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【第三十話】帰り道には気を付けることだな。……この俺が。

 条件の擦り合わせを行った翌日。


「……ねえ、今日もいるんだけど」

「そうだな」


 例の如く、正午に探索者組合のロビーで楓音と待ち合わせていると、昨日と同じ気配を感じた。

 その正体は勿論、奈木だ。


「そうだな、じゃないでしょ。どうにかしなさいよ」

「俺に言われてもな」


 楓音が到着し、早速とばかりに指摘する。

 すると、俺達に気付かれたからだろうか。目が合ったのを合図に、奈木が近づいてきた。


「こんにちは、ちゃがわさん。奇遇ですね」

「あ、ああ。奇遇だな」


 実に礼儀正しい子だ。挨拶もしっかりするし健気だし可愛いしこんな俺に興味を持ってくれているし何だこの子最高か?


「奇遇じゃないでしょ」


 楓音が横から口を挟む。

 けれども奈木は俺から視線を一切外さない。


「あんたさ、昨日も待ち伏せしてたじゃない。それってストーカーっていうのよ」

「ちゃがわさんは、嫌ですか?」

「奈木にされるなら構わんよ?」

「構うな! そこは嫌って言いなさいよ!」


 奈木が相手ならむしろストーカーされるよりもしたいぐらいだが、ここにいない第三者から即通報されるから我慢しよう。


「今日も探索ですか?」

「ああ、それが楓音と俺との約束だからな」

「やくそく……」

「だから楓音、お前も俺との約束は絶対に破るんじゃないぞ、いいな?」

「うっ、言われなくても分かってるってば……」


 溜息を吐く楓音を見て、俺は満足する。


 結局、奈木は挨拶を交わすだけで、それ以上は何も求めなかった。昨日とは異なり、大人しく俺達を見送ることを決めたようだ。


 と思ったのも束の間、やはり気配を感じる。どうやら昨日と同様にダンジョン内にまで付いてきたらしい。

 赤の門だから然程危険ではないとはいえ、これが続くとさすがに気になって探索どころではなくなるぞ。


 しかし奈木は奈木で自らの意思でダンジョンに潜り、ソロで探索しているわけだからな。それを非難することはできない。

 その点は楓音も理解しているのだろう。苛々しながらも暴力に訴えることはなかった。そして代わりに、俺が小突かれる羽目になっている。


「よかったわね、あんたに熱烈なファンができたみたいよ。モテる男は辛いわね」


 いつの間にか、奈木は俺のストーカーになっていた。


 何故だ、原因が分からない。

 いや、俺は漫画によくいる鈍感系主人公とは違う。


 理由なら明白、奈木をナンパ野郎の魔手から助けたからだ。二人一緒にいる時にエルドを倒したことで、吊り橋効果も追加されているような気がする。


 今まで異性から好意を持たれた記憶はない。優しかったのは母親だけだ。

 妹は「近寄ったら殺す」と言うような奴だった。楓音だって明らかに俺のことを変態として接している。事実だから反論無しだがな。ただ、変態の前に紳士が付くのを忘れてはならない。


 だが残念かな、俺には既に先約がいる。それは楓音だ。

 たとえそれが互いの利益の為の関係だとしても、楓音とダンジョン探索する時間が……いや、一緒にいる時間、言葉を交わすのが楽しいと思ってしまう俺がいる。だからこれを反故にすることはできない。


 無論、楓音がモデルを引き受けなかったり、急にクランを解消すると言ったりなんてこともあり得るが、その時が来るまでは、俺の優先順位は楓音が一番になるだろう。


 ただまあ、このままでは奈木に申し訳ない。

 ではどうするべきか。


 そんな時、ふと案が浮かんだ。


「なあ、いっその事、別のダンジョンに変えないか」


 潜る門を変えればいい。

 門によってはランク制限がかかっているものもあるからな。

 俺はクランに入っているから問題ないが、奈木は恐らくランク圏外だ。故に、ランク制限ダンジョンには潜ること自体できないだろう。


「ダメよ」


 だが、楓音に断られる。


「なんだよ、そんなに隠し通路の先が気になるのか?」

「それもあるけど、あたしが赤の門に拘るのはそれだけじゃないから」


 どうやら隠し通路の他にも赤の門に拘る理由があるらしいが教えてくれない。

 とはいえ、主目的がそれであることに変わりはないだろう。


 元々は、吉祥寺にあるランク制限ダンジョンを主戦場にしていたみたいだが、つい最近、赤の門に潜ったところ、隠し通路を発見してしまったからな。

 しかも広場の先の通路に関しても実際に見ている。だから諦めきれない気持ちがあるのも理解できる。


 だが残念ながら、その道が楓音の前に開くことはない。断言しよう。


 とりあえず、奈木がストーカーする以外は健全だ。

 赤の門は危険度が低いので、圏外ランクの俺や奈木でも探索することができる。他の探索者達も多々潜っているので、すぐに助けを呼ぶことができる。


 故に、危険な目に遭うことは滅多にないだろう。そして俺としてもダンジョンの危険度が低い方がしんどくなくて有り難いからな。


 もし、もっと難しいダンジョンに行くってことになれば、命の危険はもとより、無事に地上へと戻ってもヘトヘトになるし、その後に全力で原稿に取りかかれるとは思えない。だから今ぐらいの危険度が俺にとっては丁度いい。


 結局、数日空けた次の探索日や、更に一週間が過ぎた日も、奈木は俺達がダンジョン探索する日には必ず顔を出し、後を付けてきた。


「ふぅ」


 この日も探索者組合を訪れた俺は、ソファに腰掛け、片手で頭を抱えながらも考える。

 そして俺は事の重大さに気が付いた。


 ……あれ、もしかしてこれって、家もバレてないか?


 さすがにダンジョン内では気を張っているから気配を感じ取ることができたが、地上では別だ。探索者組合には人もそこそこいるし、帰り道を付けられないように気を付けた方がいい。

 いや、既に家がバレているなら今更無意味か?


 思考を巡らせながらも答えが出ず、今日の探索が終えた。

 楓音の背を見送って解散し、自転車に跨がってヒガコ荘へ漕ごうとする。


 すると、隣の自転車に跨がる女性を発見。

 視線を向けると、そこにいたのは奈木だった。


「ちゃがわさん。奇遇です」

「おお……奇遇? だな。奈木は自転車だったのか?」

「はい。買いました。必要だったので」


 必要?

 ……何に?


「ボク、ちゃがわさんに近づけるように、もっと頑張りますね」


 それではさようなら、と言って、俺の家とは逆方向に漕いでいった。

 その背中を見送りながら、俺は奈木の台詞を反芻する。


「近づける……」


 一探索者として、俺に近づけるように鍛えるつもりか。

 全く、俺も買いかぶられたものだな。


 って、勿論、んなわけない。


 再度言うが、俺は鈍感系主人公とは違う。キレッキレの頭脳派変態紳士主人公だ。


 故に気付く。気付いてしまう。

 奈木の言う「近づけるように」とは、つまり……。


「……物理的に、だよなぁ」


 嬉しいような恐いような、いややっぱり嬉しいか……いや、ううむ。

 とりあえず、今の俺に言えることは一つ。


 途中でヤンデレになって後ろから刺してきたりしませんように……。


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