『――――――風の斬撃――――――』
伏兵として出てきたフェレン聖騎士の一団にオルタシアは投げつけるように風の塊を放つ。
「防御陣形ッ!!」
その号令と共にフェレン聖騎士らは大きな盾を恐れる素振りもなく身構えた。
風の刃はフェレン聖騎士たちの大きな盾にぶつかるも、そのまま霧散する。表面に小さな傷をつけただけだった。
フェレン聖騎士団の装備一式は耐魔法加工されているため、通常の魔法では通用しない。それはオルタシアにとって不利な状況だった。
「なら、これならどうだ!!」
『――――風の貫き――――』
一点に収縮させた風の塊が一直線に飛びだす。大気を突き進み、剣先のような形になって、フェレン聖騎士たちへと吸い込まれるように飛んでいく。
大きな盾から顔を覗き込むフェレン聖騎士が驚き声をあげた。
「最上級魔法??!!」
密集隊形のため、フェレン聖騎士たちは横に避けることができず、真正面から受け止めることしかできなかった。思わず、腰を抜かす者が現れるほどだった。
凄まじい衝撃と共に、フェレン聖騎士たちの大きな盾を貫き、鎧を砕いた。悲鳴が上がり、隊列に大きな穴が開いた。
そこにいたフェレン聖騎士たちの無惨な亡骸だけが残った。それに動揺する声もあがるが、リーダー各の男たちが声をあげた。
「ひ、怯むな!! 数で畳み込め!!」
号令と共にフェレン聖騎士たちは隊列を立て直し、オルタシアへと迫ってくる。オルタシアはその光景を見て舌打ちした。
(このままじゃジリ貧か……)
魔力量には自信があるが無限ではないし、そもそも長期戦は彼女には向いていない。しかし、この状況を打破する策はなかった。とにかく、今は魔法攻撃を繰り出し続けるしかない。そう思ったオルタシアは剣を振りかざす。その時、全身の力が一瞬抜けたような感覚に襲われた。まるで糸がきれた操り人形のように身体の動きが悪くなる。突然の変化に対応できず、倒れそうになったが、足を前に踏み出して、なんとか持ちこたえた。
「……くそっ。もう限界なのか……」
オルタシアの額からは大量の汗が流れ落ちていた。呼吸を整えながら肩を動かして深呼吸をする。心臓の鼓動を抑えようと胸を掴んだ。フェレン聖騎士たちはオルタシアの異変に気が付き、チャンスだとばかりに襲いかかったきた。次々に剣を振りかざし、殺到してくる。剣を弾きし、鎧へ向かって刃を叩き込む。しかし、フェレン聖騎士の鎧は硬く簡単に切断することができなかった。何度か斬りつけたことでようやく亀裂が入り始め、破壊することができたものの、仲間を守ろうと別のフェレン聖騎士が間に割り込んでくる。
「くそが」
相手の腕を掴み取り、自分の方へと引き寄せ、かぶとの隙間に剣先を滑り込ませて突き刺す。そこから捻って肉ごと剥ぎ取った。悲鳴をあげて、倒れ込むも、とどめはさせなかった。槍が真横から突き出されたからだ。避けるのに必死で、身体を捻る。バランスが崩れたところへ大振りの攻撃を食らってしまうところだったが転がって、避けて、距離を取った。
ふと周囲を見渡す。共に戦っている白狼騎士たちが次々にフェレン聖騎士たちに殺されていた。横たわる多くの仲間、既に死体となった仲間の肉体を踏みつけにして進む血まみれのフェレン聖騎士たちに怒りを覚えた。
このままでは全滅する。そう思ったオルタシアは目を左右に動かし周りを見渡しながら思考する。どうしたら、この状況を打開できるのか。
ここでオルタシアの圧倒的な能力を使えば、なんとか乗り切れるかもしれない。
だが、オルタシアとて何度も風の力を使えるわけではない。一日に使える力に限りがある。既に能力を使い過ぎた。
残りの能力を温存しつつ彼女は打開策を思いつくまで剣で戦うことにした。彼女は尻目に横たわるマルトアを見る。
(――――――マルトア……教えてくれ……私はどうすれば……どうすればいいんだ……)
