王都デンバルを混乱に陥れた悪夢の夜から早数日が過ぎた。
いまだ王都は、というより魔法国家ヴァルプール全体が落ち着きままならない状況だ。国王たるハイエンベルグ・デンバルが殺されてしまったのだ、無理もないことだろう。
ただ不幸中の幸いというべきか、第一王子ルースフィリア・デンバルは無事だった。ただちに新国王に即位したルースフィリアが中心となって、一刻も早い国政の安定化に向けて奔走しているようだ。とはいえ、バルフを始め宮廷魔法騎士団の騎士たちなど国家防衛力を相当喪失した現状は、国にとってはだいぶ厳しい状況といえるに違いない。まあそこら辺については、頑張ってくれとしか俺には言えないんだけど。
はてさてヴァルプールの状況説明はこれくらいにしておいて、いまは地下拠点の玉座に腰を下ろしている俺である。
隣には愛依寿が凛と立ち、段差の前には七人の少女たちが跪いている。まあなんだ、今回の騒動の振り返りというか反省会というか、そういうやつらしい。
「ホワイト・ペイジの打倒、および魔導七典の二冊――《雷遊の魔導書》と《氷嘲の魔導書》二冊の奪還、お疲れ様でしたお兄様」
改めて労ってくれる愛依寿とキラキラした眼差しを向けてくる《|七魔導代理《セプタグラム》》たちを前に、とりあえず俺は求められるムーブをやってあげることにする。
「ふん、あの程度の粗雑な贋物など、我が真なる魔導の前には路傍の小石に過ぎん」
「まあ」目を輝かせる愛依寿。「流石は始祖にして至高たる我らがマスターです。特に最後に放たれたあの未知の魔導、世界を覆い尽くすかのごとき巨大な魔法陣から放たれた神々しい漆黒の輝きは、まさしく真理の外側にある景色そのものでした……」
いつしか恍惚としだした愛依寿である。ついでになんか《七魔導代理》たちも一層キラキラした目を向けてきてるし。
「メイジュ様のおっしゃるとおりです! 私たちがいた場所からもはっきりとマスターの魔導が見えました! 夜空を貫く不幸明媚な黒き波動……思い出すたびに改めて感動が蘇ります」とか言って天井を拝むアソンである。
「ええ本当に……あまりの美しさに、わたくしもただただ見蕩れてしまいましたもの」と言ってうんうん頷くレイホークである。
「にしし、ホワイト・ペイジの白い魔法陣もすっごくおっきかったけど、やっぱり最強なのはボクらのマスターだよね~!」と誇らしげな様子のタヴァルである。
「マスター、す、すごかったです……あのすごいかがやきを見て、ウト、やっぱりマスターはすごいんだって、感動しましたぁ……」つぶらな瞳に尊敬の念を浮かべるウトである。
「あの魔導はだれにだってたべきれないよね~。だからますたーはだれよりも強いんだあ~っ」といつものようにのんびり語るタマナである。
「ああもうあの素晴らしい輝きを間近で見られたレイホークちゃんたちが羨ましいわ♡ もし近くで見られていたら、きっと私は昇天してしまってましたけど♡」うっとりした表情で言うエズである。
「エズの言うとおり、私も少々嫉妬の念を感じております。あの崇高なる輝きを、私もこの目に焼き付けとうございました……」なんかめちゃ悔しそうなアラオルである。
すっごく褒めてくれるけど、あれはみんなには秘密にしてる黒紙の魔導だからあんまり話を深掘りしたくないんだよな。いつまでもこの話題を続けてるとそのうち愛依寿なんかが「それであれはなんの魔導ですか? ひょっとしてほかにも魔導書があるんですか?」とか訊いてきそうだし。
「ああーそれはそうと! こほん、レイホークを始めとした四人については王宮外に這い出したアンデッドらの掃討、ご苦労だったな。お前たちの働きのおかげで王都民への被害も最小限に食い止められたことだろう。アソン、エズ、アラオルも想定外の状況が起きるなか充分に役目を果たした。流石は我が魔導の代弁者に相応しき者たちだ」
と言って褒めてやると、途端にそれぞれが嬉しそうに破顔する。よし、これで上手く黒紙の魔導から話題を逸らすことができたな。
「お兄様のおっしゃるとおり、彼女たちはしっかりと働いてくれました。特にアンデッド掃討においてはレイホークとタヴァルの働きが大きかったように思います。というわけでお兄様、今回も彼女たちに褒美を与えてはいかがでしょうか」
「え、褒美……? それってもしかして……?」
「はい。無事回収なさった《氷嘲の魔導書》と《雷遊の魔導書》の管理をレイホークとタヴァルに任せる、というのはどうでしょう」
いやあ~っ! 今回こそはどうにかしてこっそり処分しようと思ってたのに! あげちゃったら処分できないじゃん!
