本日3話連続で投稿します!
2話は20:10、3話は21:10にアップされます!
専門用語はできる限り説明しております!
ですので、音楽なんて全く知らないよ!という方でも読めます!
安心して、お楽しみください!
_____________________
5月半ばの風が心地よく吹く昼下がり。
駅前の雑踏の向こうから、軽快な音楽が響いてきた。
聴こえるのは、今ではやや古い、2000年代初頭に流行ったロックバンドの曲のカバーだった。
やけに大きなベースの音。それなのに、歌声と絡み合い、絶妙なバランスを生み出している。
曲は〝JUMP OF TURKEY〟の、海賊王を目指すアニメ映画の主題歌にもなった曲。駅のある千葉県佐倉市と縁のあるバンドの歌で、多くの人が聴き入っている。
そんな中。
周囲の男女が思わず見とれてしまうような風貌の少女が、友達と共に、駅の改札口から響く音に誘われた。
周りの視線がその少女に集中しているのだが、彼女はそれに動じることなく、流れる音に小さくリズムを取りながら悠々と歩いていく。
そしてそのまま、駅とショッピングセンターの2階を繋ぐペデストリアンデッキから、真下で演奏していたバンドにちらりと目線を向けた。
聴衆の囲む中にいたのは、3人の男子だった。
スリーピースバンドで、心を弾ませる演奏をする彼らに、多くの人が楽しそうな表情を浮かべてリズムに乗っている。
歌っているのは、目が隠れるほどの長い前髪とエッジの効いた声が特徴的なベースヴォーカルの男子だ。
その左にはギターの少年。快活な少年といった風貌である。
後ろでドラムを叩く少年は少し筋肉質な身体で、とても楽しそうに細かいリズムを刻んでいる。
そんな3人の様子を見て───
少女は酷くびっくりしたのか、咄嗟に開いた口を手で隠してしまったのだった。
「ウソ……
メンバーのうち、ベースヴォーカルをしていた前髪の長い少年。
それは、この少女のクラスメイト、神室
少女は興奮のあまり顔を上気させて聴き入って、僅かに顔を揺らしていた。その様子に、友人が呆れたような表情を向ける。
「はあ……確かに演奏は上手いけど、待ち合わせに遅れちゃうから行くよ、
「
衿華は友人、桃杏珈の手を掴むと、「遅れてもいいから……聴いていたい。間近で見てみたいって思っちゃって」と本音を吐露する。
すると───
「衿華がそう思うんなら、そうしよっか。あの子たちにラインしとくね!」
桃杏珈はにこりと笑いつつ、早速スマホを取り出して文字を打ち込んでいくのだった。
………………
…………
……
ヴォーカル、
すると、視界の端の階段を駆け下りる女子二人が目に入った。
その二人組は観客の合間を縫うように二列目、彼の右前に陣取る。
───新規っぽい客が二人来たな。アツい。
彼は左隣のギタリスト、
すると───最後のサビに入った途端、二人共にタイミングを合わせてエフェクター(音色を変化させる機材)のペダルを踏んで音圧を上げた。
元々居た観客たちは、先程までより楽しそうにノッてくれている。
女子二人も音圧の変化に気が付いたのか、表情をより明るくしているように見えた。
演奏し終えると、観客たちから拍手が上がる。
───だが、ここまでは前フリでしかない。肝心なのはここからだ。
千成はマイクを握ると、観客に話しかけた。
「ここまでカバー曲を聴いてくれてありがとうございます!!次で最後なんですけど……次の曲は、オレたちのオリジナルソングになります!!」
───先程までの演奏で、オレたちの演奏力は示してある。あとは、オリジナルソングを聴いて貰って新規のファンを増やしたいところだ。
千成が語り掛け終わるやいなや、観衆からは拍手が沸き起こった。
彼が横を見ると、健明は満足そうに微笑んでいるし、ドラムの
───行けそうだ。最後の曲で気に入って貰えば……次のライブの告知もできるからな。
「オレたちの曲を……〝MEBUKI〟の曲を聴いてくださいッ!!『月夜を越えて』!」
彼らのバンド、〝MEBUKI〟が拘りに拘って完成させた曲である『月夜を越えて』。ジャキジャキとしたギターのカッティング(歯切れよくリズムを刻む奏法)から始まるこの曲に併せながら、千成もベースの弦を鳴らしていく。
歌い出すと、観客はリズムに合わせて手を叩きながら見守ってくれている。
そんな景色を捉えながら、千成は歌い続けていた。
いつの間にか女子二人も、周りのようにあからさまではないけれど、リズムに合わせて肩を揺らしてくれている。
最後のサビが終わる。
激しかったギターの音色が綺麗な音色と共に消えた瞬間、観客たちから拍手が沸き起こっていた。
「オリジナルソングも聴いてくれてありがとう!次のライブは6月の20日、日曜日に、隣の
是非来てくださいね!!」
メンバー3人揃って一礼すると、観客たちから再度拍手が送られる。
「新曲良かったよ!楽しみにしてる!」「絶対に見に行くよ!」と、嬉しい言葉が返ってきた。
「みんな、ありがとう!次のライブは全部オリジナルで組んでるから楽しみにしといてよ!」
健明はそう言いながら観衆に手を振っている。
彼は気さくな性格だからか、友達も多いしファン受けがいい。
───対応はあいつに任せて、オレは片付けでもしておこう。
そう思って千成がベースに手を伸ばそうとした、その瞬間。
「神室くん……!!!
