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第8話

 くしくも魔王の命令通り勇者を殺してしまった俺は晴れて名実ともに魔王の配下になってしまった訳だが、そんな俺に対してエスペラードの町の住人たちは意外にもあまり嫌悪感を示さなかった。

 それどころか負傷したミケを町の獣医に診せにいった際は快く受け入れてもらえただけでなく、「娘のかたきを取ってくれてありがとう」と手を取り感謝までされてしまった。

 あとになってわかったのだが勇者は町の若い女性に乱暴を働いていたようで獣医の娘さんも被害に遭った内の一人だったのだ。

「勇者はひどい奴だった訳ですニャ。死んで正解ですニャ」

 思ったより傷が浅かったミケは獣医のところで一日休んだら翌朝にはすっかり元気になっていた。

 俺は獣医に礼を言うとミケを抱きかかえて朝日が差し込む町の中を進む。

 朝ということもあるのか昨日より活気のある町並みを歩いていると住人からは笑顔が、旅人からは畏怖の顔が向けられた。

「いよいよ本当に魔王の配下って感じだな……」

 ぼそりとつぶやく。

「ニャ? 何か言いましたかニャ?」

「いや、なんでもないよ」

 同じ人間を殺してしまったはずなのに罪悪感はそれ程ない。

 ここが異世界だからだろうか、それとも魔王城で生活している内に心まで魔族に染まってしまったのだろうか。

 心の中で自問自答を繰り返していると一人の少女がとことこと近付いてきた。

「これ、あげる」

 一輪の花を差し出してくる。

「俺に? もらっていいの?」

「うん。あのねーお姉ちゃんがねー、ありがとうって伝えてだって」

 舌ったらずな口調で思い出すように話す少女。

 もしかしたら勇者の毒牙にかかった被害女性の妹かな……。

 俺は花を受け取った。

「ねー、猫さん撫でてもいい?」

 上目遣いで訊いてくる。

「ん? ああいいよ」

「やったー」

 少女はミケの頭を優しく撫でた。

「猫さん可愛いー」

「ニャ~」

 ミケは目を細め気持ちよさそうにしていた。

「猫さんバイバーイ」

と大きく手を振る少女と別れると、俺たちはエスペラードの町をあとにしたのだった。


「クルル様、ボクの背中に乗ってくださいニャ。ボクならもう大丈夫ですニャ」

 もとの大きさに戻ったミケだったが、俺はミケの背中には乗らずに隣を歩いて荒野を進んでいた。

「いや、やめておくよ。お前は怪我したばっかりだろ」

「でも、このペースだと魔王城に着くのに何日かかるかわからないですニャ」

 ミケは俺を見ながら言う。

 確かに。

 来る時は俺を背中に乗せたミケが全力で走り続け三日もかかったからな。

 下手すりゃ一ヵ月近くかかるかもしれない。

 それでは食糧がもたない。

「あ」

 そこで俺はふと思い立った。

 トリプルアクセルを使った状態で走れば、ミケと同じくらいの速さで移動できるんじゃないかと。

「ちょっと試してもいいか?」

「いいですニャ」

 俺は精神を集中させ、トリプルアクセルを発動させると、思いきり地面を蹴って駆け出した。

 っ!!

 あまりの速さにズザザザッととっさに急ブレーキをかける。

 ほんの一瞬だった。

 ほんの一瞬でミケから遠く離れた場所に俺は移動していた。

「すごいですニャー。クルル様、すごいですニャー」

 遠くの方で豆粒くらいの大きさのミケが叫ぶ。

 俺は土煙が舞う自分の足元を見下ろした。

「……ははっ」

 あまりの速さにわらけてくる。

 いつの間にか俺はパワーだけでなく超人的なスピードも手に入れていた。


「本当にいいんですかニャ?」

 俺の腕の中からミケが見上げて言った。

「いいからいいから」

 またも魔術で小さくなったミケを抱きかかえながら俺は返す。

 俺がミケを抱きかかえたまま全力で走るのが一番早く城に帰れる方法だろうとミケに説くと、ミケは遠慮がちに断りながらも最終的には渋々従った。

「じゃあ行くぞ」

「お願いしますニャ」

「よーい……ドン!」

 風になったような気分で荒野を全速力で駆け抜ける俺。

 驚くほどの速さで周りの景色が移り変わっていく。

 途中速すぎて息が出来ないので若干抑えめに走るも、結局この日の夜には俺たちは城に無事帰還を果たした。


「早かったなクルル」

 城に戻った俺をモレロが出迎える。

「魔王様の言いつけ通り勇者は殺してきたか?」

「ああ、まあな」

「そうか、まあお前ならやり遂げるだろうとは思っていたがな。それより今日はもう遅い。オレが魔王様に報告しておくからお前はゆっくり休むといい」

「わかった」

 俺はミケを連れて自分の部屋へと向かった。

 一日中走り続けたからさずかに疲れた。

 俺は部屋に入るとベッドに倒れ込むように横になった。

 ミケも小さくなったままベッドに突っ伏す。

「クルル様、今日はここで寝てもいいですかニャ?」

 毛布に顔を埋もれさせながらミケが訊く。

「ああ、好きにしろよ。俺ももうこのまま寝るから」

「ありがとうございますニャ……おやすみなさいですニャ」

「……おやすみミケ」

 俺は風呂にも入らずミケの体毛が毛布に付くことも気にせずに深い眠りに落ちていった。

 そして翌朝。

「……さん。クルルさん、おはようございます。朝ですよ。クルルさん」

 耳元で声がして目覚める。

「起きましたか、クルルさん。おはようございます」

「……お前、ゲッティじゃないか。どうして……?」

 まぶしい朝日を背にしたゲッティがベッドの横に立っていた。

「すみません。部屋のドアが開いていたので勝手に入ってしまいました。まずかったですか?」

 そう言われれば昨日ドアを閉めるのを忘れていたかもしれない。

「いや、平気だけど」

 俺は目をこすりながら、

「それよりなんの用だ? 朝早くから」

「実はエルザさんを探していまして……」

「? それでなんで俺の部屋に来るんだよ」

「姉さんに訊いたらあなたと一緒にいるんじゃないかと言われたので一応」

 俺とエルザさんが一緒にいるなんてどうしてそんなことを思うんだアマナの奴は。

「見ての通りここにいるのは俺とミケだけだぞ」

「ミケというのはそこのギガントキャットのことですか?」

 ゲッティは俺の隣で毛布にうずくまって寝息をたてているミケを見やる。

「ああ、そうだ。お前よくこいつがギガントキャットだってわかったな」

 今は魔術で小さくなっているから見た目はただの黒猫なのだが。

「僕、魔族の生態には結構詳しいんですよ。魔族に関する書物を読むのが趣味なので」

「そうなのか。頭いいんだな、お前」

 姉とは違って。

「すみませんクルルさん。朝から失礼しました」

 男性アイドルのような爽やかな笑顔で一礼するとゲッティは部屋から出ていった。

 その際きちんとドアも閉めていってくれた。

「さて……」

 中途半端な時間に目が覚めてしまったな。

 このまま起きるか、それとも二度寝するか。

 気持ちよさそうに眠るミケを見る。

 俺は逡巡した後、

「……寝るか」

 二度寝することにした。

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