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第75魔:心配すんなや!

 コロンという音と共に、ガラガラから玉が出てきた。

 これが本当にババ抜きだったら、前回あれだけ煽った割には、ものっそい地味な絵面になるけど大丈夫かな?

 まあ、俺がそんなことを心配してもしょうがないか。

 ……待てよ。

 いつもここで俺が玉を見た後で、そこに書いてある種目がモニターに表示されてたけど、別にこれ、俺が玉を見なくても、どのみち種目はモニターに表示されるんだよな。

 だとしたらここは敢えて玉は見ずに、俺もモニターで種目を確認することにしてみよう。

 その行為自体にこれといった意味はないが、第三試合が不本意な敗け方をしてしまったので、悪い流れを断ち切るためにも、気休めでもいいからちょっとした変化をつけたい。

 そんなことを一人考えていると、ジャジャーンという音と共に、前方のモニターに種目が映し出された。

 恐る恐るモニターを覗くと、そこには『相撲』と表示されていた。

 相撲!?

 ついに第四試合目にして、戦闘系の種目が出てしまった……。

 いや、相撲が戦闘系なのかと言われると若干微妙な気もするが、少なくとも沙魔美とキャリコが土俵の上でぶつかったら、どちらもただでは済まないのは目に見えている。

 これは、かつてない程の激戦が予想されるぞ。


「ンフフフ、確か相撲は、日本の国技なのよね地球の魔女さん? ある意味私とあなたの決着の舞台としては、これ以上なく相応しいと思わない?」

「フン、正直私は、あなたをブチのめせれば何でもいいわ。それよりも、まさか本当に、相撲を取るなんてことはないでしょうね?」

「もちろんよ地球の魔女さん。せっかくだから、私もこの身で魔法をしてみたいものね。お互い手持ちのを何でも使用可の、デスマッチといきましょう。それ以外のルールは相撲と同じ、身体が土俵の外に出るか、足の裏以外が地面に付いたら敗けよ」


 っ!

 ……つまりそれは、『魔法』も『科学』も使い放題ってことか。

 そんなの最早、相撲でも何でもない。

 文字通り、殺し合いデスマッチだ……。


「フッフッフ、そうこなくっちゃ。いいわ、それでいきましょう。あなたが生まれてきたことを後悔するくらい、死よりも辛い激痛を与えてから、あの世に送ってあげるわ」


 ……。

 完全に台詞が悪役のそれだけど、大丈夫かメインヒロイン?

 まあ最近は下半身が蛇の邪神の女の子が主人公のアニメが放送されてるくらいだから、これも世相なのかもしれないが。


「ンフフフ、楽しみにしてるわよ」


 そう言うなりキャリコは、タッチパネルを操作した。

 すると水晶玉の中の試合会場が国技館の土俵の形になり、観客席は土俵の周りを360度囲うように再配置された。

 まさにテレビで見る、大相撲の会場そのものだ。


「さてと、じゃあ私は先に土俵の上で待ってるから、心の準備ができたら、後から来てね地球の魔女さん」

「ちょ、ちょっと待ってくれキャリコ!」


 俺はたった今頭に沸いた疑問を、確認せずにはいられなかった。


「ンフフフ、何かしら普津沢堕理雄君? まさか土俵の上には女は立っちゃいけないなんてことを、この期に及んで言ったりはしないわよね?」

「……ああ、そんな野暮なことを言うつもりはないよ。でも一つだけ確認させてくれ。言わずもがな、お前と沙魔美の死闘は、筆舌に尽くしがたいものになるだろう。それなのにあんなに観客席が近かったら、観客は命がいくつあっても足りないじゃないか」

「! ……堕理雄」

「ンフフフ、本当にあなたは優しいのね普津沢堕理雄君。地球が滅亡するかどうかの、超々緊急事態なのよ? たかだか999人の命なんて、70億もいる地球人口に比べたら、誤差の範囲じゃない?」

「ふ、ふざけるな! 999人もの命が、誤差なわけないだろうッ!」

「ンフフフ、冗談よ。あなた達がそう言うだろうと思って、今回は土俵と観客席との間の、視覚情報以外の時空の繋がりをシャットアウトしておいたわ。わかりやすく言うなら、観客達は立体映像の相撲の試合を見ているようなものよ。私達がどんなに激しい戦いを繰り広げようとも、観客に危害が及ぶことはないわ」

「そ、そうなのか。……それならいいけど」

「私としても観客の命が気になってたから、本気が出せなくて敗けちゃったなんて言い訳を聞きたくはないしね」

「フン。私はたとえ目の前に観客がいたとしても、微塵も手を抜くつもりはないけどね」

「オ、オイ、沙魔美」


 これじゃ本当にどっちが悪役か、わかったもんじゃないぞ……。


「ンフフフフフフ、いいわあなた。凄くいい。実に興味深いわ。決めた。この試合で私があなたに勝ったら、あなたも普津沢堕理雄君と一緒に、未来永劫実験サンプルとして可愛がってあげるわ」


 っ!!

