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第5曲目(第1部 終章)

第5曲目(1/?) 底辺ギャルバンの大逆襲!〜ウチらのロックをナメんじゃねぇ!!〜

 今の時間は、22時30分。


 アパートの部屋の照明は、いつもと同じ明るさなのに、なぜか今日は薄暗く感じた。



 私の心に重くのしかかる不安が、光まで吸い込んでしまっているみたいだった。



 最終審査のタイムリミットまで、早くも24時間を切ってしまった。



 その間、何もしていなかったわけじゃない。



 昼間は、菜々子と喧嘩してしまったファミレス、3人でよく寄った楽器屋や特撮フィギュア専門店とか、他にもあの子が行きそうな所をあちこち回ったけど、結局会えなかった。


 一緒に付き合ってくれたミラは、疲れたのかロフトに敷いた布団で寝息を立ててる。



 カン・テイシーは、スリープモード(自称)中で、玄関で座禅を組んだままイビキをかいてた。



 私はというと、リビングの窓際に座り込んで、スマホを握りしめていた。



 開いているのは、菜々子とのトーク画面。



 既読は付くけど何の返信もないまま、何日も経っている。



 気づけば、指が自然と写真フォルダを開いていた。



 その中にある1枚のプリクラ画像。



 まだバンドを結成して間もない頃の練習帰りに撮ったものだった。



 菜々子がセンターで、ニッコニッコ顔してて、その両隣で私と皇が、作り笑顔で変なポーズをしてる。



 『ほーら、来夢ちゃんも皇ちゃんも観念してこっち来るの!今日は絶対に3人でプリクラ撮るんだからね!文句は受け付けませーん!』



 そう言った菜々子の強引な腕に引きずられて、私と皇はゲーセンのプリクラ機に放り込まれたんだっけ。



 狭いブースの中で、変なポーズを取らされて、訳の分からないスタンプを大量に押されてさ。




 『もう、来夢ちゃんったら全然笑ってないじゃん! はーい、スマイル!スマーイル!』



 そう言いながら、私の頬に指をグッと押しつけてきた菜々子の顔。



 あの時の笑顔が、スマホの画面の中にある。



 少しだけ垂れた目尻。あの子特有の、ちょっと天然そうな口元。



 無理して笑ってた私の隣で、あんなに楽しそうに笑ってた菜々子。



 本当はね?私も楽しかったんだよ!?



 だって、私にとっては、2人とも同じ特撮ヒーローの音楽が好きな初めての友達だったから!



 その友達と一緒に撮るプリクラが楽しくないわけないじゃん!



 でも、あの時の私は何か恥ずかしくて、楽しかったくせに、楽しそうじゃないフリをしてた。



 ポロポロと、涙が頬を伝って落ちていった。




 「バカ!私、バカすぎ……」




 その時、フワリと風が吹いたような気がして、部屋の空気が静かに変わった。



 「ラーイムちゃん、泣かないで」



 窓のカーテンの隙間から、ナツミがスッと現れる。


 いつものふざけた調子は影を潜め、黒髪がゆっくりと揺れる中で、その表情は、いつになく穏やかで優しかった。



 「全部見てたよ。あの小さい女の子や、ヤクザみたいなハゲの事は後で聞くとしてさ。菜々子ちゃんの事、Meが助けてあげよっか?幽霊なMeは、どこでも行けるから人探すの得意なの。だから、どこにいるか見つけてきてあげる」



 そう言って、ナツミは手を差し出してくる。



 その手は、幽霊とは思えないほど温かみを帯びているように見えた。



 でも、私はナツミの手を取らなかった。



 このままナツミに頼ってしまえば、楽なのかもしれない。それじゃ、きっと同じ事を繰り返す。今回ばかりは甘えちゃダメなんだ。



 「ありがとうナツミ。でも、これは私の問題」


 「え?」



 ナツミの瞳が、わずかに揺れる。



 「自分のした事は、自分で向き合って解決しなきゃ、きっと意味がないと思うの。誰かに頼っちゃいけないって意味じゃない。でも、この気持ちだけは、自分の手と足で伝えに行きたいんだ」



 しばらく沈黙があった。



 そして、ナツミの表情が、ふっと柔らかくほどける。



 「うん、わかった。じゃあ、Meは見守るだけにするよ。ラーイムちゃんは強いな。ますます大好きになっちゃった」



 その声は、これまで聞いたどんなルー語でもない、ただの‶言葉〟だった。



 ふざけもなく、混じり気もない。まっすぐな優しい声。



 私は驚いて、そっと目を見開いた。



 「あれ?そういえば今回はルー語で話さないんだ?」



 ナツミは少し照れくさそうに笑って、肩をすくめた。



 「だって、今はふざけちゃいけないって思ったからさ。ラーイムちゃん、悲しそうだったから。長年ルー語で話してたから、普通の喋り方すんの結構大変なんだよ?気を抜くとルー語が出ちゃいそうだし。でも、Meって言い方だけは直せないかな?今度会う時は、いつも通り話させてもらうからね。アハハ!」



