玄関先で一悶着ありはしたが、結局なんやかんやで部屋に上げることになった。
拒否しても強引に入ってこようとするし、たとえ扉を閉めても楓音には転移魔法があるから無意味だ。
四畳半の部屋へと案内し、俺は肩を落としてお茶を淹れる。
しかし解せない。
俺の方から言う前に、何故に楓音はモデルをすると申し出たのか。
その答えは、次の言葉ですぐ判明する。
「今、ほら、全部合わせると……六時間? それぐらい貯まってるでしょ?」
ぎくり。
楓音め、どうやらこのシステムのヤバさに気付いてしまったようだな。
「これ以上溜めたら、後々消化するのが大変そうじゃない? だから今の中に少しは消化しておいた方がいいと思ったの」
「余計なことを考えやがって」
「え、なに?」
「ナンデモナイヨ」
「片言禁止!」
「いいじゃないか、俺だってたまには片言になる時ぐらいあるぞ」
「その喋り方する時の綴人って、何か後ろめたいことがある時だからね」
くっ、何故分かる……!
俺の得意技が既に通用しなくなっているだと……!?
「で? するの? しないの?」
するかしないか楓音が迫る。これがモデルよりも先の行為であれば勿論「する」一択だが……まあ、今ここで気にしたところで意味はない。前向きに考えていこう。
無暗にモデルの時間を消化されてしまうのは残念極まりないが、貯めた時間が全て無くなるわけではない。これはちょっとしたご褒美だ。そう思えば悪くない。
だから今日は思う存分楽しませてもらおうじゃないか。
「本当に、いいんだな? この前みたいに途中で逃げるのは無しだぞ?」
念の為に釘を刺す。
盛り上がってきたところで拒否されたら、俺と俺の息子がたまったもんじゃないからな。
「わ、分かってるってば……これでも一応、覚悟してきたんだからね」
「覚悟? 最後までやる覚悟か……」
「そうよ。最後までちゃんとモデルをやり切って、あたしが口だけじゃないってことを証明してやるんだから」
「その心意気や良し! ならば俺も全力で迎え撃とう!」
手加減するのは礼儀に反するからな。
今の俺にできる最高の持て成しをしてやろうじゃないか。
「ちょ、ちょっとは手加減してよね? こういうの慣れてないし……」
俺の勢いに圧倒されたのか、楓音の顔には不安が浮かび上がっている。
「安心しろ。前回前々回の俺は暴走し過ぎていただけだ。夢のような現実に思考回路があっという間にショートしたからな……だが、今回は違う。今の俺は至って冷静だ。たとえ今この場でお前が服を脱ぎ始めたとしても全く興奮せずにお前の生まれたままの姿をデッサンし続けることができるだろう」
「それならいいんだけど……い、言っとくけど、服は脱がないからね?」
「ふん、愚問だ。心の目で見れば服など透けて見える」
「あんたまさか、
「透視魔法だと? そんな夢のような魔法があるなら今すぐ習得方法を教えろ!」
「無いわよ! たぶん! ってか、たとえ知ってたとしてもあんたみたいな変態には絶対教えないから!」
「違う違う違う、変態の後に紳士を付けろ! ただの変態と俺のような変態紳士は全くの別物なんだからな?」
「あたしからしたらどっちもただの変態よ!」
肩で息をしながら突っ込みを続けていた楓音は、俺が淹れたお茶を一口飲んで呼吸を落ち着かせる。
暫しの沈黙。
そしておもむろに立ち上がると、俺と目を合わせて「……ん!」と唸る。
「なんだ?」
「……は、早くあたしに指示しなさいよ」
「お? もう始まってるのか?」
「あんたと喋ってると、時間がどんどん過ぎてくからね。さっさとしちゃった方がいいでしょ?」
「だな。それでは本日の課外授業を開始する!」
「だから言い方……」
「まずは前回の続きからだ。その場で四つん這いになってくれ」
「……見たら殴るからね?」
「ふっ、今の俺は変態紳士だぞ? そんなただの変態のような行動は暴走でもしない限り起こすことはないと誓おう」
「あんたの場合二回連続で暴走してるから不安でしかないんだけど」
「見えない部分は妄想で補うのが本来の俺のやり方だ」
「ドヤ顔で言う台詞じゃないのよね」
「おい、指示通りにしろ」
「分かったってば……っ」
指示通りに、楓音は四つん這いのポーズを取ってみせる。
内心、恥ずかしいのだろう。
目線をどこにやればいいのか分からずに泳ぎまくっている。
だがそれがいい! その表情が欲しかった!