演奏、かっこよかったし……凄かったよ!!」
背後から、彼の名を呼ぶ声がした。
その声はまるで鈴を転がすような美しい声だったのだが───千成の心臓はドクンと大きく震える。
「え……」
まさかの呼びかけに、思わず間抜けな声が出た。
振り向くと、そこに居たのは……
───同じクラスの……えっと……誰だっけ?
暫く固まっていた千成。
彼を呼び止めたのは、階段を駆け下ってきた二人組のうち、黒髪の女子───衿華の方だった。
衿華は、千成がファンに絡まれている時から終始、話をしたがっていた。漸く訪れた機会に、彼女の頬は緩む。
「凄かったよ!!
興奮しちゃって、物凄く心臓がドキドキしてた……!」
彼女は口角を上げながら、やや早口でそう言っている。
「君たちは……初めてオレたちの演奏を……聞いてくれたんだよね?」
千成がボソッとそう問うと、二人は同時に頷いていた。
「……そうなんだ」
千成は、目の前の少女をじっと見つめた。
正直、彼女に対しての印象はほぼゼロだった。
何となく見たことはある気がする。
授業中、前の方の席で先生の話をよく聞いている生徒。
彼にとっては、それくらいの認識だった。
「えっと……苗字は……なんだっけ?」
千成が正直に尋ねると、衿華は目を丸くした後、軽く溜息をついてから口を開く。
「
その言葉を受けて、千成はようやく記憶と一致したのか「あぁ……」と洩らす。
級長をしている生徒だ。でも、それ以上のことは知らない。
「えっ、私のこと知らないの?」
彼女は少し頬を膨らませながら、睨むように千成を見つめている。
「悪い……クラスメイトにあんまり興味がなかったし……あそこじゃ誰かと絡むことがないから、覚える必要が無いと思ってた」
千成が弱々しく言った言葉に、衿華は「それはちょっと……覚えてて欲しかったな」と口を尖らせた。
「ごめん。でも……級長は、三谷さんっていうのか。
覚えとくよ」
彼がそう言うと、衿華は嬉しそうに微笑む。
「私の事、覚えてね!?
あとさ、神室くん。ライブだとこんなに楽しそうにしてるのを見て……教室とは違ってキラキラしてるんだな……って思っちゃった」
彼女の瞳は、真っ直ぐに千成を捉えていた。
けれども彼の瞳は泳いでいる。
「オレは……三谷さんには悪いけど、音楽にしか興味がなくって……だから教室じゃ人と絡めないんだ」
「神室くん……そうだったんだ。でも……」
衿華の視線もやや泳ぐ。
が、覚悟を決めたのか、彼女は息を吸い込んだ。
「私……神室くんたちのバンドが気に入ったんだ。ロックな音楽は今まであんまり知らなかったけど……次のライブ、絶対行くから。文化祭の次の日だよね?」
「えっ……!?」
その言葉を聞いて、再度、彼の心臓は嬉しそうに拍動する。
「来てくれるのか……?日程は……合ってる……」
クラスでは誰とも絡まない、絡んで貰えない千成だったが、自分に積極的に絡んでくれそうな衿華の発言に心がときめいてきた。
彼の心臓は激しいビートを刻んでいる。
「うん。私は行くよ。
スマホを弄っていた隣の女子に、衿華は声を掛けた。
すると……
「いいよ。楽しそうだし……今日集まるみんなも誘ってみようかな」
桃杏珈はそう言うと、千成、そして片付けに入っていた残り二人のメンバーにも目線を向ける。
「じゃっ、私たちはこの後予定があるから───ごめんねっ!」
桃杏珈は衿華の手を掴んでいた。
衿華はまだ話し足りないのか、残念そうな表情を顕にする。
が、腕時計をちらりと見るなり、その表情は青ざめたものに変化していった。
「えっと……ごめん、神室くん。まだまだ話していたいんだけど……この後用事があって、人を待たせちゃってるから」
まだまだ話していたい、その言葉に彼の頬は朱に染る。
自分が必要とされたことに嬉しかったのか、照れ隠しに彼は頬をポリポリと掻きながら口を開いた。
「オレとしては……三谷さんたちが次のライブに来てくれるってだけで嬉しいから大丈夫だよ」
ライブに来る客が増えるだけでも嬉しい。
そんなニュアンスの発言が、今の彼には精一杯だった。
が、そんなことは露知らず、衿華は顔を輝かせる。
「じゃあ……もう時間だから今日はお別れだけど……明日話そっ!!」
嬉しそうにそう言った衿華は、桃杏珈に引っ張られる手と反対の手を千成に向けて振りながららイオソタウンの方向へと消えてしまった。
───もっとオレと話していたかった……か。
風が吹いていた。
千成の前髪が弄ばれ、普段は見えない目元が顕になる。
そのとき、彼は酷く残念そうな表情を浮かべていた。