 キャリコがそう言った途端、キャリコの深く暗い漆黒の瞳が、より一層深みを増したような気がした。

 さながらその瞳は極小のブラックホールの様にさえ見え、俺は全身の細胞が余すところなく恐怖で打ち震えているのを感じた。


「ハッ、生憎BBAに飼われる趣味はないの。悪いけど、他を当たってちょうだい」

「ンフフフ、つれないわねえ」


 しかし当の沙魔美はかけらも怯んだ様子はなく、いつも通り軽口を叩いている。

 ……流石沙魔美だぜ。

 激昂した時の周りの見えなさっぷりなら、沙魔美は宇宙一かもしれない。

 俺が一番味方でよかったと思っているのは未来延ちゃんだが、一番敵じゃなくてよかったと思っているのは沙魔美だ。

 敵にした時にこれ程厄介な女は銀河中探し回っても、そうはいないだろう。

 だがそれだけに、今はこれ以上なく頼もしい。

 頼んだぞ沙魔美。

 地球の未来は文字通り、お前の双肩にかかっているんだ。


「まあいいわ。今度こそ私は先に行って待ってるから、お好きなタイミングでいらしてね、地球の魔女さん」


 キャリコがタッチパネルを操作すると、瞬時にキャリコはモニターの中の土俵上に転送された。


「……堕理雄」

「え、何だ?」


 キャリコが消えた途端、沙魔美が声のトーンを一つ落として俺の名を呼んだ。

 ……もしかして沙魔美も内心は怖かったのかな?

 そりゃそうだよな。

 相手は5000年も生きてる伝説の科学者だ。

 いくら沙魔美でも、無事では済まないかもしれないんだもんな。

 よし。

 ここは監督として、そして彼氏として、しっかりと沙魔美を激励してあげないとな!


「どうしたんだ沙魔美? 俺にできることなら何でもするぞ。言ってみろよ」

「ん? 今何でもするって言ったよね?」

「え」


 その瞬間、沙魔美の眼が獲物を狩る直前の蛇の様な眼になった。

 なっ!?

 も、もしかしてこいつ!?


「フフフフフ、言質は取ったわよ堕理雄。じゃあお言葉に甘えて、私がこの試合に勝ったら、久しぶりに堕理雄に、監禁満漢全席をご馳走してもらおうかしら」

「か、監禁満漢全席だとッ!?」


 監禁満漢全席というのは、前に一度だけ沙魔美に付き合わされたことのある監禁方法で、光も届かない狭い監禁部屋に丸々1週間、鎖で繋がれて監禁されながら、沙魔美にあんなことやこんなことをされ続けるという、地獄の様なプレイである。

 今でも俺はあの時のことを思い出すと、震えが止まらなくなる。

 沙魔美はまた俺に、あんな思いをしろというのか……。

 さては沙魔美のやつ、本当は毛ほども怖がってなかったクセに怖いフリをして、ここぞとばかりに勝った時に報酬を貰う算段をしてやがったんだな!

 地球の命運が懸かってるこの非常時に、自分の欲望を満たすことしか考えていないとは、何てゲスい女なんだ!

 ゲスの極み乙女だ!

 ……だがここで俺が要求を断ったら、沙魔美は間違いなく戦意を喪失するだろう。

 そうなったらいくら沙魔美でも、キャリコに勝てる見込みは薄くなる気がする。

 つまりは、俺が監禁満漢全席を我慢するかどうかに、地球の未来は託されてるってことか!?

 ……ジーザス。

 つくづく俺は、こういう星の下に生まれてきているらしい。

 俺ってそんなに悪いことしてるのかな?

 まあ、そもそも沙魔美と付き合ってしまった時点で、人生はほぼ詰んだようなものなのかもしれないが……。


「……わかったよ。監禁満漢全席でも、監禁ランチブッフェでも、好きなものをご馳走してやるよ」

「イエス! イエスイエスイエス!!」


 沙魔美は今日一の笑顔でガッツポーズを決めた。


「その代わり、絶対に勝てよ。……あと、絶対に死ぬなよ」

「ハハッ! 死ぬわけないじゃない。堕理雄が監禁三ツ星レストラン春の監禁祭りをご馳走してくてるって約束してくれたんだもの。必ずあの耄碌BBAをブッ潰して、生きて帰ってくるわよ私は」

「何か報酬の内容が変わってない!?」


 もうここまできたら何でもいいけど……。


「……頑張れよ、沙魔美」

「ぞい!」


 俺は自分の決意が揺るがない内に端末で沙魔美の顔を選択し、静かに決定ボタンを押した。




「ンフフフ、彼氏との今生の別れの挨拶は済んだのかしら地球の魔女さん? あなたも実験サンプルにするとは言ったけど、普津沢堕理雄君とは別の場所にするつもりだから、もう二度と彼とは会えないわよ?」


 白衣を着たまま土俵上で待ち構えていたキャリコは、転送されてきた沙魔美に挑発するように言った。


「ご心配には及ばないわ銀河一のお局様。堕理雄が監禁五ツ星レストラン春の監禁オレゴラッソ京野菜を添えてをご馳走すると言ってくれたから、その時点で私の勝ちは確定したのよ」


 どんどん報酬がランクアップしていく!?