オルタシアのその助けを求める声は彼にはもう届かない。いつまでも、マルトアに頼るわけにはいかない。まずは敵の指揮官の動きを確認するためにグロータスに視線を送る。彼はまだオルタシアが魔法が使えることを知っているのにも関わらず、何故かもう勝ったかのような顔をしていて、余裕の笑みを浮かべていた。そして、何かジッと待っている素振りをしていた。
(――――――なにか、狙っているのか……? だが、もう使うしか方法はない……)
このままでは部隊が壊滅する。仕方がない、と思い、苦渋の選択だったが、オルタシアは脱出を決意し退路を作るために温存していた魔力を使うことにした。
『――――――風の斬撃――――――』
しかし、彼女の周りに風が起きなかった。気がつけば、いつもまとわりついていた風すらなかった。
「ッ?!」
オルタシアの驚いたような顔をしているとグロータスが高笑いする。
それはまるで勝利の雄叫びのような声だった。
「どうやら、殿下もここまでのようですな」
オルタシアの表情が強張った。
「貴様……なにをした?」
尋ねられたグロータスは視線を渓谷の上に送る。オルタシアも目を細めて見やった。すると、渓谷の上に大きな赤い水晶のようなものが浮遊しているのが見えた。
先程まではなかったものだ。眉を顰めたオルタシアにグロータスが説明する。
「あれこそ、我らの悲願の結晶……」
「なに?」
「我々はあれを“魔法石”と呼んでいる」
「……魔法石だと?」
オルタシアには聞いたことがない石だった。
「我々、フェレン聖騎士団は前々から魔法を無力化させる為の兵器を研究していたのだ。この兵器によって、魔法使う忌々しい魔女共を完全に無力化させ、駆逐することができる。聖騎士には念願の兵器だ。殿下には、試験運用も兼ねて、実験になってもらったのだが」
グロータスは魔法石からオルタシアに視線を戻し頷く。
「――――――どうやら、上手くいったようだ。ようやくこれで魔女狩りが出来る。まずは一人目の魔女を討伐ということですな」
そんなものを密かに研究していたのか、とオルタシアは顔を顰めてつぶやいた。彼女の表情で、追い詰めることができた、と判断したグロータスはアルデシール最強と言われる彼女を討ち取れることに喜びに沸いた。
思わず、頬が緩む。待機させていた弓兵に手を掲げて合図を送る。彼の指示に副官が驚いた顔をした。
「だ、団長! 殿下を殺されるおつもりですかっ?!」
グロータスは横目で勿論だ、と言った。副官が青ざめる。いくら残虐非道な悪名高きオルタシアとて、アルデシール王国の王族。それを殺すとなれば、反逆者になり兼ねない。
王国に忠誠を誓うフェレン聖騎士団は今回の作戦では謀反を起こす恐れがある白狼騎士団の団長マルトアの殺害が目的で、オルタシアは一時的な拘束と言う話になってた。殺すという話はまったく聞かされておらず、後方で控えていた弓兵が顔を見合わせる。グロータスは正気か? と疑ってしまう。
「お、おやめ下さい! これは反逆行為です! 王女殿下の殺害など、正気の沙汰ではありません!」
「黙れ! 全ては王国のためだ!」
意見する副官の声を無視し、グロータスは掲げた手を振り下ろす。グロータスの副官は思わず、目を思いっきり瞑り、顔をそらした。弓兵らのつがえた矢が震える。彼らは小刻みに身体を揺らしていたのだ。
「なにを、やっている? 命令だ。射よ! オルタシアを射殺せ!」
グロータスは後ろに控える弓兵らに振り返り、怒鳴りながら命じる。それでも弓兵らは手から矢羽を離せなかった。
(――――――忠誠心が強いのも考えものだな……)
暫く間が空いたがグロータスの命令は変わらない。再び、グロータスが右手を掲げる。
彼はそうまでして、オルタシアを殺さなければならない理由があった。彼は間違いなく誰よりもアルデシール国を心の底から忠誠と絶対服従を誓っている。
だからこそ今、オルタシアを排除しなければならないのだ。王国にとって彼女は災いの元。彼女を怨む周辺諸国がチャンスがあれば、報復を狙っている。アルデシールはかつてないほど、王宮の意見はバラバラで結束していない。
