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第32話 衿華のできること

「私は千成たちのバンドのことを本気で気に入ってるし、少しでも役立てるなら全力でやりたい。それだけ、あの空気に惚れ込んでるから」


 不意に、千成の目頭が熱くなった。


「衿華がオレらのバンドに、そこまで入れ込んでくれるとは思ってなかった」


「そりゃそうだよね。だって、私、千成たちを知って未だ1ヶ月だし」


 衿華はくすっと笑った。


「でも、だからこそ言えることもあると思うんだ。私はバンドのメンバーじゃないし、音楽のことは詳しくない。でも、外側から見てるからこそ、出来ることがあると思うんだ」


「……出来ること?」


「うん。千成たちのことを、もっといろんな人に知ってもらうために、私が動く。〝MEBUKI〟がどれだけすごいか、どういう音楽をしてるのか、ちゃんと伝えたい」


 衿華は真剣な表情で言い切った。


「具体的に、何をしようとしてんだ?」


「それはこれから考えるよ。だけど……まずはSNSをもっと活用した方がいいと思う。演奏の動画をアップするとか。千成たちの良さがちゃんと伝わる形にしなきゃ」


「……そういうの、オレらしてなかったな」


 千成は少しだけ眉を顰め、スマホを操作した。


「フォロワー、150人ちょいか」


「文化祭で少しは増えたと思うけど……やっぱり少ないね」


 衿華がスマホを覗き込む。


「40人くらい増えたな。でも……現状、ライブ告知くらいしか使ってない」


「だからだよ!もっと活用しなきゃ。せっかく演奏してるのに、見てくれる人が少ないのは勿体ない」


「……まあ、そうだけど」


 千成があまり理解していないような様子で返すと、衿華はスマホを操作し、あるアカウントを彼に見せる。


「これ……オレが薦めたバンドのじゃん」


 千成はそう呟いた。

 衿華がまさかSNSアカウントまで見るほど好きになってくれていたことに気付き、少しだけ嬉しくなる。


 彼女はその画面を示しながら、口を開いた。


「今って、SNSがすごく大事なんだよ? 例えば、こんな感じでライブ映像をちょっとずつ切り取って投稿するとか、メンバーの写真を載せるとか。あと……今は縦動画の時代だよね? 縦映像をアップするだけで、もっと色んな人に〝MEBUKI〟を知ってもらえるはず」


 衿華は熱心に話す。千成はスマホの画面を見つめながら、ぼんやりと考えた。


「ライブ映像か……まあ、それはアリかもしれねえけど、オレら、写真とかそういうのはあんま……」


「だからダメなんだよ!」


「うわ、なんだよ」


「ライブの時の写真とか、普段のメンバーの雰囲気が判るものを載せたほうが、バンドの魅力が伝わるでしょ? だいたい、演奏してる時の千成って、めちゃくちゃカッコいいんだから、それを活かさない手はないよ」