「ンフフフ、そういうことならもう、言葉はいらないわね。私とあなた二人だけで、存分に持てる力全てをぶつけ合いましょう!」


 キャリコはバサッっと豪快に着ている白衣を脱ぎ捨てた。

 すると胸の部分にはさらしを巻いており、下半身には、何とまわしを着用していた。

 ニャッポリート!?

 キャリコが土俵に転送されてから着替えている様子はなかったから、キャリコは最初からずっと、白衣の下にまわしを身に着けていたってことか!?

 何でまた!?

 ……もしかしてキャリコにはあらかじめ、この種目が相撲になることがわかっていたのか?

 もしくは実は普段からずっと、まわしを下着代わりにしていたとか?

 ……まあ、最早そんなことは、些末なことか。

 今の俺にできるのは、必ず沙魔美が勝つということを、最後まで信じ抜くことだけだ。


「フン、生憎BBAとキャットファイトを繰り広げる趣味はないんだけど、一部のニッチな層にはウケるかもしれないしね。仕事だと割り切って、さっさと終わらせましょう」


 沙魔美が指をフイッと振ると、沙魔美の格好もキャリコと同じく、さらしとまわし姿になった。

 二人共ド級の巨乳なので、さらしを巻いても全然胸のボリュームを隠し切れていないが、ここでそれを言うのも詮無き事だろう。


「ンフフフ、では始めましょうか。そうそう、その前に」

「?」


 キャリコが指をパチンと鳴らすと、どこからともなく直径50センチ程もある、巨大な手術用メスが8本も現れた。

 何だあれは!?

 その巨大なメスはそれぞれが自立して空中を浮遊しており、キャリコの背中の辺りに左右4本ずつ移動して、その場に留まった。

 そのフォルムは、まるで悪魔の羽の様にも見えた。

 頭に生えている山羊の角と相まって、本当にバフォメットの様だ。

 あれがキャリコの秘密兵器というわけか……。


「ンフフフ、これは私が開発した、伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンよ。これであなたを生きたまま解剖してあげるから、楽しみにしていてね。ンフフフフフ」


 伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーン!?

 何か伝説の弾道ミサイルチュドーンボカーンズドドドーンといい、ぶっちゃけキャリコはネーミングセンスはないな……。

 まあ、性能さえ伴えば、名前には頓着がない性格なのかもしれないが。


「ハッ、その台詞、そっくりそのままお返しするわ。ねえ、私もう待ちきれないわ、早く始めましょうよ。言ったでしょう? 今夜は観たいアニメがあるのよ」


 ……ずっと思っていたことだが、この二人はちょっと似てるよな。

 どこまでもマイペースで、自分がこの世の一番だと思っているところとか。


「ンフフフ、いいわ、ご要望通りそろそろ始めましょう。時間いっぱい待ったなしってやつね。――普津沢堕理雄君」

「え?」


 突然キャリコからモニター越しに名前を呼ばれて、俺は思わず面食らってしまった。


「な、何だよ」

「本来の相撲では力士同士が合意したタイミングで競技が開始されるらしいけど、今回はわかりやすく、あなたが『はっけよい、残った』と言ったのを合図に試合を始めることにするから、掛け声よろしくね」

「あ、ああ……いいけど」


 妙に相撲に詳しいな。

 これは普段からまわしを下着代わりにしている説が、信憑性を帯びてきたかもしれない。

 何にせよ、これで沙魔美とキャリコの最強対決がいよいよ始まる。

 ここから先は、瞬き一つしている暇はないだろう。


「はっけよい……」


 俺がそういうと同時に、沙魔美とキャリコの両者は目を合わせつつ腰を落とし、上体を下げ、片手を着き、臨戦態勢に入った。


「……残った!」


 パーン


 !?

 突如として大きな音が鳴り、何事かと目を見開いたが、何と沙魔美がキャリコの目の前で両手を叩き合わせ、猫騙しをお見舞いしていたのだった。

 またこすい技を!?

 沙魔美らしいと言えば、らしい戦法なのかもしれないが……。


「くっ!」


 だが存外キャリコには効果があったらしく、キャリコは初めてと言ってもいい程に動揺した素振りを見せ、無防備な姿を晒した。

 よし!

 チャンスだ!

 この隙に畳み掛けろ沙魔美!


「フッフッフ、い・ま・よ! やっておしまい! 伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴン!」

「お久しぶりでやす読者のみなさーん! みんなのアイドル、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンでやすよー!!」


 カマセドラゴンキターーー!?!?!?

 いやいやこれは悪手だろ!!