これぞリアル、現役女子高生の真実に迫ることができる!
但し、暴走するな。これ以上の失敗は時間の無駄だ。
故に心を無にして描き続けるのだ。
「いいぞ……うむ、これはいい。筆が進む……やはりモデルが良いと気持ちが乗る……」
「そ、そう? ……も、モデルが良いって」
「ああ。楓音、お前は最高の素材だよ。俺の創作活動に欠かせない存在になるだろう」
「あたしが、あんたにとって欠かせない存在……」
「よし、楽にしていいぞ」
まずは一枚、描くことができた。
「え、描けたの? ……ねえ、見てもいい?」
「無論、構わんよ」
ほっほっほ、とエロ男爵的な台詞と態度でスケッチブックを楓音に手渡す。すると、
「……これ、顔だけしか描いてないじゃない」
楓音の指摘通り、スケッチブックには顔の部分しか描いていない。
「あたし、あんたに言われてあんなに恥ずかしいポーズを取ったんだけど? これってどういうことよ」
「いやいや、お前の恥ずかしそうな表情を見てると、なんだかつい……その顔を思い切り描いてやりたくなってな」
俺自身、不思議な感覚だった。
もし許してもらえるならば、今すぐにでも楓音の服をひん剥いて恥ずかしそうにする姿を瞳に焼き付けながらデッサンしたいところだが、楓音という一人の女性を前にして、真面目にその表情を描いてみたくなったのだ。
「いいか? これは栄えある一枚目なんだよ! 楓音、お前がモデルを始めて最初の!」
「あたしにとって最初の……」
「ああ、だからいつもはエロを描く俺も、この一枚だけは心を鬼にしてエロを封印したんだ。コロコロ変わるお前の表情を描きたいという気持ちも大きかったからな」
「っ」
俺の言葉を聞いて、楓音はまたもやそっぽを向く。
しかし残念だな、俺の部屋は狭い。視線を背けた先にあるのはエロ漫画の棚だけだ。
慌てて顔を前に向け直すと、視線をゆっくりと上げて俺と目を合わせる。
「……あんたってさ、普段はここに引きこもってるくせに結構ズルい男よね」
「ズルい? 何のことだ? というか引きこもりじゃないからな? 俺は常に原稿と向き合っているだけであって、必要な時は外に出るぞ。ブロードウェイにも行くしコンビニとか業務スーパーでカップラーメンを買ったりするからな。あとついでにクラン活動もあるか」
「せめてクラン活動を一番に言いなさいよ……」
呆れた表情の楓音だが、強くは突っ込まなかった。
「それで……? 次はどんなポーズを取ればいいの?」
「そのままでいい。お茶を飲んで寛いでる日常の姿を描かせてもらう」
「え? そんなのでいいの?」
「ずっと同じポーズ取ってたから、疲れてるだろ。だから休め」
「ふうん? あんたもいいとこあるのね」
「当然だ。今は飴と鞭で言うところの飴の回だからな。だが次は鞭だから覚悟しておけ。予定としては……エロ漫画では擦り尽くされたネタだが、アヘ顔ダブルピースをしてもらうのもありだな。二次元だと有りだが現実でも許容範囲なのか実に気になるところだ。すぐ傍で直接見ることで何か違いが分かるかもしれない。ってことで今はゆっくりと羽を伸ばすがいい」
「前言撤回するわ。やっぱりあんたは正真正銘のドヘンタイよ」
翌日、楓音は待ち合わせの時間になっても現れなかった。
そしてその次の日も、更に次の日も。