「おっ、良いところにカジノがあるじゃねえか。さすがマフィアってとこか」
(タレイアが)男たちを締め上げ、これからどこへ向かえばいいのかを聞き出し、その通りに歩いていると、けけけっと意地悪く笑いながらタレイアが言った。
どこにだよと彼女の視線の先を追うと、確かにふすま扉の上にはでかでかと《カジノ》と筆で書かれたであろう看板が掛かっているのが見て取れた。なんて言うか色々ミスマッチ過ぎてどうしていいか分からない。賭博場とかじゃ駄目だったのだろうか。
「いや、さすがにもう時間ねえから! お前のせいでどれだけの時間ロスしたと思ってんの!?」
「あぁ? お前分かってねえなぁ」
めんどくさそうにため息を吐かれる。何が分かっていないと言うのだろうか。
「情報っつーのはな、こういう場所にこそ集まるんだよ」
「あーなるほぉー……ってちょっと待て。情報も何も後は奥に向かうだけだろ? それをどうしてこんな」
「だーらっしゃい! 良いからあたしに着いてくれば良いんだよ。分かったか!?」
俺の意見など聞く耳持たずと言った風にタレイアがふすま扉を勢いよく開く。お前ギャンブルがしたいだけだろ。
「お待ちしておりました、タレイア様、神田透流様」
想像していた喧噪はなく、そんな低く、落ち着いた声が俺たちを出迎えてくれる。人物は一人。半円の形をした机を挟むようにして立っているのはタキシードに身を包んだ初老の男性。ダンディズムの溢れる見た目に、長身痩躯とはなんというか……執事長っぽい。色々あって忘れそうだけど、ここマフィアのアジトだよね? ただのお屋敷ってわけじゃないよね? だって見た感じこの人すっごい日本人っぽいし……。
「誰だてめえ? どうしてあたしの名前を知ってる?」
すっと目を細め、タレイアが苛立たしげに尋ねる。
「どうして知っているか、ですね。分かりますとも。この敷地内に踏み入れたときからずっと動向は把握しておりましたから」
「そりゃまあご苦労なことで。でもまあ、このもやしより先にあたしの名前を呼んだのは評価してやるよ」
「ありがたく」
そう言って片手を胸に当て、男は深々と頭を下げる。その姿が妙に堂には入っていて、まるでそう言う系の物語から出てきたような気さえする。大丈夫、ここは現実だから。うん。
「さて、名乗るのが遅くなりました。わたくし、名をアダム・メイアと申します」
「アダムたぁそりゃ大層な名前だことで」
タレイアはそう吐き捨てると、どかどかと無遠慮に椅子の一つに腰掛ける。机の上に積まれたコインが危なっかしく揺れるも、アダム何とかさんは顔色一つ変えることはない。っつーか名前がすっごい西洋っぽいし、やっぱり日本人じゃなかったのか。顔で出身国を見分けるって難しいね。
「よお、てめえディーラーなんだろ。だったら勝負といこうや」
「おいおいおいおい、お前状況分かってんのか? 今は――」
「いいかクソ。あたしはなあ」
強く、アダム何とかさんを睨んだまま言う。
「こういうスカした雰囲気の男が大っ嫌いなんだよ」
「奇遇ですね。わたくしも貴女のような品のない女性は反吐が出るほど嫌いなのでございます」
涼しげに彼が言うと、タレイアの額に分かりやすいほど青筋が浮かぶ。ここまで怒ったこいつを見るのは初めてかもしれない。いいぞアダム何とかさん。もっと言ってやれ。
「んだとクソ野郎……てめえのその綺麗なお顔が苦悩で歪む様をこの目でしっかり拝んでやるよ」
タレイアは勢いよく先ほど巻き上げたばかりのお小遣いをダンッと机に叩き付ける。それさもお前の金のように扱ってるけど、違うからな?
「おー怖いですね。これだから野蛮人は嫌いなのですよ。思わず嘔吐してしまいそうです」
なんでこの人はこの人でけんか腰なんだよ。っつーかタレイアを乗せるのうまいのは仕事柄そう言う客が多いからだろうか。それとタレイアって前から思ってたけど人のこと散々煽るくせに煽り耐性ないよね。
何はともあれ完全に私怨の戦いが始まったわけで……。俺もう行って良いかなあ。駄目なんだろうなあ。