景吾との関係性は【子供達】にとって、とても重要なものである。それはそもそも生存に関わる、重大なことでもあった。なぜなら、彼らは景吾に守られていないと、生きる術を持たないのだ。特に幼い子は、どんなに高い能力、特殊な異能力を持っていても、庇護されなければ生きていけない。ただそこにいるだけでは、駄目なのだ。異能力は、ただの能力であり、衣食住を保証してくれるものではない。
しかし、その中でも次第に成長してくる【子供達】は確実に存在した。特に年長者である千晶、続いて奈雄は、景吾との仕事も多くをこなし、そもそも世間を知っていることから自立が早かった。同時に、景吾に従いながら彼の人間性を確認していくような、彼を疑うものも持っている。すべてを村雨景吾に委ねない。まるでそう決めているかのような、存在だった。
景吾は、そのことに気づいているのかどうか、分からない。むしろ、彼は気づいていても気にしないかのような、そんな様子が見えた。
名月は、兄と奈雄が景吾のことをすべて信用しているわけではない、と気づいていた。それは、いつに始まったことだと言われると、正直よくわからない。景吾が怪しいと思い始めたのは、彼が次々に【子供達】をここへ連れてきたからだ。同時に、その世話のほとんどが千晶と奈雄の仕事になっていく。【子供達】の教育から日々の生活のことまで、一任されている。
何がおかしいのか、と言われれば、明確なことはない。しかし、最初こそ屋敷に多く滞在し、【子供達】と接することの多かった景吾が、今ではたまにしか顔を出さないということが増えた。景吾の変化は、昔から彼との付き合いがある自分たちにしか、分からないことだろう。名月はそんなことを考えながら、はっきりとした答えは分からなかった。
名月は自室の窓を開け、外を見ていた。
庭の隅に、誰かの影が動いたような気がして、目を細める。
そこには、誰もいなかった。
けれど——風の向こうから、ひどく古びた、湿った気配が確かに届いていた。
彼女は視線を落とす。今夜もまた、夢を見るだろう。
その中で、何が見えるのか。それが、現実になるのか。
確かなことは何もない。ただ、胸の奥に沈むこの不安だけが、ゆっくりと、確実に、重たさを増していく。
名月の目に、ほんの一瞬、白い鱗が映ったような気がした。
◇◇◇
目を覚ましたとき、天井はやけに白く見えた。
一真は、身体が自分のものかどうか確かめるように、手を握ったり開いたりしていた。指の先に熱を感じる。それを抑えるように、背中にうっすらと冷たい感覚が残っていた。炎と水——相反する異能を抱えるこの身体は、戦えば戦うほど自分を蝕んでいく。今は若い体だからこそ耐え抜いているが、今後は分からない。年齢を重ねれば、ダメージも増えるだろう。それをいつの日か―――回復できなくなるのかもしれない。
「……またやったな、俺」
昏倒するまで力を振るった自覚はある。ただ、それが自分の【選択】だったのかどうか、まだ言葉にできないでいた。あの時目の前にいたのは、元は人間だった存在だが、あの時はすでに【人間の形】を見失っていた存在だ。
異能力の使い過ぎ、コントロールができないこと、水に長く触れていたから―――理由はいろいろなものあるのだろうが、アレは人間ではなかった。あんな風になってしまうまで、自分や、この屋敷にいる異能者たちは能力を使わねばならないのだろうか。
部屋の扉が開く音がして、細身の影が差し込む。そこにいたのは、一緒に赴いた幸一郎だった。
「一真、やっと起きたか」
茶色の髪に穏やかな目をした青年。右腰には日本刀、左肩にかけた革のホルスターには拳銃。どんな武器でも扱える異能を持つ青年である。穏やかな顔をするようになったのは、ごく最近で、基本的には冷静沈着、無駄な言葉は発しないタイプだ。
「水だ。水分を摂った方がいい」
「……うん、ありがとう」
「無理はするな。いつものことだが、体内の水分がかなり多く蒸発していたからな」
一真はベッドからゆっくり起き上がる。喉が乾いていたので、幸一郎の持ってきてくれた水がとても嬉しかった。一口飲んで、手の中にあるペットボトルを見つめる。中に入っている水は、一真の思ったようにユラユラと動くし、そのまま命じればペットボトルを突き破ることもできるだろう。自分の異能力には変化がない。少しだけ安堵する一真がいた。
幸一郎は小さく息を吐きながら、壁際に寄りかかる。きれいな顔立ちをしている幸一郎は、異能力者でなければ、世の中の女性に愛される存在になっていたことだろう。しかし実際は、他者を倒すために武器を振るう存在である。
「なあ、1つ聞いていいか?」
「何だ?」
「……どうして、また無理をしたんだ?」
一真は答えられない。
口を開きかけて、黙る。その間を、幸一郎はじっと待っていた。
連れて行かれたのは事実だが、実際に戦うか、能力を発動するかは、自分で選べることだ。あえて戦いを選んだ理由―――幸一郎は、それが知りたかったのかもしれない。
「……理由なんて、ちゃんとは言えない。でも、俺、もっと強くなりたいんだ。……千晶さんや、奈雄さんみたいに」
その言葉は拙い。けれど一真の本心だった。異能力者として生きていくのならば、強さがいる、と一真は気づいていた。それは、身体だけでなく、精神も必要である。一真にとって、あの時の坂田英昭は、失敗した未来の自分のように見えていた。
「無理をしすぎじゃないか」
「そうかもな」
「一真の能力は、俺とは違う。負担が大きい」
「ああ、そうだよ」
「それなら」
幸一郎は、ベッドに座る一真に近づいた。その顔を見ながら、言う。
「俺が、戦う」
「俺も戦うよ、幸一郎」
「いや、俺が一真の分も」
「変な幸一郎だな。別にいいじゃないか、一緒に戦えば」
一緒に戦うことは、一真にだけ負担が大きいことを幸一郎は理解していた。一真の異能力は、それだけ体に負担が大きく、いつか一真の命を奪ってしまうだろう。しかし、裏を返せばそれだけ【強い能力】であるとも言えた。どんな武器でも扱える幸一郎は、戦闘になればどんな場面でも重宝される。しかし、あくまでも武器が存在しなければ、一般人と大して変わらない。だが、一真は違う。その命を削ってしまうくらいに、炎と水が彼の体内を駆け巡ることができるのだ。
「……一真が死んだら、戦力が減ってしまう」
「まあ、そうだけど、戦わないなら同じだろ?」
一真がそう言うと、幸一郎の目に少しだけ寂しさが浮かんだ。あまり感情を表に出さない幸一郎にとって、とても珍しい一面だ。それを見て、一真は言った。
「そういう時はさ。一真がいなくなったら、寂しいって言うんだよ。幸一郎」
「一真がいなくなったら……」
「うん。まあ、いなくならないけどな!」
ニカッと笑う一真は、とても明るい存在だった。