「なーんか、すっごい音がしたよねぇ?」
奈雄がそう言って部屋から出てきた。植物が鬱蒼と茂る部屋から、彼が自ら出てくることは珍しい。
「奈雄、一真と幸一郎が外にいるんじゃないか」
部屋から出てきたのは奈雄だけではない。千晶も颯爽と出てきて、【子供達】を心配した。若い年下の【子供達】のことは、この2人が面倒を見ている。本当の家族のように接しているので、不安は大きいだろう。
「樹も外じゃないかなぁ」
「そうだろうな」
「嫌な予感なんだけど、新しい子が何かしたんじゃない?」
そう言った奈雄は、面倒臭そうに頭を掻いた。そこへテクテクと歩いてくるイズミがいた。大きな本を持って歩きながら、彼女は千晶と奈雄を見上げる。
「今の振動は地震じゃないわ。上から下、つまり何かが地面に落ちた振動なのよ」
少女の言う言葉に、奈雄は疑わしそうな顔をしている。
「それって、何を基準にしてるわけ?」
「現在まで日本列島で起きた地震すべての資料を見たわ。今回は音の方がすごくて、振動は後からきているの。距離を測定すると、距離感的に地震の被害としては変なのよ」
「ぜんっぜん、分かんない!ってかさ、つまり何?」
5歳のイズミに顔を寄せて、威嚇するように奈雄は言う。イズミはそんな奈雄を気にせず、自分の意見を口にした。
「何かが落ちてきた」
「隕石?」
「それにしては被害が少ないわ」
「なんで?」
「隕石なら、この一帯は風圧で破壊されているはずよ」
「小さい隕石だったんじゃないの~?」
「なら、見てきてちょうだい。放射線量が半端ないでしょうけど」
イズミはそんなことを言って、奈雄から視線を外した。千晶のことをチラッとだけ見て、彼の動向を気にしている。しかし千晶は何も言わなかったので、イズミはそのまま窓の近くへ行く。あら、とイズミの声がしたので奈雄が近寄ってきた。
「何あれ……」
「察するに、水柱のようなものね。あのあたりに滝があったから、滝があふれたのかしら」
滝、と聞いて奈雄の目が鋭くなる。彼は新しい子のことを景吾から聞いていたのだ。水を自在に操れるらしい、と。それは一真の炎と水とは違い、水のみ。かなり細かいことができるらしく、もしかすると水だけではないのかも、と景吾は考えていた。しかしあんな水柱に巻き込まれてしまえば、景吾でもかなりのダメージを負ってしまうはず。そんなことを考えていると、横から千晶がやってきた。
「景吾を迎えに行ってくる。奈雄は樹、一真、幸一郎を」
「ヤダよ、僕も行く」
「二手に分かれた方が早い」
「はぁ、僕は子どものお守りかぁ」
そんなことを言いつつも、奈雄は仕方なさそうに廊下に飾られた観葉植物から3枚葉を取った。その葉は奈雄の手の中で蔓を生やし、伸ばし、シュルシュルと窓から出て森の方へ伸びていく。彼の植物を操る能力は、年齢を重ねる度に精度を増していき、今では【本来持っていない性質】さえ持たせることができる。伸びていった蔓は、森の中で鍛錬している一真と幸一郎を、森でのんびり遊んでいた樹を捕まえて戻ってくる。
「おかえり」
この屋敷の年長者である奈雄に、年下の少年たちは逆らえなかった。一真の炎で焼き払えばいい、と簡単に考えることはできたが、実際にはそう簡単な話ではない。奈雄はどんな植物でも、どんな場所でも操れる。あたり一面を焼け野原にしても、どこかに微かな植物が残っていればそこから森を再生することさえできるような能力者だ。だから、敵に回さない方がいい、というのが結論になる。
「奈雄さん、なんだよ、急に」
不満そうに一真が言うと、奈雄は大きなため息をついた。
「少年、さっきの音に気付かなかったのかい?」
「さっきの音?なんか聞こえたか、幸一郎?」
