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【第三十二話】我慢しなくていい、今すぐイクがいい

「受付は済ませてる?」

「いやまだだ。昨日と同じで、今日も魔物退治でいいのか」

「当然でしょ。それとも鉱物の採掘業務でもするつもり?」

「断固拒否させてもらおう」

「だと思ったわ」


 ソファから立ち上がり、楓音と一緒に受付へと向かう。

 もはや恒例だが、楓音の顔パスで一番乗りになる。有り難い反面、やはりこれはこれで他の探索者達に申し訳ない気持ちになってしまう。

 いやほんとすみません、俺は圏外ですけど彼女が一応圏内なものでして、と心の中で謝っておこう。


「ちょ、ちょっと! お待ちなさい!」


 とここで、背中越しに声を掛けられる。相手は勿論ティスカだ。

 この流れなら当然の台詞とも思えるが、まさか受付を終えるまで律義に待つとは思わなかった。


「え? ……なに?」


 ここでようやく、ティスカに対して反応を示す女子が一人。何を隠そう、我らがクランリーダー、御剣楓音様だ。

 目を細め、楓音がティスカを見る。

 悲しいかな、その表情はまるで今初めてティスカの存在に気付いたかのようだ。


「わたくし! ここにいるのに挨拶もしないつもりですの?」

「……あぁ、いたの?」

「いましたわ! さっきからずーっと! 御剣さん、貴女の目は節穴ですの!?」

「そんなわけないでしょ。気付いてたけど興味ないから気付かなかっただけだから」

「もっと悪いですわ!」


 ただ単に気づいていなかっただけならまだしも、これはティスカに対する最大限の侮辱と言えるだろう。まあ、俺としては面白いからいいぞもっとやれ。

 というかこの二人、今の反応から察するに、全く仲良くないな?


「で、あたし達に何か用でもあるわけ?」

「そう! そうですわ!」


 面倒臭そうに訊ねる楓音と、思い出したかのように頷くティスカの構図を、俺は黙って観察する。


「今日はわたくし、赤の門に用事があって来ましたの。ですから最近ここを拠点にしていると噂の御剣さんに一つ忠告をしておこうと思いまして」

「忠告?」

「ええ。今日は潜らないことをお勧めしますわ」


 赤の門に潜るな、とティスカは告げた。

 何故だろうか。まさか今日限定で危険度の高い魔物が産み落とされるとか……んなわけないか。他の門なら露知らず、赤の門で何か特別なことが起こる時は俺の耳に入るようになっている。勿論、楓音もティスカも知らないけども。


「それは無理な相談ね。あたし達の予定はあたし達が決めるし」


 ティスカの忠告を聞いた楓音は、首を横に振って言葉を返す。

 この意見には俺も同感だ。俺が妄想する内容は俺が決める。それと同じだ。


「そうだそうだ! 今日はこの後、赤の門で楓音が魔物退治する姿を肴に妄想しつつ、夜は俺のモデルになる為に耐える楓音の姿を肴に一杯やるんだからな!」

「ちょっと、人を酒の肴扱いしないでよ!」

「安心しろ、俺は酒は飲まん! 妄想の肴だから何も問題ない」

「問題ありまくりよ!」

「も、モデル……? 貴方達が何を仰っているのか全く理解できませんわ……」


 それはそうだ。

 高尚な俺の妄想ライフを常人が理解できるはずもない。


「……とにかく! いいですこと? わたくしの邪魔になる行為は禁止ですから、そのつもりでよろしくお願いしますわ!」

「禁止って、なんでそんなに必死なのよ」

「これをご覧あそばせ」


 よくぞ聞いてくれたと言いたげな様子で、ティスカは携帯の画面を見せてきた。それはネットニュースの記事だ。


「何々? 探索者ランク一位のキール・ラングロが赤の門へ……?」


 クランランクでも一位の「オール・キル」のメンバーが勢揃い、とも書いてある。

 掲載時間は、ほんの一時間前となっていた。この記事を目にしたティスカは、慌ててここまでやってきたのだろう。


「ふふ、これでお分かりかしら? 今日はキール様が赤の門に足を運ばれますの。ですから邪魔になりそうな路傍の石はあらかじめ排除しておく必要がありますわ」


 つらつらと嬉しそうに口を動かすティスカを無視して、俺は楓音と目を合わせる。

 どうやら楓音も気付いたらしい。


 キール所属のクラン「オール・キル」のメンバーが勢揃いということはつまり……。


「……あいつもいるよな」


 探索者ランク九位、ナンパ野郎。本名はエルド・ルーガン。

 つい先日、赤の門のダンジョンを探索中に一戦交えたナンパ野郎だ。


 楓音に聞いた話だが、エルドは日本でトップのクランに所属していると言っていた。

 だから間違いではないだろう。


「楓音」

「なに?」

「今日はやっぱり中止ってことで」


 ニッと口角を上げ、今日の予定をキャンセルしたいと申し出る。

 すると楓音はジト目を向けて「却下」と口にした。くそっ、何故だ!


