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第5話だったらやることは一つしかないだろっ!

「思い出した。『俺』は、日本人だったんだ……」


 心の中に引っ掛かっていたモヤが一挙に取り払われた気がした。


 したたかに打ち付けた頭の傷から流れ落ちる血液と共に、そのモヤが晴れ渡っていくような気さえしてくる。


 そのモヤは頭の中でずっと引っ掛かっていた『僕』の記憶の断片だ。


 幼い頃からずっと頭の中にあった知らない記憶の光景は、俺が日本人だった頃に経験してきた人生そのものだ。


 名前は……。思い出せないな。まあいいや。今更前世の名前なんてそれほど重要な事じゃない。

 俺は前世でロクデナシのブラック企業の社畜として、体を酷使しながら安月給で働いていた。


 無能な上司から押し付けられたサービス残業によって肉体と精神の疲労は限界に達し、そのまま心臓発作で死んでしまった。


 そして分かる。今の『僕』も、前世で死んだ『俺』と地続きになった『俺自身』だ。


「そうか、そうだったんだ。どこかで見たことがあるこの世界の景色、常識、魔法、そして……エミリア。エミリア・サウザンドブライン。『マド花』のヒロインのエミリアッ!」


 ここは一昔前に一世を風靡した恋愛シミュレーションRPG『魔導勇者と花咲く魔王』の世界なんだ。


 シビルと前世の俺は同じ俺。マド花のヒロイン達全員が大好きだった俺も、今世でエミリアが好きになった僕も、どっちも俺自身だ。


 しくもゲームで一番のお気に入りもメインヒロインであるエミリアだった。

 一番愛してやまなかったヒロインがエミリアだったことに、俺は訳の分からない昂揚感を覚えた。


 混乱するかと思っていた『僕と俺』の思想の違いは、封印されていた記憶と共に俺の思想に融合されたのだ。


「しかし、エミリアにシビル・ルインハルドって幼馴染みがいるなんて知らないぞ……いや待て、そうだ。設定資料に載っていたエミリアの幼馴染みがいた」


 そうか。それが俺だったんだ。エミリアは攻略対象のヒロインの中でも、特に悲壮な過去を乗り越えるイベントが多かった。


 死んでしまった幼馴染みとの思い出が、主人公との新しい恋に書き換わっていく過程が溜まらなく感動したものだ。


 人によっては元カレのつば付きだとか、処女性がないとかのアンチな意見もあったが、俺は気にならなかった。


 というより、そういったバックグラウンドにこそ彼女の魅力があると思っていた。


「っていうか、そんな事を考えている場合じゃない!」


 ここがマド花の世界だとしたら、これほど俺にとって生きやすい世界はないじゃないか。


 だとしたら、やるべきことは沢山ある。できる事が山ほどあるんだ。


「そうだ。ここは試練の洞窟ッ! それならあそこにっ」


 俺は頭に怪我をしていることも忘れて無我夢中でボスフロアの隠し扉の所へ行く為に必死で頭を回転させた。


 生きる気力と共に体に力がみなぎっていき、頭の中に蘇ってきた試練の洞窟のマップを思い出して抜け道から奈落を脱出することに成功した。


◇◇◇


 そうして、俺は何はともあれ全ての考えを後回しにして『全能者の宝玉』を取りに走ったのである。


 打ち付けた頭の怪我のことなどとっくに忘れ去っていた。

 いつの間にか治っていたことに気が付いたのは後になってからだが、恐らく宝玉によって肉体も変質したのだろう。(見た目はブタゴブリンのままだったのが残念である)


「全能者の宝玉が本当にあった。ということは、ここがゲームの世界であることは間違いない」


 今まで存在を認識すらしなかったステータス画面の開き方が分かる。

 これは現地の人間は誰一人知らない現象だった。いや、確か特殊な魔道具を使って計測する方法はあったと聞いたことはある。


【シビル・ルインハルド(人間族)】 男

――LV1 HP999 MP999

――腕力 999 

――敏捷 999 

――体力 999 

――魔力 999


 これが俺のステータスだ。凄い。本当に全部カンストしてる。


 ちなみにゲーム内で表示されるステータスは他にも沢山あり、武器を装備した後の攻撃力とか、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、精神耐性など多岐にわたる。