割と鈍感なところがある一真は、幸一郎を見る。彼は両手に短剣を持ち、短剣の訓練をしているようであった。
「……水の音」
幸一郎は耳がいいのか、一真よりも冴えている部分が多い。奈雄はさすが!と手を叩いて褒めていた。幸一郎自身は嬉しそうな素振りはないが、黙って褒められている。
「水?そんな音、したか?」
「……たくさんの水の音。滝みたいな」
「滝って、あっちの方にある奴じゃん?」
一真と幸一郎のやり取りを見て、本当に一真はよく言えば純粋で、悪く言えば鈍感。それも相まって、能力のコントロールが下手なのかもしれない。いいと悪いは、紙一重。それが異能者の運命である。
「樹、もう部屋に入って」
森から蔓と手を繋いでやってきた樹は、ニコニコ笑って屋敷に入って行った。足は泥だらけ、汚い格好になっているが、自然体を好む樹にとってはこれが最善だ。
「奈雄さん、どっか行くの?」
一真に問われて、奈雄は肩をすくめた。
「千晶くんが先に行っちゃったよ。まあ、近くだから大丈夫でしょ」
「それならいいけど」
少しだけ、一真は寂しそうな目をしていた。
一方千晶は音のした方へ車を走らせていた。景吾がベンツに乗っていってしまったので、日本車なのだが、千晶はこちらの方が好きだ。日本人好みに作られている、と思うから。しばらく車を走らせると、一帯が水で濡れている場所まで来た。近くに無残にもひっくり返ったベンツがある。
「景吾、いるのか?」
呼びかけると、車の影から体の半分がグチャグチャになった景吾が出てきた。かろうじて会話はできる状態のようで、身動きもできるが、どう見てもその動きは映画などで出てくるクリーチャーやエイリアンだ。壊れた細胞を遺伝子操作で急速に回復させているために、途中はきれいさなど無視している。
「ひどいな」
「そうなんだよ、千晶ィ。もぉ、あの子ったらさぁ」
声帯が綺麗に修復しておらず、少し間延びしたような声。しかしそれは確かに景吾の声だった。
「あの子さぁ、チマチマ水道代をケチっていたくせにぃ、僕にはこんなぁことぉ、するんだよぉぉ」
「滝の水を全部ぶつけてきたか」
「そうぅ。回復するのに時間がかかるよぉ」
「仕方ない。でも当の本人は?」
坂田英昭はどこへ消えたのか。景吾はその答えを言わず、千晶に封筒を手渡した。上等そうな紙に包まれたそれを開くと、ここに依頼が書いてある。これが景吾のやり方。手紙を渡された【子供たち】に仕事が回ってくるのだ。それはまるで赤紙のようなもの。景吾が生まれた時代を象徴するような手法でしか、彼は【子供たち】を動かさない。
「いいんですか?」
「うん、いいよ。頼むね」
「分かりました」
「うーん、あとちょっとで完璧だと思うんだけど」
「足が逆を向いています」
「おっと!ありがとう。じゃあ、そっちはお願いするね」
「はい」
千晶は封筒の中を確認し、車に乗り込む。携帯電話を取って、奈雄を呼んだ。
「手紙だ」
「分かった。みんな回収できて、屋敷にいるよ」
奈雄には中身を確認しなくとも、この手紙の【意味】が分かるのだろう。千晶は車の中で奈雄に説明をしていく。
「坂田英昭、25歳。水を操ることができる。お前の方が合っていないか?」
「水ねぇ。水って、それだけ?もしかして、水じゃなくって液体って可能性はない?」
「それは……判断が難しいな。可能性はゼロではないが、景吾の回復がまだだからはっきりとは言えない」
ふーん、と奈雄の声が電話から聞こえてくる。こういう時、奈雄は答えをすぐに出さない。いくつかの仮定を頭の中に立てて、何が発生しても対処できるようにしておくのだ。動く千晶と考える奈雄。その2人が合わさった時、【子供達】は最も能力を発揮することができるのだ。