 せっかく訪れた千載一遇のチャンスを、自らドブに捨てるのに等しい所業だ!

 どうせまたあいつはワンパンで瞬殺されて、さっさと退場していくんだろうしな!


「ナイスバディのおねえさん! あなたに恨みはないでやすが、そのさらしとまわし、燃やさせていただきやすよー!」


 いや服以外も燃やせよ。

 お前久しぶりに出てきた割には、今のところ好感度直滑降だけど大丈夫か?

 案の定カマセドラゴンが吐き出した灼熱の炎は、キャリコの前方に寄り集まって盾の様になった伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンによって防がれた。

 ほらな、言った通りだ。

 ――が。

 何とカマセドラゴンの炎は、伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンをそのまま全て溶かしてしまい、跡形もなく消し去ってしまった。

 そ、そんな!?

 カマセドラゴンが、活躍しているだと!?

 天変地異の前触れかこれは!?


「ヒャッハー! どうでやすかマスター! アッシだって、やればできる子なんでやすよー!」

「ちょっと、あまりこっちに口を向けないでちょうだい。前から言おうと思ってたけど、あなた口臭いのよ」

「そ、そんなあ」


 実は俺もそれちょっと思ってた。

 凄いな。

 ほんの少しだけ上がった株が、10秒後には大暴落してやがる。


「ンフフフ、なかなかやるじゃない、口が臭いドラゴンさん。良いになったわ」

「学習? フン、BBAの強がりはみっともないわよ。次の口臭フレイムで今度はあなた自身を消し炭にしてあげるから、覚悟なさい」

「マスター! アッシの吐く炎に、変な名前を付けるのは勘弁してくだせえ!」


 ネーミングは正直どうでもいいのだが、秘密兵器を破壊されても平然としているキャリコには、言いようのない不気味さを感じた。

 だが次の瞬間、キャリコがそうしている理由がわかった。

 キャリコが指をパチンと鳴らすと、跡形もなく消えたはずの伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンが、また元通りに復元されたのだ。

 なっ!?


「……へえ。よくRPGのボスの周りに浮いてる、破壊しても何度でも再生するオプションみたいねそれ。しかもそのオプションを壊さない限り、ボス本体にはダメージは入らないってやつか。だったら何度でもカッ消すのみよ! 喰らいなさい、口臭フレイム!」

「口臭フレイムを定着させようとするのはやめてくだせいマスター!」


 そうは言いつつも、口臭ドラゴンは再度キャリコに口臭フレイムを撃ち放った。

 そして今度も先程と同様、伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンは、盾の様にキャリコの前に立ち塞がった。

 ――が。

 さっきは一瞬で溶けた伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンは、今度は傷一つ付かずに、口臭フレイムを完全に防ぎ切った。

 ファッ!?


「そんな!? ヒヒイロカネですら溶かす、口臭ドラゴンの口臭フレイムを……!?」

「ンフフフ、確かにその炎の威力は相当のものみたいね地球の魔女さん。でも言ったでしょ? 良い学習になったって」

「! ……まさか」

「そのまさかよ地球の魔女さん。私の可愛い伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンは、破壊される度に自動で学習して、弱点を克服してから再生するように設計されているの」

「!」

「つまり破壊されれば破壊される程、どんどん強力な兵器にグレードアップしていくってことよ」

「……それはそれは」


 何だそのチート兵器は!?

 そんなの相手にどうやって勝てっていうんだ!?


「さてと、お陰様で耐熱強度も得られたことだし、お礼に一思いで倒してあげるわね、口が臭いドラゴンさん」

「え? ちょ、ちょっと待ってくだせい、ナイスバディなおねえさん! 次いつ出番があるかわからねーんでやすから、せめてもう少しだけここにいさせてくだ――」


 ズバババババババババッ


「ごべらっぱー!!!」


 口臭ドラゴーン!!!

 伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンは、容赦なく口臭ドラゴンの全身をズタズタに引き裂いた。

 口臭ドラゴンは辺りに大量の血を撒き散らしながら、その巨体を土俵の上に沈めた。


「す、すいやせんマスター……どうやらアッシは、ここまでのようっす……」

「……まあ、あなたにしてはよくやったわ。特別手当を出しておくから、スパリゾートハワイ〇ンズでも行って、ゆっくり身体を休めなさい」

「あ……ありがとうごぜいやす」


 沙魔美が指をフイッと振ると、口臭ドラゴンの身体は瞬時にその場から消え去った。

 流石にあの巨体でハワイ〇ンズに行っても、入店断られると思うけどな。

 ……さて、結果的にカマセドラゴンが立派なカマセ役を全うしたところで、これは大分厄介な状況になったな。

 沙魔美の魔法なら伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンを破壊する方法はいくらでもあるのだろうが、その度により強力になって再生されたんじゃ、結局はジリ貧だ。

 かといって伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンを放っておいたら、カマセドラゴンみたいに無残に斬殺されることは必至だろう。

 進退窮まったとはこのことだ。

 キャーサが敗けた時にキャリコが、自分とラオだけは絶対に勝てると断言した意味が、今わかった。

 これは確かに、勝てる気がしない……。

 もしもラオもキャリコと同等の実力を持っているのだとすると、はなからこちら側が三勝するのは、ほぼ不可能だったということになるが……。

 ……でも、俺は沙魔美を信じるって決めたんだ。

 沙魔美なら、きっとこの状況でも何とかしてくれる。

 頼むぞ沙魔美。

 これに勝ったらいくらでも監禁させてやるから、お願いだから勝ってくれ!


