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第31話 口裂け女

 夕闇が迫る山間の集落、奥山村おくやまむら。そこには、古くから語り継がれる恐ろしい伝説があった。「口裂け女」の物語だ。都会で噂される口裂け女とは異なり、奥山村の口裂け女は、村の忌まわしい歴史と深く結びついていた。


村はずれの朽ち果てたほこらの傍らには、今もなお、枯れ果てた一本の桜の木が立っている。その桜の木は、かつて村一番の美人と謳われた、おおさきという娘が、生きたまま埋められた場所だと伝えられている。お咲は、村の有力者の息子と恋仲にあったが、その恋は許されず、村人たちの怒りを買ってしまったのだ。


お咲は、村人たちに惨殺され、その遺体は桜の木の下に埋められた。そして、それからというもの、奥山村では、奇妙な事件が頻発するようになった。家畜が何者かに襲われ、村人たちが夜中に奇怪な声を聞くようになったのだ。


やがて、人々は、お咲の怨念が、口裂け女となって村を徘徊しているのだと噂するようになった。その口裂け女は、真っ赤な着物を着て、長い黒髪を靡かせ、不気味な笑みを浮かべているという。そして、夜道で子供に「綺麗?」と尋ね、綺麗だと答えると、鋭い刃物で口を裂いてしまうのだ。


その刃物は、お咲が殺された際に使われたものと同じだと伝えられている。口裂け女は、お咲の怨念が宿った刃物で、村の子供たちを襲い続けるというのだ。


ある日、村長の息子である10歳の少年、太郎たろうは、夕暮れ時に一人で山道を下っていた。太郎は、口裂け女の噂を聞いていたが、まさか自分が襲われるとは思っていなかった。


薄暗くなった山道。太郎は、背筋に冷たい風を感じた。その時だった。


「綺麗?」


背後から、かすれた声が聞こえた。太郎は、恐怖で体が震えた。ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは、真っ赤な着物を着た女だった。彼女の顔は、影に隠されていたが、その不気味な笑みは、はっきりと見えた。


太郎は、恐怖で声が出なかった。彼は、必死に逃げようとしたが、足が動かない。まるで、何かが足に絡み付いているかのように、体が重く感じられた。


「き…綺麗じゃない…」


太郎は、震える声で答えた。しかし、その言葉は、虚しく響き渡った。


女は、ゆっくりと太郎に近づいてきた。そして、彼女の顔は、影から現れた。それは、想像を絶するほど、恐ろしい顔だった。彼女の口は、耳元まで裂けており、その裂けた口からは、鋭い歯が覗いていた。


太郎は、絶叫した。しかし、その声は、夜の闇に飲み込まれてしまった。


女は、何かを手に持っていた。それは、錆びついた刃物だった。太郎は、その刃物が、自分の顔に近づいてくるのを感じた。


その時、太郎は、全てを悟った。彼は、口裂け女に襲われる運命にあったのだ。


しかし、太郎は、諦めなかった。彼は、必死に抵抗した。彼は、女の手から刃物を奪おうとした。


激しい格闘の末、太郎は、女から刃物を奪うことに成功した。しかし、その瞬間、彼は、女の顔を見た。それは、お咲の顔だった。


お咲の怨念は、太郎の心に深く刻まれた。そして、太郎は、村の忌まわしい歴史と、口裂け女の伝説を、これからも語り継いでいくことを決意した。それは、二度と、同じ悲劇を繰り返さないための、彼の誓いだった。


 それからというもの、奥山村では、口裂け女の噂は影を潜めた。しかし、村人たちは、決してその伝説を忘れることはなかった。彼らは、お咲の霊を慰め、二度と悲劇が繰り返されないように、村を守り続けていった。そして、枯れ果てた桜の木の下には、毎年、白い花が供えられ続けている。それは、お咲の魂への鎮魂歌だった。


しかし、時折、夜中に村の奥深くから、かすかな女の笑い声が聞こえてくるという。それは、お咲の魂が、まだこの世に未練を残している証なのかもしれない。奥山村の口裂け女の物語は、今もなお、語り継がれ続けている。

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