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【第三十一話】この子も日本語がお上手ですこと

 奈木のストーカー行為にも慣れ始めた頃、いつものように楓音と赤の門に潜る為に探索者組合で待ち合わせをしていた。

 今日は若干早めに着いたので、楓音が着くまでロビーのソファで寛ぎながらも人間観察に勤しんでいた。


「賑わってるな……」


 探索者組合のロビーに目を向ける。

 何故か今日はやけに人が多いが、何か割のいい日雇いバイトでもあるのだろうか。


 まあ、今の俺には関係のないことだ。何故なら俺は今日も予定が詰まっているからな。

 楓音が魔物を倒してくれるから危険は無いし、たまに俺が戦うところを見せろと言われるぐらいで、日雇いバイトを受けるよりも圧倒的に楽だ。それに加えて……。


「今日で六回目……くくく、六回目か」


 自分でも思うが、汚い笑い声が漏れてしまう。きっと、今の俺は悪い顔をしているに違いない。


 今日の探索が終われば、楓音に対して六時間分のモデル役を頼むことができる。

 それはつまり、一日のうちの四分の一を自由にできるってことだ。


 だが、まだだ。まだ足りない。まずは半日分を目指せ。今の倍を稼ぐんだ。

 そして仮に途中で我慢できずに色んなものが暴発しそうになったならば、一時間分をご褒美として求めろ。そしてまたひたすら耐えるのだ。

 それを繰り返し、耐えに耐え続けた末に辿り着いた二十四時間は、すぐそこだ。


「き、気持ち悪い顔ですわね」


 とここで、若干引き気味の声が耳に届く。

 モデル役と称し、楓音に何をしようかと考えていたので、目の焦点が合っていなかったらしい。

 慌てて我に返ると、机を挟んで向かいのソファに女性が一人腰掛けているのが見えた。


「……はて? どちら様ですかな」


 顔を見た限りでは記憶にないな。過去にすれ違ったこともない気がする。

 背筋を伸ばして座り直す。更に平静を装い、紳士的に振る舞ってみせた。しかし、


「ヨダレが垂れたままですわよ」

「おっと……これは失敬」


 いかんいかん。

 妄想の弊害か、いや妄想の中の楓音が挑発的で刺激が強すぎたのが原因か。

 ヨダレが垂れていることにも気付かなかった。


 俺としたことが情けない。これでは変態紳士の風上にもおけないじゃないか。

 とはいえ、悔い改めるつもりは毛頭ないし、今は優先すべきことがある。


「さて、ところでお嬢さんはどちら様ですかな」


 ヨダレを拭いて気を取り直すと、きりっとした表情を作って問いかけた。


 何故か?

 それは勿論、俺と言葉を交わすこの女性が魅力的だからに決まっているじゃないか。


「わたくし、ティスカ・ルーデリアと申しますわ」

「ティスカ・ルーデリアさんですか。なるほど、見た目通りの可愛らしいお名前をお持ちですね」


 紳士的な振る舞いは難しい。気付いたらおっさんっぽい喋り方になってしまう。ここら辺はもっとエロ本を読んで勉強する必要がありそうだ。


「随分と日本語がお上手ですが、何か私に御用でしょうか」


 さて、本題に入ろう。


 正直言うと、俺は外人には興味がない。

 これまでに幾つものエロ漫画を読んできたが、登場するキャラが日本人と外国人とでは明確に興奮度が異なることに気付いた。まあ、これは好みの問題だから仕方あるまい。誰にでもあるものだから気にするだけ無駄だ。


 しかしだ、売れないエロ漫画家とはいえ、俺も一応エロ漫画家の端くれだ。だからこそ、好き嫌いは克服すべきだと思う。


 幼い頃から長年エロ漫画で培ってきた妄想力や想像力によって、今の俺は、二次元はおろか三次元が相手でも、外国人には興奮しない体になっている。


 では、克服するには何が必要か。

 答え勿論、ティスカだ。


 俺の性癖や好みはとにかく、ティスカと名乗る女性がとても可愛らしいことに変わりはない。

 同時に、エロ漫画家としての血が騒いだのも事実。

 ティスカと目が合った瞬間、彼女がエロ漫画のネタになるかもしれないと考えた。


 だからまずは褒めた。ティスカという名を。

 そして続けて何を褒める? 顔か? 男なら誰でも一度は釘付けにになるであろう胸元か? それとも妙に艶めかしく見える長い金髪か?