「ンフフフ、次はあなたの番よ地球の魔女さん。お覚悟はよろしくて?」

「あなたが日本のアニメが好きなのはよくわかったけど、生憎お覚悟をするのはあなたのほうよキュアBBA。要は、永遠に破壊し続ければいいんでしょ? 簡単じゃない」


 え?

 いや、だから同じ手は二度と通用しないから、それは難しいって話なんだけど……。

 もしかして沙魔美のやつ、その辺がよくわかってないのか?

 しかし俺のそんな心配をよそに、沙魔美は鼻歌を歌いながら、右手を大きく振った。

 すると右手の爪が5本共、1メートルくらいの長さに伸びたのだった。

 あ、あれは!?

 実に二話以来の超久々の登場となる、鉄骨の柱を豆腐みたいにスパッと切ることができる、鋭利な爪!


「ンフフフ、実に興味深い武器ねそれ。でも、それで果たして私の伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンを壊し続けることができるのかしら?」

「できるに決まってるでしょう。この爪はね、この世のどんなものでも斬ることができる爪なのよ。つまり、そのガラクタが何度再生しようと、この爪なら何度でも斬り刻むことが可能ってことよ」


 それってそんな凄い武器だったの!?

 でも、確かにその爪なら、伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンが何度強度を増して再生しようと、理論上は破壊し続けることができることになるな。

 これならイケるか?


「……へえ。いいわねそれ。実に興味深いわ。ではあなたのそのとっておきの武器も、シッカリと学習させていただくわよ!」


 キャリコが手をかざすと、伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンは一斉に沙魔美に向かって撃ち出された。

 だが沙魔美はそれらをコバエでも追い払うかの様に、スパパパッと爪で粉微塵に斬り裂いた。

 ……よし、ここまではいい。

 問題は次だ。


「ンフフフ、確かに凄い切れ味ね。これはとても有意義な学習だったわ」


 そう言ってキャリコが指をパチンと鳴らすと、またしても伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンは、元通りに再生した。


「でも、次はどうかしら!」


 キャリコが再度手をかざすと、伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンは先程と同じ軌道で、沙魔美に向かって撃ち出された。


「何度やっても同じよ!」


 沙魔美も先程と同じく、伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンを爪で斬り裂こうとした。

 ――が。


 ガキン


「な!? 何ですって!?」


 伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンは沙魔美の爪を受けても、二回目の口臭フレイムを防いだ時と同様、傷一つ付いてはいなかった。

 そんなバカな!?

 あの爪は、この世のどんなものでも斬れるんじゃなかったのか!?


「ンフフフ、簡単な理屈よ地球の魔女さん。地球には、『矛盾』って言葉があるんでしょ? 最強の矛と最強の盾がぶつかったら、どちらが勝つかってやつ。あれはね、私に言わせれば盾が勝つに決まってるのよ。だって冷静になって考えてみて? 盾は本来、矛を防ぐためにあるものだけど、矛は盾を破壊するためにあるものじゃないでしょ? あくまで盾の間隙を突いて、人間本体にダメージを与えるためのものよ。つまり矛には元々、盾を破壊する程の力はないってことよ」

「……そんな」

「だから今回も、最高の硬度を持った私の伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンには、あなたの爪じゃ傷一つ付けられなかったってわけ。お礼を言うわ地球の魔女さん。あなたのお陰で、伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンは、この世で最も硬い物質になることができたわ。これで私はもう無敵よ」

「……くっ! 私は認めないわよ! そんな屁理屈!」


 沙魔美はそれでも諦めずに、何度も何度も伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンを斬り裂こうと試みたが、それでも結果は微塵も変わらず、遂には沙魔美の爪の方が折れてしまった。


「さ、沙魔美!!」

「クソッ! 認めない! 私は絶対に認めないわあああ!!!」

「ンフフフ、惨めね地球の魔女さん。あまり惨めな姿を晒し続けるのも可哀想だから、この辺で幕引きにしてあげるわね」


 キャリコが腕を振り下ろすと、伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンは沙魔美の全身を無慈悲に斬り刻んだ。


「キャアアアアアッ!!」

「沙魔美ー!!!」


 程なくしてキャリコが指をパチンと鳴らすと、伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンはまたキャリコの背中に戻っていった。

