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第19話:2人だけの仕事。

千晶と奈雄は屋敷にやってきてから、長く一緒に【仕事】を受けていた。その内容はさまざまだが、主に異能を使った暗殺などが多い。中には新興宗教など特定の組織を壊滅させることも、依頼として受けている。依頼人のことは一切知らず、景吾から【手紙】を渡されることで、【仕事】と認識できた。

【仕事】をしなければ、【子供達】の維持ができない―――汚い文句を吐く時の景吾が、千晶は一番嫌いで、奈雄はいつか殺してやる、と思っている。自分たちが犠牲になることで、他の【子供達】が安心して生きていけるならば、彼らは自分たちが犠牲でよいと思っていた。しかし【子供達】は異能を持っているため、通常の社会で暮らしていくには苦労する。ならばしっかりと教育して、しっかりと住み分けができるようにしてやるのだ。自分たちのしていることを、させたいわけではない。しかし、同じことを覚えさせることで、【子供達】は生きていくことができるなら、そちらを選ぶ。


奈雄は、鍛錬から戻ってきた一真と幸一郎を見た。この2人は、ここに来てしっかりと成長した。正直な話、次に【仕事】を受けるのは彼らだと決まっているかのようである。炎と水のコントロールを熱心に学ぶ一真、剣やナイフなどの扱いを極める幸一郎。この2人がいるならば、いつの日か千晶と奈雄が命を落としても、心配はないだろう、と思えた。

ならば、と奈雄は思う。そして千晶へ電話をかけた。

「千晶くん」

「なんだ?」

「今回なんだけど、一真と幸一郎じゃ駄目かな?」

その問いかけに、千晶はゆっくりと返事を返す。

「分かった」

「じゃあ、向かわせる。位置を送ってくれるかな」

「分かった」

電話は切れたが、【仕事】は開始されている。奈雄は電話を握って、一真と幸一郎だけを呼び出した。呼び出された理由が分からない2人は、少し不安そうな顔をしている。

「2人ともさ」

妙な話のスタート。それでも2人は熱心に耳を傾けた。

「今日から【仕事】をスタートさせるよ。選択肢はないから」

選択肢がない、つまりそれは逃げられないこと。2人は奈雄の指示に従い、【仕事】を完璧にこなさねばならないのだ。

「現在、千晶くんが1人の男を追跡中。追跡位置は送ってる。2人で対処して」

「奈雄さん、対処とは」

幸一郎の言葉に、奈雄ははっきりと答えた。

「処分。殺害。隠ぺい。言葉はなんであれ、対象の青年の死」

対象となる存在を抹殺することが、【仕事】なのだと2人は理解する。理解してしまうと、一真は手が震えた。人なんて、殺そうと思って殺せるものなのか。若い彼にとって、誰かの死は珍しくなくとも、誰かの【殺害】はあってはならぬことだ。

「……どうして、殺すんですか?」

冷静に幸一郎が口を開く。それを見て、奈雄も真剣に答えを返してくれた。

「そもそも、ここに来るのが遅かったんだよ。だから、一番のミスは景吾。景吾がちゃんと来るべき時に彼を連れて来なかった。だからこんなことになったわけさ。ここに来るのが遅くなれば、世界を知ってしまう。世の中を知って、苦しみ、結果が悪くなる」

いまいち答えになっていないんじゃないか、と幸一郎は思いながら、奈雄の話を聞いていた。一真はそんなことよりも、自分が誰かを殺さねばならないという事実の方が、辛い。だから頭の中が真っ白だ。

「でも、殺さなくても」

「それを最終的に判断するのは景吾だよ。景吾が殺すと判断したのだから、僕たちはそれに従うだけさ。異論できるのは千晶くんだけ。でも彼も大して反対しないからね。景吾が無理と言ったら、無理だから」