 年齢=童貞の俺だが、女性との接し方はエロ漫画で学んできた。そして現在、現実の女性、楓音で実践中だ。楓音を実験台に学んでいるから選択肢を間違えたりはしない。どこを褒めるか一瞬で考えろ。


 顔を褒めるのは直接的すぎるか。

 胸を褒めるのはエロ野郎認定されるだろうな。

 であれば、無難なところで髪の毛を褒めて様子を窺ってみるか。


「虫唾が走りますわ」


 だが、俺が褒め言葉を口にする前に、蔑んだ目で言い捨てられた。

 更には俺を睨みつけてくるではないか。


 はて、何故だ?

 どうしてなのか、俺は何か地雷でも踏んだのか?

 誰でもいいから教えてくれ。やはり俺には三次元の女性の扱い方が分からない。


 しかし今の目はいい。これはツンデレというよりも自分以外の人間をゴミと思っているかのような目だ。善良な一般市民でもあるこの俺を全力で嫌う態度には心底驚いたぞ。これは彼女に対する認識を改める必要があるだろう。


 そして同時に、こんな女性を屈服させる漫画を描くことができたら、どんなに素晴らしいだろうかと内心ワクワクしてしまう。


 俺が今までに描いたエロ漫画には、滅多に外国人が出てこない。とりあえず出してみた時も脇役で、メインを張ることは一度もなかった。

 しかし今、アップデートされた俺の妄想力が唸りを上げている。ティスカを参考に描いてみるのも悪くないのでは、と訴えかけている。


 すると、俺の妄想を邪魔するように彼女が口を開く。


「あの御剣さんがクランを組んだと小耳に挟みましたから、どのような殿方かと気になり見に来たというのに……まさかこんな小汚い男だとは思ってもみませんでしたわ」

「……ん? なんだ、楓音の知り合いだったのか」


 今の台詞から察するに、恐らく楓音と彼女はそれなりに仲が良いのだろう。

 なるほど納得だ。だから俺に話しかけてきたのか。


 明らかに住む世界が違いそうなタイプの女性が、俺なんかに理由もなく話しかけてくるはずがない。


 はあ、と溜息を吐くと、俺は正していた姿勢を元に戻してソファに背中をくっ付ける。


 急に話しかけてきたから絶対に裏があると思っていた。

 でも、若干……ほんの少しだけ、期待していた部分もあった。

 楓音からクランに誘われ、奈木にストーカーされ、今の俺はラブコメ漫画の主人公みたいなムーブをかましているからな。

 彼女も……ティスカもきっと、俺のことが気になって近づいてきたのではないかと思ってしまったわけだ。


 この思考からしてダメだな、俺は二次元に毒されている。やはり三次元は予測がつかない。二次元のように思い通りにはならないことを肝に銘じておこう。


 しかし楓音は案外社交的なのかもしれないな。普段は一人でいるし俺なんかとクランを組むような変わり者だが、こんな外人娘と関係を持っているわけだからな。


「で、小汚い俺を見て満足したか」


 小汚い呼ばわりされたのはまあいい。

 むしろもっと言ってくれ。罵ってくれ。勿論俺にそんな趣味はないが、ティスカで一本ネタを考えるにはちょうどいい。


 しかしもう、敬語は使わなくてもいいだろう。だって相手は初めから馴れ馴れしいし、年上を敬う気はゼロのようだからな。


「貴方のお名前は?」

「名乗るほどのものではない」

「……貴方、わたくしを馬鹿にしていますわね?」

「いやいや、そんなことはないぞ? むしろネタとして興味津々だからな?」

「ネタ? わたくしには貴方が何を言っているのやらさっぱりですわ」

「さっぱりか……それでいいさ。お前の歳で全てを理解してしまったら後戻りできなくなるからな」


 再度、きりっと表情を整えて返事をする。と同時に嫌な顔をされた。


 ティスカが幾つなのか不明だが、パッと見、楓音と同じぐらいだろう。

 ……いや、外国の人は見た目では分からないからな。こう見えて実は十歳ですとか言わないよな?

 とにかく、別に今名乗らなくても楓音経由で伝わるからな、言わずとも構わないはずだ。


「貴方、あまりわたくしを甘く見ない方がいいですわよ? こう見えても……」

「お待たせ」


 苛々を隠そうとしないティスカが更に口を開こうとした時、待ちわびた声が耳に届く。二人揃って視線を向けた先には、楓音が立っていた。


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