「……は?」


「ステージ上の千成と普段の千成って、かなりギャップがあるじゃん。そういうのも、女子ウケすると思うんだよね」


「女子ウケって……オレらの演奏は激しいタイプで女子ウケ狙いのバラードなんかじゃない」


 千成はそう言ったが、隣で衿華はすでに〝MEBUKI〟のインスタをスクロールしていた。


「投稿頻度も少ないし、ちょっと編集すれば映える動画も作れるし……あ、やっぱりアカウントの管理、私がやろっか?」


「いや、それは……」


 千成はこの衿華の表情を見て、住む世界がやっぱり違うのではないかと思い返していた。

 彼女のインスタとは繋がっているが、友人たちとのお洒落な投稿ばかりだ。

 そういった雰囲気は、彼ら〝MEBUKI〟には合わない。

 他のバンドアカウントを見習って頑張ってくれるのだろうが、心配なところも千成にはあった。


「……なんか申し訳ない気持ちになる」


 そうオブラートに包んで、断ろうとする。


「別にいいよ。私も千成たちのこと、もっと広めたいし!」


 けれど、衿華の笑顔を見て、言葉に詰まってしまう。


「……」


 千成は渋い顔をしつつも、衿華のやる気に押されて黙り込んだ。

 すると、衿華はにっこり笑ってスマホを掲げる。


「じゃあ、まずは文化祭のライブ映像を編集して投稿しよっか!桃杏珈が撮ってくれてたし」


「もう決定事項なのな。2人にも許可を取る必要があるけど……」


「そうだね。映像が出来たらアカウントのことを許可取りたいな」


 ───あいつらなら、二つ返事でOKしてしまうんだろうな。


 いつの間にか、電車は京成船橋駅に到着していた。


「千成!早く降りないと扉閉まっちゃうよ!」


 衿華が彼を催促する。

 千成は「そうだな……」と呟き、座席から立った。












 ………………

 …………

 ……












 翌日。

 千成たちはライブハウスでリハーサルを終え、スタッフ主導のミーティングを行っていた。

 時刻は会場オープン40分前であり、場には演者とスタッフしか居ない。


「最後にですね、下の階には他のお店がありますから階段付近に溜まらないようによろしくお願いします」


 スタッフがそう言うと、公演開始に向けて解散となった。

 今回出場するバンドは6バンドあり、千成たち〝MEBUKI〟は後ろから2番目を任されている。


「あの〝HOLLOWホロウ CROWNクラウン〟がトリだと?」


 健明は僅かに肩を落としながら、スタッフが調整中のステージを見た。


 〝HOLLOW CROWN〟、通称ホロクラ。

 実際に演者として会うのはこれが初めてだったが、かつて演奏を耳にしていたため、千成たちはホロクラの存在を知っていた。


 ホロクラは千成らよりも一学年上のバンドで、新宿を拠点に活動している。

 高身長ヴォーカルの天峰樹あまみねいつきは歌唱力が圧倒的で、低音からハイトーンまで自在に操る。

 彼らはプロを本気で目指していて、すでに有名なライブハウスにも出ており、業界の関係者とも繋がりがある、力のあるバンドだ。


「ホロクラから客を奪えればいいんだが……逆にオレたちの客もあの人たちに流れるかもしれない。負けないように全力を出そう」


 千成の言葉に、康太は頷いた。


「どうせなら、俺らにしかできねぇことをやろうぜ。

 ホロクラの天峰は歌唱力がやべぇし、カリスマ性もある。でも、それが全てってわけじゃない」


「つまり?」


「俺らは熱量でぶつかるんだよ」


 康太は不敵に笑った。


「客のテンションを一気に引き上げるような演奏にする。俺はドラムの演出を盛れるだけ盛ってみる。最初に派手な曲で掴んで、ラストまで全員巻き込むくらいの勢いで突っ走れば……上手くいくかもしれない。工夫して、観客を俺らのペースに引き込むんだ」


 千成は感心したようにうんうんと頷き、康太に続ける。


「オレもベースライン、ちょっとアレンジするわ。イントロからもっとグッとくるようにして、観客を引っ張る」


「俺もギターソロはもっと派手に行くわ」


 メンバーがそれぞれ作戦を練っていると、不意に背後から低い声が響いた。


「……お前ら、随分と気合い入ってるな」


「……!?」


 千成が振り向いた瞬間、身構えていた。

 〝HOLLOW CROWN〟のヴォーカル、天峰樹。

 彼は腕を組み、静かにこちらを見下ろしていた。


 黒のジャケットを羽織り、腕を組んだままこちらを見下ろしている。

 彼の存在感は圧倒的だった。ステージに立つ前の今ですら、周囲の空気を支配しているように感じる。


「楽しそうじゃねえか」


 低く落ち着いた声に気圧され、健明は一瞬言葉を詰まらせるが、直ぐに笑顔を作って口を開く。


「あ、はい!! 自分たちにできることを全力でやろうと思ってます」


 自然と敬語になっていた。相手は一学年上で、実力も実績も遥かに上のバンドである。


 天峰は健明、そして康太、千成と目線を変えていく。そして無表情のまま顎を軽く上げた。


「〝MEBUKI〟ね。この近辺の高校生の中なら相当な実力を持ってるらしいのはスタッフから聞いたが……どこまでやれるか見せてみろ。そうなりゃ……わざわざ千葉に出向いてやった甲斐がある」


 それだけ言い残し、天峰は踵を返して去る。

 去り際の余裕ある態度が、彼の格の違いを物語っているようだった。


「半端ないオーラだったな」


 健明が小声で呟く。


「こりゃ、舐められないようにしないとな」


 康太の言葉に、千成も無言で拳を握った。MEBUKIにとって、これは試されるステージになる。


 天峰の圧倒的な存在感を前に、ただ怯むわけにはいかない。今のままでは、MEBUKIは”ホロクラの前座”で終わってしまうかもしれない。


「負けるつもりはないよな」


 千成の瞳には確かな闘志が宿っていた。

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