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第五章 せめて読める漢字にして欲しい③

 あと少しで屋敷に突入するといったところで、ふいに視界に影が差す。それから聞き覚えのあるようなないような声の高笑い。見上げると太陽を背にしたどこぞの誰かが俺たちを見下ろしている。ただし逆光のせいで何にも見えない。まぶしいので今すぐ降りてきて欲しい。


「ヨクゾココマデ来タワネ!! 歓迎シテアゲ……ゴッッッフッ!」


 シルエットが盛大にむせた。


「だっせ……」

「失礼ネ! げっふげっ!」


 どうやら聞こえていたようで、シルエット状態のエミリアが反論してくる。とりあえず落ち着いてから喋ろうな。


「フーッ、醜態ヲ晒シタワ。デモ、モウ大丈夫ヨ! 心配グラッッッッッッツェ!! ッテ言ウカナンデノンキニ待ッテルノ? オ馬鹿ナノ?」


 お前が落ち着くのを待ってたんだよって言葉をぐっと飲み込む。このおまぬけイタリアン娘をシメれば諸々が解決するわけだし。なら極力簡潔に済ませたいわけで。


「あー、その。なんだ。できれば今すぐ降りてきてくれるとありがたい」

「エッ? パンツ見エテルカラ降リテコイ? 見テンジャネーヨ変態野郎」

「んなこと言ってねえよ!?」


 っつーかどう聞こえたらそうなるんだよ。


「えっ透流そんなことしてたの……? 状況を考えてよ……」

「前から聞こうと思ってたんだが、お前は俺の親友ポジションなんだよな?」

「それが?」

「いや、なんでもない……」


 なんでこいつ何言ってんの? って顔で俺を見てくるの。悪いのは俺か? 本当に俺なのか?

 とうっと華麗に空中で宙返りを決めながらエミリアが地面に着地する。その姿だけ見れば確かに以前話していた忍者の弟子だとかそんなことも納得してしまいそうになる。うん、俺は腰辺りに巻き付けられていたワイヤーなんて見てない。


「ソレニシテモ良クココガ分カッタワネ。正直馬鹿ダカラ分カラナイト思ッテタワ」

「失礼にもほどがあるからな、それ」


 あんだけヒント渡しといて分からないもクソもないと思うんだが。正直イタリア語はタレイアがいないと分からなかったわけだけども。


「おい一つ良いか?」


 タレイアがエミリアを睨みながら言う。ん? 突然どうしたこの女神は。


「馬鹿に馬鹿って言うんじゃねえよ。馬鹿に失礼だろ」

「お前どっちの味方なの!?」

「ソレモソウネ……謝罪スルワ……」


 おいこら、お前はお前で納得してんじゃねえよ。悲しくなるだろうが。


「サテ、改メテ、ヨーコソ我ガ、パスティーネノ屋敷ヘ。トリアエズソコハ褒メテアゲル。トール、アタシトドチラガ主人公ニ相応シイカ。勝負シヨウジャナイ」

「どっちが主人公なんざ俺は興味ねえんだよ。俺は和泉を取り返したいだけなんだからな」

「ソンナニアノ子ガ大事ナノ? アタシ嫉妬シチャーウ。デモ、イイワ。ドウセ勝負スルンダカラ。マー、心配シナイデ。金ニナルモノ、パスティーネファミリーハ殺サナイカラ」

「金だと?」


 まだ生きていると安心した反面、和泉のことをただの物のように言ったことが許せなかった。怒りで噛みしめた奥歯から、ぎりっと音が鳴る。


「モチロン、アナタガ奥マデ来ラレタラ返シテアゲル。来ラレタラ、ダケドネ」


 含みのある笑みを残し、くるりと背を向けてエミリアは屋敷に向かって歩き出す。


「おいこら待ちやがれ! おい!」

「おーっと。ここから先は行かせんぜ」


 いつの間に現れた、山のように大きな黒ずくめの男三人に行く道を遮られてしまう。ふっ三人程度なら……。

 瞬間、一人がぬっと動く。それはまるで山が動いているかのごとく。

 あっ駄目だこれ。正面突破したら死ぬやつだ。助けを求めるように後ろにいるはずのタレイアに目を向ける。


「んだよ。こっち見てんじゃねえよ」


 さっきから何も言ってこないなあとは思ったけど、のんきに煙草吸ってるとは思わなかった。俺は自分が思っている以上にタレイアを信頼してたのかもしれない。


「お前本当に助ける気ある!?」

「ん? あるある。あっちょっと待って後少し吸わせて」


 駄目だこいつ。全然役に立たねえ。じゃあと肇に目を向ける。


「わんっ」


 代わりにいたのは一匹のチワワ。めちゃくちゃ震えてるよ。そっかー、恐怖のあまり肇は犬になっちゃったかー。


「んなわけねえだろあいつ何してんの!?」


 あいつ、いつの間にかどっかに消えやがったよ。


「ハジメ! コッチヨ!」

「わんっ!」


 エミリアに呼ばれてチワワが彼女の元へと駆けていく。そしてエミリアに抱き留められた瞬間、嬉しそうにべろべろと顔をなめるハジメ(犬)。


「クスグッタイワヨ、ハジメ」


 わーすっごいほのぼのとした空間。状況が状況じゃなければずっと見てられるよ。

 でもね。まじであいつ犬になったの? そして俺を裏切ったの? ハジメくん?


