目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第五章 せめて読める漢字にして欲しい④

 誰もいない、静かな廊下を進んでいく。最初こそコソコソとしていたわけだが、あまりにも気配がないことに痺れを切らしたタレイアの案で、こうして堂々とすることになった。

 振り返ってみても追ってくる気配はない。あるのはタレイアに捨てられた吸い殻だけ。火事になるからやめなさいと言おうと思ったけど、そうなったらそうなったで都合良いよね。うん、おっけー。


 それはそうと、さっきからずっと景色が変わらないせいで同じ道をあるいてるような気になる。

 ぴたりと、前を歩いていたタレイアが止まった。そのせいで危うくぶつかりかける。


「おい、危ねえだろぉ……ってどうしたよそんな変な顔して」

「変じゃねえ呪うぞ」


 それは勘弁と両手を降参とばかりに胸の前に挙げる。タレイアはそんな俺を見て、ちっと舌打ちを一つ。荒々しいことが多くて本当にこいつは女神なのか怪しくなる。悪魔とか鬼の類だとかって言われた方がまだ納得が――。

 瞬間、ドゴンと鈍い音がしてすぐ近くの壁が倒れていく。それから、ぎろりと鋭い視線。これは……死んだわと覚悟を決める。


「すみませんそのっ確かにあなたを女神じゃないかもしれない疑ったことはあるんですけど、えぇ。でも、今回の場合はそうじゃな「あそこ見てみろ」はい?」


 見えたのは綺麗に抜けた壁と、その向こうで目を丸くしている作業着姿の男数名。


「壁を自分たちで移動させて同じとこをぐるぐる回らせてたわけか。ご丁寧にあたしがわざと捨てた吸い殻も拾っていただいちゃって」


 首をごきりと鳴らす。その姿はまさに悪鬼。なんならタレイアの後ろ姿にまがまがしい何かが見えるくらい。頼むから幻覚であって欲しい。


「えっあっいやこれはですね……」


 男たちが顔いっぱいに冷や汗をかいている。うん、俺も逆だったら同じことになってたと思う。だからといって味方だから嬉しいってこともないんだけどね。


「だーい丈夫だって。あたしだって分かってるよ。命令されて嫌々やったことなんだろ?」

「そ、そうですそうです!」


 全員ぶんぶんと首がちぎれそうな勢いで頷いている。


「そうだよなそうだよなあ。お前だってこんな美しい女神のこと弄ぶなんて本意じゃないわなあ? で、お前ら給料いくらだ」

「え、えぇ! …………は? 給料?」


 こいつ突然何言い出したって顔してる男たち。うん、その反応は正解だと思うし、事実俺もそんな顔してると思う。鏡ないから分かんないけど。


「だぁかっらぁー。お前らがもらってる賃金はいくらだって聞いてんの。あれか? てめえらの耳は鈍感系主人公か何かですかぁー?」


 そう言いながらぺしぺしと一番若そうな男の頬を叩く。っつーか例えがまた分かりづらい。そんなのオタク以外に言ったところで伝わらないと思うぞ。


「で、いくらよ?」

「ご、五十万ぐらいです!」


 わーお、やっぱり貰ってるねえ。さすがここのお嬢様が金になるもの云々と言ってただけある。そんなことをしている間にもタレイアの尋問は続く。尋問と言っても給料聞き出してるだけだけど。


「お前は?」

「お、同じです!」

「ほう。で、お前は?」

「自分も……」

「嘘だな」


 ひげ面の一人がそう言った瞬間、タレイアの目が鋭く光る。獲物を狩る瞳だと、本能が告げる。それは向こう側も同じだったようで、見ただけも分かるほど身体がこわばってしまっている。うわぁかわいそう。


「お前、こいつらの上司だろ?」

「えっ、あっはい確かにそうですが……」


 にやりと、タレイアの口角が嬉しそうにつり上がる。悪そうな顔してるなあ。やっぱりこいつは女神じゃないのかもしれない。だって自称だし。


「ならもっと貰ってるだろ。出せ」


「へっ?」

「えっ?」


 ひげ面と俺の疑問の声が重なる。えっ今こいつ何つった?


「よこせつってんだわ。お? 部下の責任は上司が取るってのが今も昔も変わらないことじゃないんけ?」

「いや、確かにそうかもしれ……待ってくれ頼む待ってくれ」


 タレイアの手元に鈍く光るそれ。どこからどう見ても拳銃だよね。銃刀法違反万歳。お巡りさんここですよ。


「いーや、待てないね。ほれ、さっさと出せ。おーっとそこの小童ぁ、誰が動いていいつった? 撃つぞ」


 なんて言うかシンプルに怖い。そしてなんで俺は女神がマフィアの下っ端(?)脅してる光景なんて見てるのだろうか。


「わ、分かった出す出すからその手に持ってる銃をしまってくれ」

「てめえが出すのが先だ」

「分かった……」


 ひげ面がおずおずと出した財布をぶんどると、許可も取らずに財布から金を抜き取る。


「かーっ、三十万ぽっちかよ。しけてんなあ」

「いやっそれは妻にプレゼントとして使……すみません何でもないです……」


 なんか悲しいワードが飛び出た気がするけど、ごめんなさい知らない人。俺は自分の命が惜しい。


「おい、何してるお前らも出すんだよ」


「「「ほ?」」」


 安堵していた顔ぶれが一瞬で凍る。まさかこいつ全員から搾り取るつもりじゃねえだろうな。

 さすがにそれはいくら何でもと思い、つい口を出す。


「いやいやもう良――くないですね。すみません俺が馬鹿でした」


 ぎろりと睨まれる。まさに蛇と蛙。周りからももっと頑張れよとアイコンタクトでメッセージが飛んできているような気がするけど無視。いや無理だって。あんたらマフィアの下っ端で敵わないのよ? 何の力も持ち合わせてない高校生である俺の手に負えるわけないじゃん。常識的に考えて欲しい。


「分かりゃいいんだ分かりゃ」


 しめてうん百万円を手に入れたタレイアがスキップしながら前を歩いている。そりゃそうだろうな。まさかこんなところで巻き上げたもといお小遣いが手にはいるとは思わなかっただろうし。俺も思わなかったよ。しくしくと切なく泣く成人男性数名の姿が思い出されて心が痛むが、この際気にしない方が良いのかもしれない。色々と。後、世界平和のためにこいつは消されるべきなのではないだろうか。


「そうだ言い忘れてたが、あたしのこと女神じゃねえって疑ってたの。ちゃーんと覚えてるからな?」

「えっ?」

「全部終わったらてめえのケツに焼けた鉄の棒を生やしてやる。楽しみにしとけ」


 俺の平和のため、帰るまでにこいつを消す方法を考える必要が出てきた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?