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第27話:遺伝子の主、その檻の中で

屋敷の地下階。正確には、屋敷の地下から続く先にある、特別な存在以外は誰も知らない場所だ。そこでは、薄く青白い光が照明から滲むように広がり、壁一面に設置されたモニター群が絶え間なく映像を流している。部屋で話し込む、一真や幸一郎の姿。外を眺める樹、眠っている時夜。時々、カメラに気づいているのか、イズミがジッとこちらを見てた。


そんな彼らを、黒革の回転椅子に座る、1人の青年がモニターを眺めている。


青年―――村雨景吾。

見た目は若々しいが、その実、彼は125年を生きる異能者だ。


遺伝子操作という、異能の中でも特に特殊と言える能力―――それは、彼自身をも細胞単位で肉体を再構築し、老化さえも打ち消す力を持つ。死さえも欺き、【完全な存在】へと近づこうとするその力は、もはや神にも等しかった。

自分自身だけでなく、周囲の遺伝子を持つ存在であれば、人間や動物に限らず、虫や植物などでも操ることができる。特に、他者の遺伝子を操作し、自分に取り込むことや、それによって誰かの傷を癒すことさえもできる。細かく、神経をすり減らすような作業であるように思えるが、景吾にとっては簡単な造作だった。


「いやあ、2人とも、なかなか成長してるじゃないか。一真なんて……もう少しで溶けて消えるかと思ったけどね」


ゆっくりと椅子に座りながら、景吾は薄笑いを浮かべて言った。

モニターには、異能力戦闘の記録映像が映っている。映っていたのは千晶と奈雄、そして若い二人の異能者。一真と幸一郎だった。景吾は記録と言って、すべてのことを映像として残してる。そのことを知っているのは、本当に一部の者だけ。特に【子供達】には知られていない。

しかし、その中でも特別に信頼されている2人は違っていた。景吾の背後には、映像を見届けた千晶と奈雄が立っている。


「一真の異能使用量は、臨界に近かった。回復までに相当な時間がかかるのも、考え物だな」

「感情の起伏によって、能力の出力も違うかな。まあ、未熟な証拠じゃない?」

「奈雄の意見はいつも厳しいので、あまり参考にはならない」


千晶は、奈雄の意見を厳しいと言った。そう言われたが、奈雄は特に気にしていない様子だ。チラリと千晶を見ているが、千晶自身もあまり気にしていない。まるでそれは、2人の間に何かしらの答えがすでにあるかのようであった。


「幸一郎の対応力も見事だった。冷静な判断、実行力、共闘意識……戦闘中の軸がぶれない。やはり、今後戦闘の中心になるのは、一真よりも幸一郎かと」

「うんうん、いいねぇ」


景吾は満足げに頷きながら、指を組んで口元を歪める。彼には、いくつもの顔と考えがあるのを、千晶と奈雄は知っていた。【子供達】を愛し、守ってくれる景吾と、その【子供達】を監視し、何かをしようとする景吾。どちらも景吾であるはずなのに、とても歪んでいた。


「その調子でしっかり成長してもらわないと。僕としても、次の段階に進めないんだよね」


その言い回しは冗談めいていたが、どこか空虚さがあった。そして、その次の段階という言葉に、千晶と奈雄は揃って違和感を覚える。――まただ、と千晶は思った。この人は、いつも言葉の端に、こちらの意図しない意味を含ませる。何かをするのか、させるのか。それだけでも違うというのに、景吾はいつも隠しながら、前に進んでいく。


「……景吾、名月のことだけど」


奈雄が話題を切り替える。あえて、景吾の【見えない意図】に乗らない姿勢だった。この男のペースに乗ってしまうと、命がいくつあっても足りない。遊びに付き合うのも、仕事に付き合うのも、すべてが命懸け。なかなかに大変なのだ。


「あぁ、名月。最近また夢、見ているのかな?」


景吾は楽しげに反応するが、視線はどこか宙をさまよう。興味があるはずなのに、この男の体はときどきだが【彼の意志と反して動く】ようなところを見せる。しかしそれは、遺伝子操作を繰り返した体のなれの果てだろう、と千晶も奈雄も気づいていた。気づいているからこそ、相手にしない。話はそのまま続き、名月の夢の話となった。


「最近は、災害や混乱の象徴的なビジョンが多くなっている。特に気になるのは、異能力者の急増のビジョンだ」

「へぇ……異能力者の急増か」

「理由や経緯までは見えていないようだが。そのうち見えるかもしれない」


千晶の説明に、景吾の目がわずかに細くなる。まるでその目は、爬虫類のようだ、と奈雄は一瞬だけ思った。


「で、その夢には……僕、出てたりする?」


この男は、何かを試そうとしているに違いない―――そうやって、千晶と奈雄のことを試し、同時に名月のことも試しているのだ。名月が見る夢に、本当に景吾の今後が表されているのか。景吾の思惑が、名月には知れているのか。奈雄が口を開くより先に、千晶がゆっくりと言った。


「名月が言うには、景吾によく似た影が、夢の中にいたらしい」


空気が変わった。先ほどまで冗談めいていた景吾の顔から、ふっと笑みが消える。彼の中で、何かが変化したのだろうか。千晶や奈雄に対するものか、それとも未来を見る名月に対するものか。

だがすぐに、いつもの調子で手を叩いた。


「いやあ、面白いね!そういう夢って、案外バカにできないんだよねぇ」


軽やかに立ち上がり、部屋の出口へと歩を進めながら、背中越しに続ける。その姿は、すでにいつも通りであった。【子供達】に対しての態度と何も変わらない、いつもの村雨景吾そのものだ。しかし、千晶はこの男が日々何かを隠し、何かをしようとしている、そんな意志だけは確実に感じ取っていた。


「名月のことは頼んだよ。夢は重要な資産だからさ。記録も忘れずにね?」


それだけ言って、景吾は去っていった。それ以上でも、それ以下でもない。彼はそんな態度をとるのが、とても上手かった。

景吾の後には、静寂だけが残される。完全に彼の気配が消えて、部屋に残された千晶と奈雄は、わずかに表情を緩めた。


「……やっぱり、警戒してる。そう思わない、千晶くん?」

「名月の夢に、自分が出たと聞いて、平静ではいられなかったんだろう」


千晶は淡々と続けた。奈雄もその問いかけに頷く。長年、景吾という男を見てきたので、他の【子供達】より分かっていることがある。あの男は、平静を装うのが上手いけれど、装うからこそ、違和感を感じることもあるのだ。


「……やはり、景吾は何かを隠している。いや、隠しているどころか、名月を通じて……未来を操作しようとしている気配さえある」


奈雄は深く息を吐いた。自分たちは年長者だから、先にこの屋敷に来たから【子供達】を守っている。守っているけれど、ちゃんと守り切れているわけではない、と分かった時がつらかった。景吾は強い。その特殊な能力もあるが、何か強い意志があるのを感じ取ってしまうのだ。


「名月の夢を、盾に使うのは気が進まない。でも……今は、それも選択肢の1つにしておかなきゃいけないのかもな」

「……正しい選択なんて、もう誰にも分からない。ただ、【子供達】に被害が出ることだけは、避けないと」


その言葉に、千晶は頷く。

千晶と奈雄が部屋を去ったあと、扉が閉まる微かな音が、部屋に残るのだった。

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