 そして土俵の上には、全身を血まみれにして、立ったまま気絶している沙魔美が残されていた。


「沙魔美ィーーーー!!!!!!」

「沙魔美氏ッ!!!」

「魔女ッ!!!」

「悪しき魔女ッ!!!」

「沙魔美さんッ!!!」

「ママッ!!!」

「魔女のおねえちゃんッ!!!」

「マイレディッ!!!」

「師匠の彼女さんッ!!!」


 皆一様に沙魔美の名を、絶望を籠めて呼んだ。


「ンフフフ、流石ね地球の魔女さん。弁慶の立ち往生ってやつかしら? でももう意識はないみたいね。後はあなたを突き出せば、私の勝ち。そしてこの星間戦争も、私達の勝利でエンディングよ」

「沙魔美……沙魔美ィ……」


 嗚呼、何てことだ。

 沙魔美でさえこれ程までに、手も足も出ないなんて。

 キャリコ……こいつは正真正銘のバケモノだ。

 この世にこいつに勝てる者など、存在しないのかもしれない。

 キャリコに目を付けられた時点で、地球の未来は潰えたも同然だったのかもしれない。

 嗚呼、でも、あのままでは沙魔美が死んでしまう。

 それは……それだけは絶対にさせない!


「キャリコ! もう俺達の敗けでいい! 俺の身体も、死ぬまで好きにしてくれて構わない! でも沙魔美は……沙魔美と地球の命だけは、何とか勘弁してもらえないか!!」

「だ、堕理雄君!」

「お兄さん! ダメですよ! お兄さんは絶対誰にも渡しません!」

「ンフフフ、そうねえ。あなたにそこまで言われちゃうと、流石の私も決意が揺らいじゃいそうね。でも本当にいいのね? あなたにも私と同じ様に、不老の施術をして、永遠に私と二人で、銀河の海を旅することになるのよ?」

「……ああ、それでも構わない」

「堕理雄君!!」

「お兄さん!!」

「……ダメよ」

「! 沙魔美ッ!!」


 よかった!

 意識は戻ったんだな!


「……堕理雄は誰にも渡さない」

「沙魔……美?」


 あれ?

 デジャヴ?

 何か前にも、似たようなことがあったような……。

 ――そうだ。

 あれは確か、沙魔美がピッセと初めて戦った時だ。


「堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない」

「……沙魔美」


 沙魔美は幽霊の様に棒立ちになったまま、全身から禍々しいオーラを放ち出した。

 ……そうか、これを見るのも久しぶりだな。

 確か名前は、伝説の戦闘形態ダークデストロイフォトジェニックディアボロスだったか。

 つまりこの瞬間、こちらの逆転勝ちが確定したということか……。


「堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない……そして……顔カプは絶対に許さない!!!」


 最後は毎回違うの混ぜるんだな!?


 ドウッ


 うわっ!


 モニター越しでもわかる程の激しい衝撃波が沙魔美から放たれ、会場中を揺れ動かした。

 その後、沙魔美の身体に、あの時と同じ変化が起きた。


 背中が膨れ上がり、そこからコウモリの様な羽が生えてきた。

 頭にも歪な二本の角が生えた。

 犬歯が伸びて、獣の牙の様になった。

 そして、瞳の色が血の様な深紅に変わった。


 まさしく、悪魔の様な姿だった。


「……ホウ。私も永いこと生きてるけど、こんなケースは初めて見るわね」


 キャリコはいつもの薄ら笑いをやめ、初めて真剣な表情で沙魔美の変化を観察した。


「それはそうでしょうね、長生きだけが取り柄のおばあちゃん。でも、その人生も今日で終わりよ。一応ギネスの長寿記録には私から申請は出しておいてあげるけど、多分5000歳だって言っても、誰も信じてはくれないでしょうね」


 奇しくも二人の姿は共に悪魔そのもので、非常に似通っていた。

 俺がずっとキャリコが沙魔美に似ていると思っていたのは、沙魔美のこの姿が、潜在意識の中に刷り込まれていたからなのかもしれない。


「フッ、でもあなたがどんな力を持っていようと、世界一の硬度を手に入れた伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンの敵ではないわ! 喰らいなさい!」


 キャリコが手をかざすと、伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンが、またもや沙魔美に襲い掛かった。

 だが沙魔美はそれら全てを、右手のデコピンだけで木端微塵に粉砕した。


「そ、そんな!? 伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンは、世界一硬い物質になっていたはずなのよ!? デコピンなんかで、破壊できるはずがないわ!!」

「それはついさっきまでの時点での話でしょう? 範馬勇〇郎がこの世に産まれた瞬間、人類の強さランキングが全て一つ下がったのと同様、私がこの形態になった瞬間、それは世界一硬い物質ではなくなったのよ」

「くっ! ……でも今の一撃で、伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンは、今度こそ世界一硬い物質になったわ!もうあなたでも、これを破壊することはできないわよ!」


