報せを聞いた
「
そう言って手紙を投げる。鋼先はそれを読んで
「
「河北じゃと」
「あのあたりは、燕軍を
「相手?」
「燕の将軍、
「あの
フォルトゥナも頷く。
「しかしあの手紙、なんで李秀宛てだったんだ?」
皆がぴたりと手を止めたところで、李秀が厳かに言った。
「郭子儀将軍は、あたしに
「
郭子儀は、鋼先に礼をした。鋼先は
「
そう言い始めたとき、
郭子儀はすぐに立ち上がり、鋼先に言った。
「話は後だ。敵軍が
そう言って
「これだけいてくれるなら、戦場に出ても大丈夫そうだな」
雷先が安心して言う。
「まあな」
鋼先が苦笑した。しかし、李秀は
「……念のため映したら、いたの、
「何だって」
皆が驚く。そのとき、
「動くな、燕軍の
収星陣に対して、一斉に槍が向けられた。
郭子儀と李光弼は嘉山の
鋼先たちは、左右を兵士に固められたまま、燕の将軍の前に突き出された。燕将はにやりと笑う。
「郭将軍、そいつらか」
郭子儀は静かに頷く。
「そうだ、史思明。安禄山の
そう言って、兵士に合図する。兵士は
李秀が大声で叫ぶ。
「師父、どういう事です? 約束って何なの!」
兵士が、李秀に向けて槍を構えた。郭子儀は、それを手で制して言う。
「安禄山が、逃げ出したお前たちを
それを聞いた史思明が、へらへらして頷いた。
「重要な
しかし郭子儀は、
「戦果などどうでもいい。――
史思明が
「別な勢力? 郭将軍、あんたまさか」
「お前たち燕が、
史思明は、冷や汗をかいて
「……燕はもともと
それを聞いた郭子儀は、
「安心しろ。ウイグルは遠いからな、もう何年か先の話だ。
――とにかく今から、我が軍は一度
郭子儀が
「怖ろしいことを聞いたな。これは伝令させておかないと」
身震いした史思明は郭子儀を見送り、鋼先たちを
「いやだよ!」
「あっ、李秀!」
鋼先が止めるのも聞かず、突然、李秀が列から飛び出して、郭子儀の陣に駆け込んだ。
最後尾にいた郭子儀が、気付いて振り返る。
「李秀、行け。話は聞かぬ」
しかし李秀は、大粒の涙を流しながら抗議した。
「こんなことをするために、あたしたちを呼んだんですか? それだけじゃなく、この戦乱を利用して蜂起するだなんて! 絶対、魔星の影響です! だから!」
郭子儀は、無表情で訊ねる。
「だから?」
李秀は、雨に打たれながら、双戟を抜いた。
「あたしが、師父を収星します。敵わなくても、やるしかない」
「そうか」
郭子儀が、薄くほほ笑んだ。
「この旅で、腕を上げたとは思うぞ。見てやろう、来い」
李秀は、正面から突進した。しかし、すぐに郭子儀の右に回り込み、双戟を使わずに蹴りを放った。それも、避けにくい膝周りを狙ったので、郭子儀はもろに食らってしまう。
「ぬうっ」
重心をぐらつかされ、郭子儀はよろめいた。李秀は戟を振るって相手の手元を狙い、武器を叩き落とそうとする。郭子儀はそれに耐え、長い
「やあっ!」
李秀は、今度は逆に回り込んで、郭子儀の逆膝を蹴った。しかし、郭子儀は間合いを詰めて蹴りを胴で受けると、矛を離して李秀の両手首を取り、双戟を封じた。
「動けまい、李秀」
しかし、李秀は目を光らせる。
「いいえ!」
李秀は手首をつかまれたまま、後方に宙返りして郭子儀の顎を蹴り上げた。
「おおっ!」
収星陣と、郭子儀の兵から、どよめきが上がった。
郭子儀は吹っ飛ばされて倒れ、うめき声を上げる。
李秀がさらに迫ろうとしたとき、左右から兵が駆けつけ、李秀に槍を向けた。
「勝手な真似をするな! おとなしく燕軍へ行け! でなければ殺す!」
郭子儀の副官が、李秀に叫ぶ。
「やってみれば!」
李秀はそれでも突進したが、兵に囲まれて捕らわれ、鋼先たちの元に戻されてしまった。
結局、鋼先たちは
最初は脱出も考えたが、
檻車の中で、鋼先は李秀に訊く。
「郭将軍は、いつから魔星が憑いていたんだ。八公山で会ったときは?」
李秀は、自信なさ気に首を振り、
「あのときは、朔月鏡が無かったから。でも、優しかったし、きっと魔星が憑いたのは最近だと思う」
広大な野心を語り、あっさりと弟子を売り渡した師を見て、李秀はそう感じていた。その震える肩を、フォルトゥナがそっと抱く。
「だったら、心配
萍鶴も頷き、
「そうよ。雨が止めば、私がなんとかするわ」
しかし
突然、周りが騒がしくなった。
「
しかし、あちこちで
「唐軍だ! 郭将軍の旗だ。引き返してきたんだ」
「なに?」
鋼先が目を
唐軍の
「まず、檻車の者たちを保護するのだ。
郭子儀の陣から、豪雨に逆らう勢いで、無数の矢が打ち込まれてきた。
燕軍は、それに
李秀が、涙を流して檻にしがみつく。
