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第33話勇気を与えるには

 デートの最後にやってきたのはホタルが生活していた家。


 簡素な造りをした掘っ立て小屋であり、中に入ると木組みに藁みたいな植物を敷き詰めた粗末なベッドと、ボロボロのテーブルがあるのみだった。


「あ~、あはは……失敗だよ。本当になんにもなくて人を招待する場所じゃなかった」


「それでも俺は嬉しいよ。ホタルが最後に選んだ場所なんだから」


「なんだろうね。自分でもよくわからないんだ」


「分からない?」


「勇者に選ばれて、平和な世界を実現させる手助けになるならって思った」


「うん」


「この家にそんなに良い思い出なんてない筈なのに、あのモンスターと戦って、命の危険のリアルを感じて、怖くなっちゃった。うちに帰りたいって思うようになっちゃった」


 そうか。ホタルは勇者としての使命に目覚めはしたが、その時点で完璧な訳じゃない。


 そして、スピンオフ小説の勇者覚醒イベント後の彼女は、困難を乗り越えて強くなっていく。


 ゲーム本編開始時点で、一つの冒険を乗り越えて人間的大きな成長を遂げた状態で出会う事になる。


『たぶん、シビルさんと出会った事で本編と少し違った方向に意識が向かっちゃったかもしれませんね』


 やはりお前もそう思うか。恐らく、クイーンをたやすく葬った俺を見たことで、『自分が勇者である必要ないんじゃないか』と思ったんだろう。


 そのことを決して口にはしないものの、心のどこかで戦わなくて済むようになりたいと願ってしまった。


 これは俺の責任だ。物語を破壊してしまった以上、ヒロインがゲームとまったく同じにはならないことは既に想定済みだった。


 だけど本質的に彼女達の魅力の根本は変わってないから、俺にとってそれは重要ではないのだ。


(なあミルメット。彼女に勇気を分け与えることはできるだろうか?)


『ほほう。ようやくそこに気が付きましたねぇ』


 なんだか少し嫌な予感がする。


 こいつがこういう顔をするときは、絶対ろくでもないことを考えている時だ。


『抱きしめてあげればいいんですよぉ。その脂肪まるけのフカフカボディで抱き枕になってあげましょう♪』


 思ってたのと違った。っていうか余計なお世話だっつーの。


 俺が太ってるのはお前のせいだろうが。


 だが、抱きしめるというのは案外イケるのか?