 そう言ってキャリコは指をパチンと鳴らしたが、伝説の化学兵器スパーズバーシュバババーンは、いくら待っても再生しなかった。


「…………アラ? なんで?」

「フフフ、俗に言う、ヘイフリック限界みたいなものなんじゃない? 細胞分裂の回数には、限界があるってやつ。そのガラクタだって、無限に再生するわけじゃないんでしょ?」

「で、でも、少なく見積もっても、あと数万回は再生が可能だったはずよ!」

「だから、今の一撃でその数万回分のダメージを負ったってことでしょ? 小学生でもわかる算数よ、おばあちゃん」

「う、嘘よ……そんなはずないわ……。私の科学の結晶が……こんなことで……」


 何かいつも思うけど、こうなっちゃうと、ついつい敵側に同情心が芽生えちゃうよな。


「さてと、観たいアニメの時間も差し迫ってるし、そろそろ幕引きにするわね。最後に何か言い残すことはあるかしら、ご長寿おばあちゃん?」

「くっ……私を倒したとしても、また第二、第三のご長寿おばあちゃんが……」

「いや、流石にそのパティーンはもう飽きたわ。伝説の奥義ワンコゼメサソイウケスパダリレーザー」

「ちょ、ま――」


 ズドウッ


 うおっ! まぶしっ!


 あの時と同じく沙魔美の手のひらから、直径五メートルはあろうかとう極太のレーザーが照射され、キャリコを含む直線上の風景を、根こそぎ塵にしてしまった。

 観客席の人達も、あまりの光景に驚きの色を隠せない様子だ。

 危なかったー。

 これ、観客席との時空の繋がりをシャットアウトしてなかったら、確実に何百人も死人が出てたな。


「ぐ……は……」

「フフフ、伝説の奥義ワンコゼメサソイウケスパダリレーザーを喰らっても人の形を留めてるなんて、相当肉体を強化改造してたみたいね。本当はこのままあなたを宇宙の塵にしてやりたいところだけど、堕理雄が監禁七ツ星レストラン春の監禁ファンタジスタバロンドール黒トリュフを添えてをご馳走してくれるらしいから、特別に命だけは助けてあげるわ」


 七ツ星レストランなんて存在するの!?

 ドバイ辺りに、世界に一つだけあるって聞いたことはあるけど……。

 全身が黒焦げで立ったまま気絶しているキャリコのおでこを、沙魔美が指でチョンと押すと、キャリコは崩れ去るように、仰向けに倒れ込んだ。


「さ、沙魔美ッ!! 沙魔美ーーーッ!!!!」


 俺は喉が潰れるくらいの大声で、沙魔美の名を呼んだ。

 沙魔美は両手を腰の位置に置き、こう言った。


「これでいいのだ!」

「お前ホント赤塚漫画好きだな!?」




「沙魔美氏!」

「悪しき魔女!」


 スパシーバに戻ってきた沙魔美に、菓乃子と真衣ちゃんが泣きながら抱きついた。

 既に伝説の戦闘形態ダークデストロイフォトジェニックディアボロスは解除しており、全身の傷も魔法で綺麗に治してある。

 よく考えたらカマセドラゴンの傷も、魔法で治してやればよかったんじゃね?

 まあ、あの時は、そんな暇はなかったのかもしれないが。


「フフフフ、親友と妹にこんなに愛しく抱きしめられるなんて、今日は人生最高の日だわ。今夜はこの三人で、朝まで3Pしましょう」

「え……それはちょっと」

「調子に乗るんじゃありません! この悪しき魔女が!」

「そうやぞ魔女! さっさと菓乃子から離れろや!」


 ……ふう。

 でも今回は、マジでギリギリの勝利だったな。

 伝説の戦闘形態ダークデストロイフォトジェニックディアボロスがあったから勝てたようなものの、それがなかったら、確実にあのまま敗けていただろう。

 おそらくキャリコにはまだまだ隠し玉があったのだろうし、今回は本当に運が良かった。


「キャリコ! キャリコッ!!」


 っ!

 自軍に転送されて戻ってきた黒焦げのキャリコに、ラオが真っ先に駆け寄ってきた。

 ついさっきまではずっと呆けて死んだようにしていたのに、また最初にピッセを見た時みたいに、スイッチがオンになったようだ。


「キャリコ! オイ! 死なないでくれよキャリコ! お前に死なれたら……オレは……」


 ……。

 そうか。

 いくら実験サンプルにするのが目的だったとはいえ、ラオにとっては、キャリコは命の恩人なんだもんな。

 取り乱すのも当然か。

 見たところ、キャリコはいつ息絶えてもおかしくない虫の息といったところだが、いくら敵とはいえ、このまま死なれたら、寝覚めが悪そうだな……。


「どきな! ラオ!」

「! キャーサ」


 その時、常にぬぼーっとしているキャーサが、血相を変えて巨大な注射器を持ちながら駆けてきた。

 その中には緑色の、いかにも怪しい液体が入っている。

 そしてキャーサはその注射器を、キャリコの胸の辺りに躊躇なくブッ射し、そのまま緑色の液体を一滴残らず注入した。

 すると、見る見るうちにキャリコの身体は元通りに綺麗に修復され、後には傷一つ残っていなかった。

 何だあの注射器!?