「師父! 師父だ! ああ、良かった!」
郭子儀は、李秀に向かってしっかりとほほ笑み、謝るように頷いた。
唐軍の勢いに
郭子儀は、檻車に来て李秀を呼んだ。
「さっきは済まなかったな。芝居だと説明する暇がなかったんだ。しかし李秀、いい蹴りだったぞ。相変わらず軽いのが難点だが」
そう言って、自分の顎を撫でた。蹴り
「あっ。師父、あのとき自分で跳びましたね……」
李秀は、それも芝居だと分かってむくれた。雷先が、笑って李秀の頭を撫でると、振り払われて脇腹を殴られた。
郭子儀は、それを
「今なら討てる。奴らを逃すな」
「はい、郭将軍。奴の兵がばらばらのうちに!」
穴に落ちた
燕軍の先頭にいた史朝義が、
「父上、郭子儀と李光弼が迫って来ます。どうしますか」
史思明は
「一騎討ちか、こうなったら
そう言って、史思明は悪童のように笑った。配下の兵は、もう逃げ去っていて、軍旗を持っていたのは史朝義であった。
「ならば、私もお
史朝義は旗を置き、馬も武器も無いまま、父の後ろに付いた。
すぐに、郭子儀が馬を
「たいした力だな、郭将軍!」
史思明は、しびれる腕をさすりながら笑った。郭子儀は何も語らず、矛をしごいて威嚇する。
「こっちにもいるぞ!」
そう叫んだのは史朝義で、左から郭子儀に回り込んだ。しかし、
「お前の相手は俺だ!」
李光弼が
郭子儀の長い矛は、馬上で龍の
「くそ、疲れを知らない奴だ。もう保たねえ!」
史思明もよく耐えたが、ついに剣を
一方、史朝義は李光弼の前に仁王立ちしている。そして叫んだ。
「文字通り、泥臭い闘い方を見せてやる。はあっ!」
史朝義は、李光弼の馬に組み合った。
驚いた馬は、史朝義の怪力に抵抗できずに倒れる。
「うおっ」
落馬した李光弼に、史朝義は素速く殴りかかった。
「ぐうっ。ぐはっ!」
李光弼は、顔と腹に拳を食らって怯んだ。
「くっ、やられるか!」
李光弼は、前蹴りで史朝義を飛ばして距離を取ると、大刀を
「こ、これは……厄介な」
守りを固められ、史朝義は攻めが通じなくなり、焦った。
「くらえ!」
李光弼は、その隙を突いて大刀を大降りし、史朝義を大きく打ち飛ばした。
倒れた
「だめだな。おい、もうなりふり構ってられねえぜ」
史思明はそう言い、二人は
「逃がさんぞ!」
郭子儀と李光弼は、急いで弓を構え、矢をつがえて放った。
矢は
「よし、捕らえろ」
郭子儀が、兵に合図をした。しかし、いったん倒れた二人は、すぐに起き上がり、草むらに向かって走り出し、とうとう見えなくなってしまった。
「どういうことでしょう。確かに当たったはず」
李光弼がそう言い、郭子儀も不思議に思って、見に行った。
そこには、二人の男が、確かに倒れていた。しかしよく見ると、矢に当たったのは史親子から抜け出た魔星で、トカゲの尻尾のように
李光弼は追おうとしたが、郭子儀は止めて言った。
「燕軍が立ち直るとまずい。史思明が
「
李光弼は、
矢に当たった魔星は、
◇
こうして唐軍は燕軍を大いに破り、
鋼先たちは郭子儀に呼ばれたが、彼らが行くと、
さすがに鋼先も慌てて、両手を振った。
「やめてくれ、分かってるよ。燕軍を
郭子儀は答えて、
「そう言ってもらえると助かる。では、この両者を頼む」
と、二人の魔星を連れてきた。史思明の
「あいつら、俺たちの力を利用してたくせに、
その後、二星は鋼先の説得で、収星を受け入れた。
郭子儀が、この
「すべて急なことだった。
鋼先が、頷いて訊く。
「史思明に俺たちの引き渡しを持ちかけて、時間を
「そうだ、済まなかった。だがお
そう言って、郭子儀は李光弼と笑った。魯乗が、そっと手を挙げて問う。
「郭将軍、ウイグル族を引き入れて
郭子儀は笑って、
「今後、
と答えた。
「でも、師父にも魔星が。いったい、いつからなんです?」
李秀が不安げに目を向けると、
「あの手紙を書いた後、天雄星が現れて、力を貸してくれると言ってな。私は
と郭子儀は苦笑した。
そのとき、李光弼がよろめいて片膝をつく。
「光弼、大丈夫か。そろそろ限界であろう」
郭子儀が心配そうな目を向ける。李光弼は笑って見せたが、額には
「ええ。やっぱり、私は魔星と
「ああ」
鋼先はすぐに
郭子儀が、ねぎらうように手を掲げた。
「お前たちの力は、史思明との戦いで役には立った。それは礼を言う。だが、この戦はおそらく長引く。いつまでも力を借りてはいられぬ」
「師父、長引くって、どういう意味ですか」
李秀が
「あれから史思明を捜させたが、結局見つけられなかった。あいつは安禄山に
「でも、あいつの魔星はもういないでしょ。それに安禄山も収星したわ。きっともうすぐ、
首を振りながら、李秀が