夕方になり、燈ちゃんを女子寮の前まで送り届けた。
男子寮はここからそう離れてはいない。
すでに外は暗くなってきており、部活動を終えた生徒たちに混じって帰路につく。
部屋に戻ると、奏がベッドでくつろいでいた。
「おう悠馬、遅かったな。もう飯食ったか?」
「とりあえず荷物置きにきた。これから食堂行くわ。」
「そうか、俺はさっき済ませたから、これから風呂行こうと思ってた。待ってようか?」
「んー大丈夫。先に行ってさっぱりしてきてくれい。」
「わかった。なぁ悠馬。」
普段と違う俺の様子を察してか、奏は神妙な顔をした。
「困ったことがあれば、頼れよ?」
こういう時、奏には敵わない。ファンクラブがあるなんて噂も、あながち嘘でもなさそうだ。本当にいい男だ。
「…大したことじゃないよ、ありがとな。」
「ん、じゃあ大浴場行ってくる。また後でな。」
あえて深掘りはしてこない。
その日は簡単に食事を済ませ、早めに床についた。
理事長の話とは一体なんだろう。
色々考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
翌朝。
カーテンの隙間から差し込む朝日で目が覚める。
奏はもう部活に行ってしまったらしい。
今日は9時に理事長室に来るよう言われている。
比良坂さんには昨日、一応事情を説明しておいた。
制服に身を通し、学園へ向かう。
理事長室は、普段俺たちのいる校舎とは別の建物にある。
入り口で管理人さんに声をかけると、エレベーターに乗るように言われた。
理事長室は6階だ。
エレベーターの前には秘書さんらしき人が待っていて、こちらだと案内してくれた。
促されるまま、一緒に上階へと登っていく。
「…。」
無言。
「……。」
「あ、あの。」
「…なにか?」
「…いえ、なんでもないです…。」
何となく近寄りがたい雰囲気に気圧されてしまった…。
6階に到着した。部屋に通されると、壁や天井の豪華な装飾が目に入る。
その部屋の中央に、1人の女性が座っていた。タイトなスーツに身を包み、肩まである髪はウェーブがかっている。自分の能力に絶対の自信があるというような、凛とした雰囲気を漂わせている。
「やぁ少年、入学の時以来だな。昨日はよく眠れたか?」
「おかげさまで、よく眠れました。」
「それはなによりだ。」
理事長はニコリと微笑んだ。
「前回は少し立て込んでいてな。今回は少しだけ時間が取れた。わざわざ呼び出してすまないな。」
「いえ。ところで、今日俺が呼ばれた理由を聞いてもいいですか?」
「いきなりか。まぁ当然か。私も回りくどいのは好みじゃない。よし、そこに座りたまえ。コーヒーでよいかね?」
先ほどの無口な秘書さんがコーヒーを入れてくれた。
詳しくはないが、高そうな豆を使っているのだろう、部屋の中に良い香りが漂う。
「先ほどの質問だが、君は自分のことについて、どの程度知っている?」
「どの程度と言われても、ごく普通の男子高校生だと思いますが。」
「聞き方が悪かった。君は〝自分が何者か〟を知っているのか?」
なんだ、この人は。質問の意図がわからない。
「…余計に意味がわかりません。」
「そうか、覚えていないのも無理はないな。では質問を変えよう。」
「母親のことを、覚えているか?」
「ーーーッ!?」
突然のことに、動揺した。
この人は何故知っている。一体どこまで。
誰にも言ったことはないはずだ。
不意打ちを喰らったように視界が歪む。
「いいえ、よくわかりません…気分が悪いのでこれで失礼します。」
俺が席を立とうとした瞬間。
「待て。」
理事長の次の言葉に、俺は耳を疑った。
「君の母親、あれは私の妹だ。」