 エリクサーか何かか!?

 あれもキャリコの科学の産物なんだとすると、つくづくキャリコの科学力はとんでもないな。

 まあ、それを言ったら、沙魔美の魔法も大概だが。


「……う、んん……」

「キャリコッ!!」


 目を覚ましたキャリコに、ラオが泣きながら抱きついた。


「ここは……。そっか、敗けちゃったのね、私」


 キャリコはジェニィから渡された新しい白衣に袖を通しながら、呟くように言った。


「キャリコ……」

「ンフフフ、ごめんなさいねラオ。本当は私の番でこの戦争を終わらせたかったんだけど、あなたに託すことになっちゃったみたい」

「そんな……いいよ、そんなこと! 絶対にオレが勝って、姐さんをオレの手に取り戻すから! お前はゆっくり、ここで休んでろよ!」

「ンフフフ、そうね。回復したとはいえ、まだしばらくは動けそうにないから、ここであなたを見守らせてもらうことにするわ」

「ああ、後は任せろ」


 そう言うとラオはゆっくりと立ち上がり、雄々しい目付きで、ピッセと菓乃子のことを睨んだ。


「……ラオ」


 ピッセはそんなラオのことを、何とも言えない複雑な表情で見つめていた。

 そして菓乃子もそんなピッセのことを、とても不安そうに見ている。


「ンフフフ、では、長きに亘り繰り広げられてきたこの戦争も、泣いても笑っても次で決着ね。さあ、普津沢堕理雄君! 最後のガラガラを回してちょうだい!」

「……ああ」


 こんな気持ちになるのは不謹慎だと承知してのことだが、ガラガラの取っ手を掴もうとする俺の心には、ある種の感動とさえ言える感情が芽生えていた。

 それは両陣営の選手が、本当に死力を尽くして戦っているのを間近で見てきたからこそ湧き出た感情なのだろうし、これが地球の命運が懸かった戦いでさえなければ、後世に語り継ぎたい物語にさえなり得ると、俺が思っている証左なのかもしれない。

 だが、そんな悠長なことを言っていられる状況ではないのは、紛れもない事実だ。

 依然としてこちらが敗ければ、地球の未来は潰えることになるのは変わっていないのだから。

 ここは何としても、ピッセと菓乃子に頑張ってもらって……。

 ……あれ?

 待てよ。

 今気付いたけど、ピッセはまだしも、一切戦闘能力がない菓乃子を最後に残してしまったのは、スーパーボーンヘッドじゃないか俺!?

 これでもし今みたいに戦闘系の種目になってしまった場合は、菓乃子の命が控えめに言ってもクソヤバイのは確実だ。

 ただでさえ、ラオは菓乃子のことを敵視してるみたいだし。

 ……何てことだ。

 これじゃ完全に、監督失格だ……。


「菓乃子、ごめん! 俺……」

「ううん、謝らないで堕理雄君」

「! ……菓乃子」


 菓乃子はいつもと何ら変わらない、とても優しい笑顔で俺に言った。


「堕理雄君はここまで常にベストな選択をしてくれてたよ。実際ここまでの試合に仮に私が出てたとしても、みんなの足を引っ張っちゃってたと思うし」

「そ、そんなことないよ菓乃子! 菓乃子は――」

「いいの。それにね、私にはピッセがついてる」

「え」


 そう言うと菓乃子はピッセの腕に抱きついた。


「なっ!? か、菓乃子!? 急にそんなんされたら、ビックリするやんけ!」


 そう言うピッセの鼻の下は、50センチくらい伸びている。


「ウオオオオオイこのメス猿があああ!!! キタネー手で姐さんに触るんじゃねえって、何回言わせればわかんだゴルアアアア!!!」


 ラオがまたしても、大気を震わせる程に激昂した。

 だが菓乃子はそんなラオのことを、歯牙にも掛けず続けた。


「私が危なくなったら、絶対にピッセが守ってくれるから、堕理雄君はそこでスマホでも弄りながら、気楽に見ててよ」

「いや、流石にスマホを弄りながらは見ないよ」


 そもそもここ、電波繋がってないし。


「ああ、そうやで先輩! 菓乃子のことはウチが一生幸せにするさかい、心配すんなや!」

「その言い方は誤解を生むぞピッセ!?」


 というわけで、アホ程長かったこの戦いも、次の最終第五試合でいよいよ決着です。

 果たしてピッセと菓乃子とラオの、三角関係の行方やいかに!?(俺も誤解を生む言い方してるじゃねーか)

 この続きは、次回まで待っててほしいゼーット!!(やっぱ最後はこれじゃないとね)

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