く男――しかしアルバイトの咲良とは違い幸福丸と正規雇用契約を結んだ成人男性、
正義漢であることを自身のアイデンティティとする彼の職業は、自称レイモンジャー。
「ていうか、なんてことしてるんですか。相手は女の子なんですよ? 暴力反対です」
「ンーンッ! 君も相変わらず困ったお嬢さん、ダッ! 拙者の名乗りを邪魔するなんてネ――それに、胸焼けするくらいに甘ちゃんだ。これだけの事を仕出かした相手に、手加減なんて生温い真似はノンノノン、だぜ」
瓦礫の山の上を悠々と歩みながら、玲門は筋骨隆々とした大きな背中で語る。
「拙者は幸福丸の依頼を受けて君の応援に駆けつけたのさ、レイモンホワイト。奴がこの事態の元凶だろう? 君にやる気が無いのなら、後は拙者に任せてもらおう、カッ!」
「……誰がレイモンホワイトだっての……」
うんざりとした口調で向けられた非難には耳を貸さず、レイモンイエローは走り出す。
「正義全開ッ! レイモォン・フラィンボディァタァーッ!!」
「汗臭いなぁ、もう!」
忌々しげに吐き捨てた破壊子ちゃんが飛ばした瓦礫の直撃を受け、飛び上がって攻撃体勢に入っていた玲門は横合いから吹き飛ばされる。
「へぶりこぶしかッ!」
「正義のヒーローは一人じゃないとは思ってたけどさぁ。まさかこんな奴が出てくるとはねぇ」
「こんな奴とはご挨拶ッ! 横から来たるとは天中殺ッ! されどこれでも正義のイエロー、無礼な手合いにゃへこたれないゼッ!」
身体にのしかかった瓦礫を跳ね除け勢いよく起き上がり、破壊子ちゃんに向かって再度走り出す玲門。
そんな彼に降り注ぐ飛礫。しかしそれをものともせず彼は走り続ける。
「案ずるなうら若き少女よッ! 人間誰しも間違うことはあるッ! 大切なのは過ちを認め前へと進むこと、ダッ! 拙者の正しき力でその過ちを矯正してやろうッ!」
「そういうのをさぁ、お節介って言うんだよねぇ」
「とかくこの世は生きづらい、しかし美しいビュティフォワァーッ! 暴力はそんな世界を傷つける、忌むべき力ッ! いつしか自分自身をも傷つけるッ!」
「散々キックやらボディアタックやらかましておいて、説得力無いんだよ!」
「殴り殴られ、傷つけ合うことでしか分かり合えない悲しき世の中が現実ならばッ! 拙者が一番に傷つこうッ! そして共に見つけよう、光差す道――ライトニンロォをッ!」
「意味の分からないことを、好き勝手言うだけの奴がぁッ! 突っかかって来んなァッ!!」
「レィモン、レィモン、レィモン……レイモォン・パァーンチッ!! イェッ!!」
「破綻・必滅・崩壊ッ! ぶっ壊れろトンチキイエローッ!!」
直径一メートル程の太い柱が二本、縦横無尽に宙を舞う。見えない力でぐるぐると振り回されたそれは右から左からそれぞれ玲門の身体を打つ。
しかし両肘による打撃で柱を粉砕した彼は右足で地面を蹴って一気に破壊子ちゃんへの距離を詰める。
両者の間に瓦礫や飛礫が飛来し壁を作るが、彼の拳はその壁ごと粉砕する。
容赦無く叩きつけられた鉄槌に破壊子ちゃんの身体は真っ直ぐ吹き飛び、突っ込んだ先の壁に大穴を空ける。
粉々に砕け散った建材が崩れ、天井が剥がれ落ち、砂埃が舞う。
ダンプカーが突っ込んだ跡もかくやという破壊がそこに残った。
「玲門さん!? なに本気で殴ってるんですか、信じられません! いい大人が子供に暴力振るわないで下さいっ!」
「フッ、分からないかねホワイトよ。これはただの暴力ではない……。殴る方にも痛みを伴う正義の拳、ダッ!」
「意味分かんない……」
愕然と呟く咲良に対して腕を組んでサムズアップする玲門。そのまま彼は続ける。
「それにあの少女は、拙者達と似たような力を持っているのだろう? それにあの熱き想い……。到底この程度で静かになるタマじゃあないゼッ!」
「――よく分かってるじゃぁん、トンチキイエロー……。じゃあ今度はボクの番ってことも、分かってるよねぇ?」
壁に空いた大穴からぬっと姿を現した破壊子ちゃん。
身に纏った衣装は砂埃で汚れ所々破れていたが、本人の足取りには未だ力が宿っていた。
そして彼女の発する明確な殺意が形となる――その瞬間。
「破壊子ちゃん。今日はこれで引き上げだ。当初の目的は十分に果たせた」
そんな声がどこからともなく聞こえた。
破壊子ちゃんはその呼びかけにぴたりと動きを止め、顔をしかめて空を見上げる。
いつの間にか上空からは報道ヘリのローター音。
この惨憺たる現場を空から中継しているようだった。
集まってきた複数台のヘリを見やって、彼女は吐き捨てるように呟いた。
「やられ役としては丁度いい頃合いって意味? ……でも専務、むしゃくしゃするからボーナス頂戴よ」
「考えておこう」
そんな短い会話だけを残して、破壊子ちゃんは壁に空いた穴の中へと消えていった。
強まっていくローター音の中で咲良と玲門はヘルメットに覆われた顔を見合わせる。
「……フム。今日の戦いはここまでだな! それではまた会おう、レイモンホワイトよッ!」
「私はそのレイモンジャーとかいうのと、全く何の関係も無いですから……」
温度差のある短いやり取りを交わし、それから二人は別々の方向へと立ち去り荒れ果てた現場を後にしたのだった。