 でもややこしいのでシンプルに四項目くらいで十分だろう。


 あと、特殊なステータスとして『幸運』というのがあるが、これは特殊な方法でないと高めることができない。


 ……あれ? これのやり方だけ思い出せないな。


 おかしい。俺はこのゲームを相当やりこんでいる。


 ステータスの厳選などはこだわったから忘れる筈がないのだが……。


 思い出せないものは仕方ない。


 参考までにゲーム主人公の初期ステータスは、確かこんな感じだったな。


【主人公(人間族)】 男

――LV1 HP 30 MP10

――腕力 15

――敏捷 10

――体力 13

――魔力 15


 これだけでも回復薬の準備さえ怠らなければ、この試練の洞窟のモンスターにはほとんど負けることはない。如何いかに俺のステータスがチート状態か分かってもらえると嬉しい。


 ちなみに元の俺の数値は不明だ。確認する前にステータスがカンストしてしまったからな。まあどうせゴミカスみたいな数値だったに違いない。


 恐らく前世の記憶を取り戻した瞬間、俺はこの世界がゲームだと自覚した。


 だからゲームの機能が使えるようになったのかもしれない。単なる仮説に過ぎないが。


 全部が全部全く同じかどうかは検証が必要だ。

 今の年号が人類暦1297年。


 魔王軍との戦争が1298年だった筈。そしてゲーム本編の開始が1300年丁度。


 主人公が学園高等部に入学すると同時にゲームがスタートするから、色々なことが丁度良い。


 ゲーム本編は卒業までの三年間が描かれるから、今は前日譚ということか。


「ゲーム本編は始まっていない。と言うことは主人公はまだ農村で畑仕事をしている平民だ」


 マド花の主人公は高い勇者適性と優秀なギフトスキルを見出されて田舎からこのサウザンドブライン領ではなく、俺たちが住んでいる『フェアリール王国』王都の学園に特待生としてやってくる。


 そして前回魔王を倒したヒロインの一人である先代勇者と共に戦いの運命に巻き込まれていく。


 そして屈託のない純朴な性格で様々な悩みを抱えているヒロイン達の心を掴んでいくのだ。


 攻略ルートに入ったヒロインを筆頭に、好感度の高いヒロインを引き連れて魔王軍との戦いに臨む。


 そして、そのヒロインには当然パッケージデザインにも採用されているメインヒロインのエミリアも含まれている。


 彼女は先の戦争――ここではまだ起こっていない魔王との決戦戦争が始まった矢先に死んでしまった幼馴染みとの別れのショックを引きずっていた。


 つまり俺だ。俺はこれから始まる戦争で死ぬ運命にある。


 剣も魔法も才能からっきしの俺だ。生き残れなくて当然だろう。


「だけど、もうその心配もない」


 エミリアは俺の死を引きずって傷付いていた心を主人公によって癒やされ、恋をしていく。


 ゲームをプレイしていた頃はエミリアの悲しい過去に同情し、彼女を癒やしてあげたいと思ったものだが……。


 それって俺なんだよなぁ。死んだ幼馴染みが俺。それを癒やしたのもプレイヤーの分身である主人公……。つまり俺自身も同じこと。


 なんだか複雑な気分だ。


「よしっ、これで無敵だ。無双してやろうかな」


 俺を突き落としやがったアルフレッドの野郎の鼻を明かしてやらないとな。


 今まで我慢してきたがもう遠慮はしない。力を手に入れた途端にイキるのはみっともないが、あいつらの悪意は少々度が過ぎていた。


 俺の中のシビルの部分が腹に据えかねていたのも事実だ。


 だが単にボコボコにするだけじゃ野郎と同レベルに落ちてしまう。

 あくまで合法的な範囲内で奴のプライドをへし折ってやりたい。


 いや、そうじゃないな。あの野郎が俺にちょっかいを出さないように、引いてはエミーに何かしようとは思わないように。


 何も今すぐぶん殴りにいく必要は無い。学園の生活の中でチャンスを伺おう。


 今までは力も自信も無かった。だけど今は違う。

 チートで手に入れた力だけど、俺は幸せな人生を歩む為に全力でこれを利用してやる!!!


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