力のある将軍も第二王女オルタシアを支持するか第王女ユランを支持するかで、言い争いをしているほどだ。このままだと間違いなく、アルデシールは王位継承を争う内乱が始まる。内乱が起きれば、周辺諸国への侵略のタイミングを与えてしまう。それだけは、なにがなんでも阻止しなければならない。
グロータスはオルタシアをあまり好んでいない。ユラン派側の人間のため、尚更、彼女には生きて欲しくないのだ。
「ユラン殿下が女王になられるためには、俺はどんな手でも使う」
「では、せめて国外追放で良いではありませんか!」
「オルタシアが死んでこそ、意味があるのだ! そうでければ、諸外国の恨みは晴らされないだろうがッ!」
グロータスが副官との言い争いをしているとき、白狼騎士らが作った隊列からオルタシアがふらつくように前に出てくる。突然、両腕で腹を抱え笑いを堪えるかのようにクスクスと笑い始めるのだ。
気でも狂ったのかと思ってしまうほどの笑い声は不気味さを演出する。
「フフフフ、フハハハハ、アハハハハ――――――――ッ!!! 国のため? ユランのため? フフフ……笑わせる……そんなことのために、マルトアを殺したというのか……」
彼女の悪魔のような笑いにフェレン聖騎士らは顔を真っ青にした。この状況で、笑っていることに彼女の精神を疑う。オルタシアは両手を広げ、渓谷に声を響かせる。
「騎士団諸君!!! 私を殺したければ、殺すがいい! マルトアを殺したように! 私はここで死のう! だが、これだけは言っておくぞっ!」
誰もがオルタシアの声に耳を傾け、注目する。彼女は言葉を続けた。
「アルデシールのためにではない!! マルトアと共に、この地で果てたいからだ! 戦いの中で死ねるなら本望! さぁ射殺してみろ! このオルタシアを!! この私を!!」
フェレン聖騎士団の副官が困惑した顔でグロータスに視線を送る。グロータスも顔が引きつっていた。呆気に取られていたとき、弓兵の一人があまりの緊迫した空気に硬直させた身体が耐えかねて、矢を持った指先が滑ってしまった。それがきっかけとなり、弓兵らが連鎖反応のように次々に矢を放つ。
最初に放たれた矢がオルタシアの右眼に当たる。彼女は矢の勢いでバランスを崩し倒れ込んだ。横たわった彼女を目の当たりにした白狼騎士らは急いで彼女の周りに集まり、円形上に取り囲む。肩と肩を合わせ隙間のない盾の壁をつくったのである。
オルタシアは激痛で右眼を押さえながらも視界に入った白狼騎士らの姿に思わず、驚愕した。上半身を手をついて起こす。
「バカか……貴様ら……逃げるなら、今だ……私を置いて―――」
オルタシアの弱弱しい言葉を遮るように唐突に白狼騎士らが満足した顔で言う。
「我々はオルタシア殿下の下で戦えて光栄でした!」
「なに……?」
「自分も同感です! 貴方様は我がアルデシールの守り手にございます!」
そんな言葉をかけるな、と言おうとしたが、オルタシアが喋る前に次々に最後の言葉のように告げてくる。
「どうか我々の分も、そして、マルトア団長の分も生き抜いてくださいっ!」
「なぜ、そうまでして、私を守る……? なぜ、逃げない……?」
オルタシアの問いに女白狼騎士が盾を構えたまま横目で応える。
「マルトア団長は数刻前にこのことにお気づきになられました! もう少ししたらリル殿とミナ殿が援軍を連れて戻ってきます! それまで我々が盾となりましょう!」
「なぜ、そんなことをする必要がある?! 貴様ら達だけでも逃げればよかったではないか!」
それに女白狼騎士は首を横に振る。
「マルトア団長の命令です。“貴方を絶対に守れ”と」
オルタシアはその言葉にあのバカが、と小さく吐いた。そうこうしているうちに近くで喚声があがった。無数の馬蹄の音、聞きなれた角笛。それで、突撃隊形を取ったことがわかった。そこで、オルタシアは保っていた意識が飛ぶ。