なんて内心では大騒ぎする俺だったが、しかし目の前で期待に目を輝かせるレイホークとタヴァルを見てしまっては、嫌だとは言えず頷くしかなかった。
「あ、ああそうだな。お前の意見に従おう愛依寿。ではレイホークはこの《氷嘲の魔導書》を、タヴァルはこの《雷遊の魔導書》を受け取るがいい」
表情は平静を保ちながら、心の内では泣く泣く二冊の黒歴史ノートを渡す。
恭しく魔導書を受け取るレイホークとタヴァル。するとレイホークは感激のあまり涙を流し、タヴァルはとびっきりの笑顔を浮かべ、それぞれ大事そうに小汚い大学ノートを抱きしめた。
「ああマスター……まさかマスターから直々に《氷嘲の魔導書》を賜る日が来るだなんて……。なんて美しい装丁。なんて凜々しい書体。この年季を感じさせるよれや焼け、黄ばんだような変色さえもが、いかに御身の魔導思想が時代を超越せし世界の根源たるかを雄弁に語っているかのようですわ……。すううううう……っ、はあぁ~! ああ心なしかこの原典からはマスターの香りがするような気がいたしますわ……」
そんな厨二のノートが世界の根源であってたまるか。ていうか吸うな吸うな。あと俺は古い本みたいにカビ臭くないわ!
「うわあ~ありがとうございますマスター! これでついにボクも原典持ちだあ! マスターが書いた原典を持っていられるなんて嬉しいなあ! にししし、ずっと肌身離さず持ち歩いちゃうぞー! 寝るときも枕の下に敷いて寝るもんねー!」
あんまり外で持ち歩かないでくれないかなタヴァル。あと枕の下に敷いても大した夢は見られないからやめておきたまえ。
はしゃぐレイホーク・タヴァルとそれを羨ましげに見つめるほかの《七魔導代理》たちの様子を内心で苦笑いしつつしばし眺める俺だったが、ふと気づくと隣に立つ愛依寿がなにやら思案げな表情を浮かべていた。
「どうしたんだよ愛依寿」
するとハッとする愛依寿。
「あ、いえ……今回の王都崩壊の危機を引き起こした主犯であるホワイト・ペイジはお兄様の手によって無事に退けられましたが、その後に現れたという正体不明の存在がやっぱりどうしても気になって……」
「《理外|の理を知らしめる《オーヴァー》者達》とかいうやつか」
「はい。果たして彼らの目的は一体なんなのでしょうか」
「さあ……魔導七典の力を欲しがってるみたいではあったけど」
どうも魔導七典をなんらかの形で利用しようとしているようだったが、詳しいところまでは想像もできないのが正直なところだ。
「はっ⁉ まさか崇高にして偉大なるお兄様のファンクラブの可能性?」
「それは絶対あり得ません」
真顔で反論すると愛依寿は悪戯っぽく微笑をたたえた。
「冗談です。とにもかくにも、残る魔導七典の所在と一緒に《理外の理を知らしめる者達》の詳細についても調査を進めてまいります。ご安心くださいお兄様、もしお兄様の覇道を妨げるような者達であれば、私達が露払いをいたしますので」
「は、覇道……」
「はい、必ず世界中にお兄様の素晴らしさを知らしめてみせますので」
「別にそんなの望んでないんだけどな……」
しかし苦笑を浮かべる俺のことなどお構いなしに熱い決意を漲らせた瞳で真っ直ぐに見つめてくる我が妹である。彼女を止めることは、もはやどんな魔導を用いようと不可能であることだろう。
と、そこで一歩前に進み出たのはアラオルだった。
「その件ですがマスター、メイジュ様」再び片膝をつきつつアラオルは続ける。「実は残る魔導七典の所在に関する新たな情報を入手しました。未回収の四冊のうち、《癒悦の魔導書》が某所にて悪用されているものと考えられます。さらには……その件に尋常ならざる存在の関与が疑われております」
「その尋常ならざる存在が、《理外の理を知らしめる者達》だと言うのですね」
愛依寿が問うと、アラオルは神妙な面持ちで「おそらくは」と頭を下げた。
「アラオルの入手した情報が確かだとすれば、《理外の理を知らしめる者達》というのはお兄様のファンどころか随分と悪質でお行儀のよろしくない者たちのようですね」
若干ご立腹っぽい語調で言ったのち、すっと愛依寿の双眸が俺に向けられる。
「いかがなさいますかお兄様……いえ、《|始祖漆黒の魔導師《ブラック・ペイジ》》様」
うわ、スイッチ入ってる。それに気づけば《七魔導代理》たちもなんかキラキラを通り越してギラギラした視線をこっちに向けてるし。
俺は瞬時に察した。
ああこれ、期待されてんな……。
途端に恥ずかしさが込み上げてくるが、やらない選択肢は用意されていないことを俺はもう重々承知している。
しかしまあなんだ、すべては何故かこの異世界で伝説の魔導書扱いされちゃってる黒歴史ノートを回収するためだ。
見ず知らずの人間に黒歴史を読まれ続けるくらいなら、今このときの羞恥なんていくらでも我慢してみせようじゃないか。
そう自分に言い聞かせ、腹を括って。
今日も今日とてこれ見よがしに玉座にふんぞり返った俺は、闇の組織を統べる者らしく、漆黒の魔導を操る最強の魔導師らしく、世界を挑発するかのような微笑をたたえて告げるのだ。
「――ふん。我が至高なる魔導を俗な謀に利用しようとは、愚行も極まれば道化師じみてくるというものだ。どうだ、ならばここはひとつ親切に手を貸してやろうではないか。手筈を調えろお前たち。我ら《|理外の理を識る者達《アンネイブル》》が、間抜けなピエロ共のショーとやらをより一層愉快に仕上げてやるぞ」
「「「「「「「「イエス、マイマスター‼」」」」」」」」