目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

【第三十三話】敵に回したくないけど既に目を付けられている件について

「人が多いな」


 赤の門の周りには人だかりができていた。テレビ局っぽい奴らも集まり始めている。

 探索者組合もいつもより人が多かったが、ティスカから聞いた話でその理由が分かった。


「お出ましか」


 タイミングの悪いことで。せめて俺達が潜った後にでも来てくれたらよかったのだが、そう上手くはいかないらしい。


 赤の門の前に黒塗りの高級車が到着したかと思えば、中から出てきたのは見たことないイケオジだった。海外の俳優さんにいそうな風貌をしている。顔が見えた瞬間、黄色い声援が二段階ほど上がったような気がする。


 イケオジに次いで、黒髪ポニテ女子が降りる。すらっとした体躯はモデル体型と呼ぶに相応しく、高級車を囲む野次馬もといファンと思しき人達は、男女問わず声を上げ手を振り関心を持ってもらおうと必死になっている。


 そして、車から降りる最後の一人。それは勿論、エルドだ。

 前の二人と異なり、こいつはナンパ野郎に相応しく、手当たり次第にファンの女性の手を取りハグを繰り返し、更には頬にキスをしてみせたりと、己の欲望をこれでもかと出していた。


「この三人がトップ集団なのか」

「ええ。クラン、オール・キル……直接見るのは久し振りね」


 問うと頷く。楓音がオール・キルの説明をしてくれる。


 クラン「オール・キル」は、キール・ラングロとエルド・ルーガン、そして姫乃ひめの夏姫なつきという女性を加えた三名で構成されたクランだ。


 オール・キル自体は少数精鋭だが、それとは別に彼ら三名を支援するクランが幾つか存在し、下部組織とか二部クランと呼ばれている。故に、実際には大所帯のクランであることが窺える。


 そんなオール・キルだが、日本に存在するクランランキングでは不動のトップに位置している。メンバー全員が何らかの固有能力ユニークスキルの所持者であり、探索者組合への貢献度が多いことが最大の要因だ。


 キール・ラングロと姫乃夏姫の固有能力ユニークスキルは今のところ見当もつかないが、エルドに関しては前回の戦闘を経て予想が付く。ただ、そうなるとエルドは二つの固有能力ユニークスキルを扱えることになるわけだが……さてどうだか。


 姫乃の探索者ランクは九位で、エルドは三位、そしてリーダーのキールは一位と、三人全員が一桁ランクを誇る。

 また、オール・キルの下部組織にもランク圏内の探索者が複数名いるらしく、日本国内では敵無しの状態だとか。


「一つ言えるのは、敵にだけは回さないこと」

「と言っても、目を付けられてるんだけどな……」


 楓音の忠告は無意味だ。

 俺はおろか、楓音と奈木の二人もロックオンされているからな。


 高級車から降りて赤の門の前へと並び立つ面々は、遠目から見ても自信に満ち溢れていた。一桁ランカーであり、トップクランのメンバーなのだから当然と言えば当然か。


 サングラスをかけた厳ついスーツ姿のおっさん共が、しきりに周囲を警戒している。ボディーガードかと思ったが、もしかしたら噂の下部組織のメンバーなのかもしれないな。


 前回、エルドはお忍びだったのか、ソロで赤の門へと潜りダンジョン探索をしていた。まあ、ダンジョン内で奈木をナンパするような輩だから、お忍びの意味は皆無だったわけだが。


「……ねえ、気付いた?」

「ん? 何がだ」


 ふいに、横からこそりと声を掛けられる。

 楓音が吐く息と声色が全身を震わせる。耳がこそばゆい。いいぞこれ。


「あいつ、あたし達に喧嘩売ってるんだけど」


 楓音の言う「あいつ」とは、エルドのことだろうか。

 今ここで俺達に喧嘩を吹っかけてくる輩など、ナンパ野郎以外に存在しないだろうし。


「気のせいじゃないか? こっちを見てもいないし」

「……あんたってさ、強い癖に抜けてるのよね」

「失礼な、髪はまだあるぞ」

「はあ……」


 楓音があからさまに溜息を吐く。

 言っておくが俺は強くないし髪も抜けていないぞ。そして俺は抜け目のない男だ。いつだって楓音の動向をチェックしているからな。

 楓音と出会って以降、未だに漫画のようなラッキースケベには遭遇していないが、いつか来るものと信じて常に気を引き締めている。


 いや待てよ?

 そういえば俺の部屋に楓音が来た時にスカートの中を見る機会があったな。アレは実に素晴らしいものだった。願わくばもう一度、いやもう二度、いや何度も見せてほしい。


「そこ! 退きなさい!」


 突然、声が響いた。

 俺達の横を急ぎ足で駆けるのはティスカだ。

 憧れの存在が目の前にいるのだから近寄りたくなる気持ちも理解できる。しかしあんなおっさんがいいのか。


 キール・ラングロは、確かに見た目はイケオジ外国人だ。だが、ティスカが楓音と同じぐらいの歳と仮定すると、年齢は二回りぐらい違うと思う。


 ただ、キールの一ファンと化したティスカの背中を見送りつつ、オール・キルを取り囲むファンへと目を向けて理解する。

 ファンの年齢層は問わず、老若男女勢揃いって感じだ。さすがはクランと個人のランキングで一位を維持するだけのことはある。男に興味はこれっぽっちもない俺だが、あの顔で手を差し出されたら握手に応じてしまう程度には魅力が……カリスマ性がある。


「ん? 人の波が……」


 ティスカの前には、既に大勢のファンやマスコミ関係者がいる。下部組織と思しき面々も然り。近づくのは容易ではないはずだ。

 しかし何故だろうか。ティスカが進むにつれて、前方で詰まっていたはずの人波が見えない壁に押し出されるように左右へとずれていく。まるでモーゼが海を割るかのように……。


「こんなところで固有能力ユニークスキルを使って……馬鹿なんだから」


 俺の隣で、何度目かの溜息を楓音が吐いた。


固有能力ユニークスキル? あれがティスカの固有能力ユニークスキルなのか」


 俺にはティスカが何をしているのかさっぱり分からない。だが、楓音は知っているらしく、やれやれと肩を竦めていた。

 そして遂に、ティスカがキールのすぐ傍へと辿り着く。だが、


「あ、あの、あの! わたくし、ティスカと申しま……」

「ウザ」


 たった一言。

 ティスカが台詞を言い切る前に、姫乃にバッサリと言い捨てられていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?