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第38話 ヨークの戦い その6

ハイリンガンドは余裕そうにしているが、内心では恐怖で心臓の鼓動が尋常ではなかった。剣を交えたシンゲンの背後には、あのオルタシアが退屈そうにしているのだ。


いつまた、割り込んでくるか。わからない。


アルデシールの魔女とも言われたオルタシアにハイリンガンドは勝ち目がないことをしっていた。


だが、せめて、時間稼ぎくらいはできる。


そう思ったハイリンガンドはゲリングに背中を向けたまま、尻目に告げる。


「ここは私にお任せを。お逃げ下さい!」

「お、おぉ。わかった。頼んだぞ! ハイリンガンド!」


踏み止まることをまったく考えなかったゲリングにオルタシアは落胆した。


我が国の貴族はここまで腑抜けな男がいるとは、と。


追いかけたかったが、目の前にはシンゲンと手馴れの禿男が狭い廊下で対峙している。


狭い通路で、さすがにシンゲンを踏み越えていこうとは思わなかった。


諦めるしかないかと視線を落としたとき、オルタシアの目にシンゲンの後ろ腰に短剣の柄の部分が映った。


ニヤッと笑った彼女は、彼の短剣を左手に取るとそのままゲリングの背中に目がけて投げつける。


ハイリンガンドもオルタシアの動きには反応はできた。


だが、身体がついてこないほど、彼女は素早かった。


ハイリンガンドの頬を短剣の刃が掠め、それから鈍い音がし野太い悲鳴があがった。


「ゲリング様っ!!」


彼の声が響き渡る。それから殺気がし、視線を戻すとシンゲンが雷月を振り下ろしていた。それを剣でなんとか受け止めてみせた。


シンゲンの攻撃がズシリと重く、踏ん張った木床が軋む。


手が衝撃で痺れた。


(――――なんという力だ……人間の力なのか……)


そうと感じた。並みの人間ではない気がした。


眉を顰めて、尋ねる。


「……貴様、いったい……何者なんだ……?」


その問いにシンゲンは口を開いた。


「俺はただの木こりだ」

「ただの木こり、だと?」


こんなときに冗談を交えてくるとは理解できないハイリンガンドは怒りすら覚えた。


「笑止ッ!!」


受け止めた相手の武器を身体の筋肉を張って押し返し、右斜めから剣を怒りを込めて振り下ろす。


シンゲンはそれを後ろに飛んで避けた。


動きを止めたところ、チャンスだと思い、ハイリンガンドは踏み込んだ。


すると奇妙な物をみた。


シンゲンが持つ刀が彼の意思とは相反して、生き物のように動き、反撃に出てきたのだ。


横一文字に刀は振るわれる。


風を斬る音がした。



ハイリンガンドにはあまりにも早く、残像しか見えなかったが、とある部分で刀の刃が深く食い込んでいた。


刀の刃先は階段の手すりに突き刺さっていたのだ。


狭い場所で、長物を振り回すのは剣術を心得ている者からすれば愚か者だ。


戦い方を知らない、そう感じた。


ここで、動きを止めてしまったことにハイリンガンドは絶望的な状況からハイリンガンドは勝機を得た。


少なくとも一人は道ずれにできる。思わず、下衆の笑みがこぼれた。


「フフフ……愚かなり。貴様だけでも道連れにしてやる……自らの判断を死んで悔いるがいい!」

「くっ!!」


シンゲンは慌てて、刀を引き抜こうとしたがなかなか外れなかった。


ハイリンガンドが突きの構えを取る。


そして目を見開き吼えた。


「貰ったッ!!」


 ハイリンガンドは踏み込み、狙いを定め鋭い切っ先をシンゲンへ向ける。


一閃が起き、金属音が響く。


ハイリンガンドの目の前に茶髪隻眼の女がシンゲンと自分の間に割り込んでいた。


ハイリンガンドの額から汗があふれ出す。


「オルタシア……」


剣を受け止めているオルタシアは不敵な笑みを浮かべ、見下した目をした。


「今度はこのオルタシアが相手になってやろう……」

「なぜ、間に割って入る! それでもアルデシールの騎士か?!」

「騎士だと? この私が? 笑わせるな」


ハイリンガンドは一旦、後ろに下がり距離を取る。


オルタシアは追撃はしてこなかった。シンゲンを庇っている。


「私は騎士ではない、将軍だ。騎士道などと腑抜けの考えだ」


否定しようと身体が動いたがオルタシアは反論される前に言う。


「貴様に良いことを教えてやろう」

「なに?」

「この世に慈悲などいらん」


吐き捨てるように彼女は言葉を続ける。


蒼い瞳はまるで、蛇のようにギラリと光らせ、獲物を睨みつけた。


「―――――勝利を得るためには手段を選ばず、敗者には徹底的に二度と立ち上がれぬように足を切り落とす。それが私の考え方だ。これはそうだな、理念というべきかな?」

「クッ……やはり、貴様みたいな魔女は……王になる資格はない……」

「資格? それは貴様が決めることではない」


オルタシアは女王になることを否定しななかった。


まるで、王座につくことを視野に入れているようにも見えた。


それから数秒の間、ハイリンガンドとオルタシアは無言で互いの出方を窺う。


先に仕掛けてきたのはオルタシアだった。


大きく、足を前に出し剣の間合いまで来ると、細剣を横に振る。


風を斬る音がした。


ハイリンガンドはのけ反るように避けたのだ。


オルタシアは片手で細剣を持ったまま、追撃にかかる。


ハイリンガンドは左から右へ、右から左へ、同じパターンかと思いきや突いてくる。


それを一つ一つ弾き、受け流す。


どれも軽い。


オルタシアの剣が軽いというわけではない。


明らかに、振る力が弱い。


確実に遊ばれていることを悟ったハイリンガンドは憤激する。


これほどまで、戦いを馬鹿にしているのか、腹が立った。


しかし、反撃の隙は与えてもらえなかった。


「なめるなあああああああ!!!!」


上から振り下ろしてきた細剣を弾き返し、オルタシアの懐に潜り込む。


不意を突いた。そのつもりだった。


だが、オルタシアは笑っていた。

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