「さっきも言ったじゃない。あたし達の予定はあたし達が決めるって」

「ってことはつまり俺が決めてもいいってことだよな? だったら今日は」

「あたしは行きたいの」

「……あ。……ん? なんだって?」

「だから、あんたが行きたくなくても、あたしは行きたいって言ってんの」


 強めの口調で楓音が告げる。


「ふむ。いやだがな、エルドのやつが来るかもしれないんだぞ? もし鉢合わせたりでもすれば、お前にも迷惑がかかるかもしれないし」

「それぐらい分かってるから。でも、だからって逃げてばかりはいられないでしょ」

「しかしだな」

「あたしは行きたいの! つべこべ言わずに行かせなさいよ!」

「……くっ」


 どうぞどうぞ、今すぐいってください! 俺は大歓迎です!

 楓音がいきたいと言うのであればそれを拒むことなど俺には到底できない!


 というわけで、俺は楓音と仲良く一緒にイクことになったわけだが、それを阻む存在がここにいることを忘れてはならない。


「お、お待ちなさい! わたくしを無視するなんて許しませんわ!」


 ティスカが声を荒げ、俺達がイクのを止めようとする。

 今いいところなんだから邪魔をしないでもらいたいね。


「御剣さん? それと……小汚いそちらの方! わたくしの話を聞いていなかったのかしら?」

「聞いてたぞ? 有益な情報をありがとうな」

「どういたしまして……じゃなくて! もう暫く待てばキール様がここに来られるのですから、わたくしの邪魔だけはしないでいただきたいと申しておりますの!」

「君の邪魔を? キールってやつの邪魔じゃなくて?」


 俺はてっきり、エルド達の探索を邪魔するなって意味だと思っていたが、ティスカの言い方から察するに、どうやら違うらしい。

 ティスカは「そうですわ!」と頷き、説明を続ける。


「今日はわたくし、キール様の前で探索者としての実力を示し、オール・キルへの勧誘を受ける予定ですの!」

「……ははあ、つまりあれか? 自分の欲望を叶える為になり振り構わずって感じだな?」

「言い方! 直接的過ぎますわ!」

「謙遜するな、むしろ俺は君が欲望を剝き出しにしていることを評価したい」

「そんなことで評価されたくないですわ!」


 全力で拒否されるが、気にしない。冷たくされるのは楓音で慣れているからな。

 ほら、俺の横に立つ楓音を見てみるがいい。ティスカとは比べ物にならないほどに冷たい目を俺に向けているぞ。


「でも、なんでこのタイミングなんだ? クランに入りたいなら今日に拘らなくてもいいだろ?」

「御剣さんがここを拠点にしているからですわ」

「楓音が?」

「あたしがどうして関係あるのよ」

「決まっていますわ。もしここでキール様が御剣さんの存在に気付いてしまったら……わたくしよりも先に勧誘されてしまうかもしれませんもの! そんなこと、このわたくしが絶対に許しませんわ! 今までは遠巻きに応援するだけでしたけれど、そんな未来が訪れるかもしれないのであれば、行動に移すのも悪くないと思った次第ですの」

「なるほど、つまりファンの暴走ってことだな」

「言い方! ですから言い方!」


 ティスカは、オール・キルのファンであり、ずっと応援していたのだろう。


 そんなオール・キルが、この度、赤の門へと遠征することになった。

 しかし赤の門には楓音がいる。オール・キルのメンバーが楓音と接触した場合、その才能というか強さに目を留めることは間違いない。つまり、クランに勧誘されるはずだと。


 ティスカにとって、楓音は友達ではなくライバル的な存在と見て間違いない。それも一方的にライバル視している感じのやつだ。

 そんな楓音が、オール・キルに加入したらたまったものではない。


 故に、今回初めて行動に移すことにした、という流れか。

 楓音にとっては完璧な流れ弾だな。


 俺の指摘に怒るティスカだが、しかし事実だから否定はしない。

 深い溜息を吐くと、ティスカは物思いに耽る。


「……ああ、もしこの夢が叶うのならば、わたくし、なんだってしてみせますわ」

「じゃあ俺のエロ漫画のモデルになってくれ。楓音との絡みで役に立ちそうだ」

「殴るわよ」

「すまん冗談だ。やっぱ絡むなら女同士よりも男女だよなって痛い! 殴ったな!」

「当たり前よ、このドヘンタイ!」


 因みに俺はどっちもいける派だから見てみたいが、この二人の相性的に無理だな。


「ティスカ。あんたの言い分は分かったけど、ダンジョンは誰のものでもないから」


 ティスカが何を言おうが、楓音は我関せずの態度だ。

 全く相手にされないティスカがほんの少し可哀そうに見えるが、俺のことを小汚い呼ばわりしたのを忘れてはならない。


 故に、心を鬼にしろ。そして妄想しろ。

 哀れなティスカの姿をこの目に焼き付けろ。


 ……うむ、素晴らしい。


 涙目のティスカを思う存分堪能した後、俺は楓音の背について赤の門へと向かった。


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