 このブヨブヨボディは筋肉はあるが、ふくよかさもしっかり残している。


 デブのブサメンハグなんてキモいとか言われたらどうしよう。


「シビル君……一つ、お願いを聞いてもらえないかな」


「ああ、俺にできることなら……」


 そうした瞬間、ぽすっと柔らかく小さな体が飛びついてくる。

 咄嗟に受け止めるもよろけてしまい、ベッドに倒れ込んでしまった。


「ホタル?」


「温かい……。少しだけ、こうさせて」


『へっへっへ~。ぶへへへへっへっへっへっへ~~』


 せっかくホタルがラブコメっぽい感じにハグを求めてくれたのに耳元でゲスな笑いを吐き出すクソ妖精のせいで集中できねぇ。


『それじゃあお約束って奴いっちゃいましょう! お待たせしました紳士諸君ッ! スキル『エロ同人』発動しまーす★』


 なんだとぅ⁉ いずれそうなることは望んでいたが、こんなタイミングで発動させやがって。


 確かに良い雰囲気だが、お前のゲス笑いのせいでロマンもへったくれもなくなってしまったぞ。


 でも、ホタルは勇気を失いかけていた。


 俺としっかりとした繋がりを持つことで心の支えにしてくれたら万々歳であると考えようではないか。


「な、なんだろう……体が凄く熱い……胸の辺りが……えっ⁉ こ、これってっ」


 そしてエロ同人が発動したということは、ホタルの肉体は俺の知っている女の子のそれへと変貌したということだ。


「な、なんなのこれっ……。や、やだっ」


「ホタル」


「し、シビル君ッ、わ、私の体、なんか変なの。おかしくなっちゃったから、見ないでっ」


 自分の体に起こった変化に羞恥心を煽られ、密着させた体から逃れようと身をよじる。


 だけど俺はガッチリとホタルを抱きしめ、反対にベッドの上に横たえた。


「し、シビル君……」


「ホタル、俺が君に勇気をあげる。これからの戦い、多分何度も死線をくぐるだろう。だから、生きる希望と理由を共有しようぜ」


「はうぅ……。これ、これも、シビル君のスキルなの?」


「ああ。実はこっちが本命だ。俺のスキルは好きな女の子を絶対に幸せにできるスキルなんだよ」


「す、好きな、女の子……ッ」


「こんなブタゴブリンに好かれるのは迷惑だろうけど、俺はホタルのこと好きだよ」


「そ、そんなっ、迷惑なんて。むしろ、嬉しい、かも……」


 よかった。好感度は既に【好感】に上がっており、恋愛まであと一歩という所だ。


『その顔でキザなセリフ吐かれましてもねぇ』


 うるせぇよアホ妖精。茶々入れてないで黙っててくれ。


「で、でも幼馴染みさんは?」


「ああ、エミリアは俺の正室になる女性だ。俺には幸せにしたい女の子が沢山いる。ホタルもその中の一人だ」


「そ、それって、いったい……」


 俺は『マド花』のヒロイン達と、俺が転生してきた事について話して聞かせる事にした。


 ホタルは初めこそ訝しんでいる様子だったが、彼女の過去にあったことを含めた細かい事まで言い当てることで、段々と信じてくれるようになった。


◇◇◇


「じゃ、じゃあ、シビル君は本当に、別の世界からやってきた人、なの?」


「正確には別の世界の前世の記憶を持ったシビル・ルインハルドってこの世界の人間なんだ。俺は君たちの未来を知っている。本当にそうなる保証はないけど、可能性が残ってる以上は放置したくないって思うんだ」


 抱き締め合いながら、互いの体温を感じ合う俺達。


 ホタルはモジモジと体を動かして俺にしがみ付いてくる。


「うん、なんだろうね。私、信じられる。シビル君の言ってること、嘘じゃないって分かる……不思議。この体の不思議な変化も、その影響なんだよね」


 友好度【好意】→【恋愛】


(おっ……ホタルの好感度が)


 ホタルは自ら肩に手を掛けて顔を近づけてくる。


 やがてその唇は重なり、フワリと柔らかい感触と共に、先ほど食べたクレープの甘いクリームの味が口の中に広がった。


「ふぁふ……。キスが、とっても気持ち良い。でも、きっと、もっち違う何かが、あるんだよね……?」


 スキルエロ同人の影響はホタルの心に変化をもたらした。


 それは、体の内側に溜まっていく情欲の衝動に戸惑っている証拠である。


「教えてシビル君。あなたの世界で当たり前で、この世界では未知の事……シビル君は沢山知ってる」


 ホタルの頬が赤くなり、小さな舌が何かを求めて這い出てくるではないか。


 その情欲の求めるままに、俺はホタルに未知の感覚を教え込むことにした。


◇◇◇


「はぁ、ふぅ、はふぅ……私、大人になっちゃったぁ♡」


 勇者の体は非常に勇者だった。


 小っちゃくて、愛らしくて、柔らかくて、温かくて、そして狭かった。


 何を言っているか分からんだろう。俺も分からん。


 だけど、勇者であっても女の子。


 女の子であっても勇者。


 どういう事を言いたいのか分からないだろうけど、彼女との交わりは俺も勇気をもらうことができた、とだけ言っておこう。


「ホタル、俺は君を守る。これから始まる旅路で、どんな危険からも絶対守ってみせるから」


「うん。私も、戦えるようになるね」


「ああ。一緒に頑張ろう。さて、そろそろ移動しようか」


「え? あ、そっか。幼馴染みさんの家に行くんだっけ」


「ああ。俺の正室になる女の子、エミリアだ。好きになった女の子は必ず紹介するって約束してるからね。立てるか?」


「うん。ありがとう」


 そうして俺はホタルをエミーに引き合わせるため、サウザンドブライン邸へと足を向けた。

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