そんなことで殺してしまうのか、と一真の顔は青くなる。一方、隣にいる幸一郎はいつも通りの涼しい顔だった。

「俺だけで行きます」

幸一郎は、一真には何もできないと理解した。彼はまだ少年であって、感情も豊かだし、優しさのある奴だ。明確に人を殺すことになっている今回、彼は何もできないだろう。暴走でもして、森を全部焼き払われても困る。

「いや、【仕事】は2人でするルールなんだ。もちろん色々な意味でね。まあ、一真が無理なら僕と幸一郎で行こうか」

相手は誰でもいい、という雰囲気で奈雄は言う。幸一郎もその方がいいだろう、と思った。誰かを殺して、その罪悪感に悩まされるような一真を見たいとは思わない。

「い、行きます」

しかし一真は2人の期待をいい意味で裏切ったのか、行くと言う。奈雄は自分で言い出したのだから、という顔つきで一真を見た。

「いいの?行ける?」

「行けます」

「わかった。じゃあ、一真と幸一郎の2人で行っておいで」

奈雄は一真の深い気持ちや意図を、あえて聞かなかった。今は時間が惜しいし、聞いたところで解決してやれないだろう、とも分かっている。それならば、早く先へ進んで、さっさとやるべきことをしてしまえばいい。感想はそれからだ。その先に、一真の気持ちがついてくる。それしか、解決する方法はなかった。


2人は、指定された場所へとにかく歩みを進めた。無言で歩いて行く一真の存在は、幸一郎にとって異様に感じられる。なぜなら、今までの彼なら、もっと穏やかでもっと笑うような人間だったから。

違和感を感じながらも、指定された仕事はせねばならない。せねば、今度は自分たちも危険だと幸一郎は思った。景吾は悪い男ではないと思うが、それはあくまでも自分たちがここにいて、ここで彼の指示に従い、千晶や奈雄と問題を起こさないからだ。もしも何か起こせば、次に処分の対象となるのは自分たちに決まっている。

「一真」

「な、なんだよ!」

「訓練通りにすれば、お前は大丈夫だ」

「う、うるさいな……別に、俺、そんな」

そう言いながら、彼の表情はみるみる暗くなっていくし、このまま倒れてもおかしくはないんじゃないか、と感じるほどに一真は黙ってしまう。

「一真、お前の水は相性が悪い。相手は水を操るらしいし、今はきっと興奮状態だ。相手がお前の能力を上回った時、危険だと思う」

「そうだな……やっぱり、俺、足手まといだったかな」

「そんなことはない。状況によるが、手っ取り早いのはお前の炎で【本体】を焼き払うことだ」

「ほ、ほんたいって……」

「坂田英昭」

炎で体を焼き尽くせば、能力者本人が死ぬことになる。操られた水を回避することよりも、能力者をたたく方が早いというやり方だ。能力者を相手にしている場合、このやり方は正攻法だろう。特に被害を少なくし、自分たちへの負担を減らすためにも、その方がいい。だが、一真の精神がそれに耐えきれるのか、幸一郎にはわからない。

「できるのか」

問われて、一真は押し黙った。

「できないのか」

問われて、一真は拳を握った。

「決めるのはお前だ。どちらにせよ、坂田英昭は死ぬ」

握られた拳が震えていることを、幸一郎は分かっていた。一真の心は、普通の少年から、普通の青年へと成長している途中である。そんな彼に、能力者であるとはいえ、殺害してもいいという道理は理解できないだろう。それだけ、一真は心優しく、いい人間なのだ。

もちろん、ここに集まった【子供達】が悪いとは言わない。世界を知らないだけ、世界に馴染めなかっただけ、世界と何かしらの齟齬が出てしまっただけなのだ。それでも、ここでは世界よりも【子供達】が優先される。その存在を守り抜くこと、それが大事とされる。一真にはそれが、わかるだろうか。それが本当の意味で、理解できる日が来るだろうか。


幸一郎は、一真ができないならば、自分がすればいい、とだけ結論づけた。


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