フューチャーテーブルの店内は、異様な空気に包まれていた。
「すみません、これはメインディッシュのはずなんですが……なぜデザートが?」
スーツ姿のビジネスマンが、目の前に置かれた美しく飾られたチョコレートムースを困惑した表情で見つめていた。その隣のテーブルでは、まだアミューズも来ていない状態で、ステーキが運ばれている。
「どうなってるの……?」
若いカップルの女性が、ホログラムメニューを確認しながら小さく呟いた。
ユリカはホログラム端末を素早く操作し、システムログを確認する。提供履歴はめちゃくちゃだった。アミューズの前にメインディッシュが運ばれたり、スープの前にデザートが出たり。完璧なフードシークエンスを誇るこの店にとって、致命的な事態だった。
「……完全にシステムが壊れてるわね。」
ユリカはインカムを手に取り、スタッフに指示を出した。
「至急、顧客のフォローを優先して。『特別な体験演出』として説明して時間を稼ぐわ。」
しかし、スタッフの間にも焦りが広がっていた。
「そんな簡単にごまかせるわけないですよ! 料理の順番は、味のバランスにも影響します!」
シェフの一人が声を荒げる。
「それは分かってる。でも、今は最優先でこの混乱を抑えないと!」
ユリカの言葉にスタッフは渋々頷くが、不安は消えていなかった。
一方、バックヤードでは、AIアシスタント「ソーテン」が問題解析を進めていた。
「ソーテン、進捗は?」
「現在、料理提供順序アルゴリズムに異常が発生しており、ランダム化が進行中です。再起動には約2時間を要します。」
「2時間も待てるわけがない……。」
ユリカは歯を食いしばった。そんな余裕はなかった。大口の契約を結ぶ予定のVIP客も来店している。今、この問題を解決しなければ、店の評判は地に落ちる。
「手動で修正する方法は?」
ソーテンのホログラムが僅かに光を強める。
「料理の順序を手動で再整理する場合、古典的な『バブルソート』アルゴリズムを適用できます。」
「バブルソート……?」
ケンが首をかしげた。
「隣り合う料理の順序を比較し、正しい順序に入れ替えていく方法です。」
ソーテンが簡易図をホログラム上に映し出す。
現在の順序: ヴィアンド(⑤) - アミューズ(①) - デセール(⑥) - スープ(③) - ポワソン(④) - オードブル(②)
第一回比較: ⑤と①を入れ替え
→ アミューズ(①) - ヴィアンド(⑤) - デセール(⑥) - スープ(③) - ポワソン(④) - オードブル(②)
第二回比較: ⑤と⑥はそのまま
第三回比較: ⑥と③を入れ替え
→ アミューズ(①) - ヴィアンド(⑤) - スープ(③) - デセール(⑥) - ポワソン(④) - オードブル(②)
最終的な正しい順序:
→ アミューズ(①) - オードブル(②) - スープ(③) - ポワソン(④) - ヴィアンド(⑤) - デセール(⑥)
ユリカは息をのんだ。
「つまり、料理が提供される前に、スタッフが手作業で番号順に並び替えを行うってことね。」
「その通りです。提供順序が料理のカテゴリー番号に基づいて整理されるため、正しい並びになるまで繰り返します。」
ソーテンが冷静に答える。
「時間がないわ……すぐに実行に移す!」
ユリカはインカムで全スタッフに指示を出し、即座に手動で料理の順序を修正する作業が始まった。
混乱の最中、ケンは不安げにユリカを見た。
「本当にうまくいくんでしょうか……?」
ユリカは微笑みながら答えた。
「私たちが諦めたら、この店の未来は終わるわ。やるしかないの。」
フューチャーテーブルの名誉を守るための戦いが、今始まった。