「うわっいいなあ。俺もパスティーネさんの犬になりたい」

「えっ?」


 いつの間にか隣に戻ってきていた肇がそんなことをぽつりと呟く。なんだこいつそんな性癖があったのか。じゃなくて。


「あれ? お前犬になったんじゃ……」

「は? 何が?」


 過去最高に冷えた目で俺を睨んだ肇の目には、チワワのようなかわいさはどこにも見られなかった。うん、やっぱりそんなことないよね。ちゃんと分かってたよ。ホントホント。


「良イコトヲ教エテアゲルワ!」


 屋敷に入る直前、エミリアが犬のハジメを抱きしめながらそんなことを言う。良いことってなんだろう。犬になることかな。だったらいいなあ。


「片言ノ日本語ッテネ。案外疲レルシとっさに抜けないのよ!」


 後半めちゃくちゃ流暢な日本語でそう叫ぶと、エミリアはハジメと一緒に屋敷の中へ消えていく。お前日本語めちゃくちゃ上手いやないかい。


「さて、透流。悪いけどここは俺に任せてもらうよ」

「お前何言って……っつーか今のにツッコミなし? いいのそれで? 本当にお前はそれでいいの?」


 俺のことを無視してすっと肇が構えたものは、何の変哲もないただの木の棒。

 そう、木の棒である。

 RPGとかのゲームだと最初に装備させられるやつ。

 それから肇は一瞬だけちらりと俺を盗み見ると、ふっとかっこよく笑う。


「俺、こう見ても剣道三級なんだぜ?」


 なんてことをどや顔でのたまうのは俺の親友ポジションの真宮肇くん。

 なるほど、さっき消えたのはこの木の棒を探してたからなのね。そうだね、ここら辺木がいっぱい生えてるもんね。すごい! よく考えた!

 でもそのうん。なんだ…………ごめん色々考えたけど、庇えそうにないわ。うん。だからこそ言わせて欲しい。我慢って身体に良くないって言うもんね。ふー……よっし、ではいきます。


 恥ずかしいいいいいいいいいいいいい! すっごく恥ずかしいんですけど!? なんでこの子三級でどや顔してんのよ。せめてそう言うのは段取ってからにしようぜ。

 それに肇は気が付いてないかもしんないけど、目の前の黒ずくめ三人組が必死に笑いこらえてるから! やめてええええええええ! この子うちの子なんですごめんなさいいいいいいいいいいい!


「さっ、俺のことは良いから早く氷川さんのところへ向かうんだ!」


 確かに台詞とかだけ見たら死を覚悟した勇者の仲間っぽくてすっごくかっこいい。これぞある意味での主人公の親友ポジションのあるべき姿。でも、こうも華麗に死亡フラグを立てているはずなのに何でだろう……。圧倒的に弱すぎてどう見ても生存フラグで捕虜フラグにしか見えないんだよなあ……。どうしたもんかなあ……全くもって安心できないんだけど。これが本当に剣と魔法の世界で、俺たちが勇者のパーティーだったら問答無用で助けに入ってるよ。なんとまあ仲間思いなパーティーだこと。


「お、おうクソ。は、肇っちもくっふそう言ってるしうふふふふふふっさっさと行くぞ」


 笑いを必死に我慢しているんだろうが全然できていない。声震えてるしさっきから口の端めっちゃぴくぴくしてるし。いや、気持ちは分かるが笑っちゃいかんだろう。


「えっあれ?」


 さすがに不安になってきたのであろう肇が、訝しげに俺たちを見る。


「気にすんじゃねえ。てめえにここはぬふっ任せたぞ肇ェ!」


 誤魔化せてない誤魔化せてない。思いっきりぬふって笑ったぞこの駄女神。

 それでも現在脳内ファイティングモードの肇には関係ないようで、先ほどの表情もどこへやら。今まで見た中で一番勇ましい表情で木の棒を構えていらっしゃる。

 脳内ではこれから必死に戦い、そして散っていく姿が妄想されていることだろう。でもな肇。大丈夫だ。お前は生き残る。


 とりえず肇を生け贄に、俺とタレイアは大急ぎでその場から離れる。途中三人が肇を無視して俺たちを追いかけようとしたが、肇がとっさに何かをして動きを止められる。すげえ。早すぎてとかじゃなくて、純粋に動きがぐちゃぐちゃ過ぎて何してるか分からなかったぞ。


「まあ、あいつは大丈夫だろ」


 後ろを振り向きもせず、タレイアが言う。


「何だ。お前勝てると思ってんのか?」

「んなわけねえだろ現実見ろよ。肇っちは犠牲になった。それだけだ」


 少しだけ。ほんの少しだけ肇がかわいそうになった。


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