 ナツミの気遣いが伝わった瞬間、心の奥がポカポカと温かくなってきていく気がした。


 「ありがとうナツミ。何か救われた。さすが、私の守護霊ね」



 私の言葉を聞いたナツミは、まるでお姉さんみたいに微笑んだ。



 「まあね。頑張れ!負けんじゃないわよ!」



 そう言ったナツミは、ふわりと宙に浮き、スッと消えていく。



 まるで、夜空へ帰っていく天使みたいな静かで優しい消え方だった。




 〝負けんじゃないわよ!〟その最後の言葉が、私の耳に力強く残った。



  ナツミの言う通りじゃない!何メソメソしてんだよ私!私は…私は自分の涙なんかに負けちゃいけないんだ! 



 そう決意した私は、涙を指でぬぐって、もう一度スマホの画面を見つめる。


 画面の中の菜々子が、まるで遠くにいるように思えた。


 でも、必ず伝えなきゃいけない。自分の想いを音に込めて。


 あの子の本物の笑顔を、もう一度見るために。



 ……その時、突然頭の中に浮かんできたのは、私たちが初めてバンド練習をしたサウンドスタジオ『バーニング・ビースト』だった。



 古くて狭いスタジオだけど、妙に落ち着く場所。



 皇に無理やり誘われて入ったのに、最終的には3人で大笑いして、菜々子が『ここ、落ち着くかも』って言ったんだ。



 私は、意を決してLINEのメッセージ欄を開き書き込む。



 『何度もごめん。明日の13時。サウンドスタジオ『バーニング・ビースト』で待ってる。謝りたいから!来るまで待っているから!!』



 深呼吸して、送信。



 送ったあと、すぐに後悔が押し寄せてくる。


 ああ~!重すぎたか?うわ~既読も付かないままだったらどうしよう!?


 胸の辺りがモヤモヤして、もうスマホを投げたくなる。


 その時だった。



 ‶既読〟



 そして、すぐに返信が来た。



 『ナナが行くと思う?』



 「え?」


 思わず声が漏れた。


 たった一行の、ぶっきらぼうな返事。


 でも、返ってきた。


 「菜々子から返事が来た!!」


 喧嘩してから、初めての返信。たとえ内容が冷たくても、嬉しかった。



 まだ〝終わってない〟って思えるだけで涙が出そうだったけど、必死に我慢した。



 「ライ様。こんな遅くに何をしとるんじゃ?誰かと話してなかったか?」



 眠そうに目をこすりながら、パジャマ姿のミラが小さな足音を立ててロフトから降りてくる。



 「え?まあ、ちょっと、色々あってね」



 私はスマホを胸元に引き寄せながら、少しだけ笑った。



 「それよりも聞いてミラ!菜々子から、久しぶりに返事が来たの。素っ気ない内容だったけど」



 「ほほぅ。それは、よかったのだ」



 ミラは欠伸をしながら、私の隣にちょこんと座り、菜々子の返信が映し出されたスマホ画面をのぞき込んだ。



 「ひょっとして、ナナ様は冷たく返信しつつ、本当は心のどこかでライ様と話をしたがっていると思うのだ」



 「そうだったら、いいんだけどね……」



 「きっと、そうなのだ」



 ポツリと呟いたその言葉を、ミラは静かに受け取ってくれた。



 そして、小さな手で私の頬をツンとつつく。



 「ライ様。きっと、明日は良き日になるぞ。なんてったって、未来のミラは全部見てきておるからな!」



 「それホント?」



 「ホントホント。ベガ星の「オールマイティ預言書」に書いてあったのじゃ。『この日、ライ様の想いが報われる』って」




 「そんなもんあるんだ?」




 「うそじゃ」




 「こらぁぁぁ!もーう!あはははは!」




 私はミラの優しいウソに思わず笑ってしまった。笑えるって、こんなにも胸のつかえが軽くなるものなんだ。




 「でも、ありがと!ミラ」




 「ふふん!どういたしましてなのじゃ」




 ミラは満足そうに胸を張ると、また小さな欠伸をして、私の膝に頭を乗せてきた。




 「じゃあ、明日は、頑張るね」




 「うむ。ライ様なら、きっと大丈夫じゃ。ふあぁ~あ」




 私はスマホを握りしめたまま、窓の外を見る。……ミラは、いつの間にか私の膝で寝ていた。



 夜の空は、どこまでも静かで暗かったけれど、不思議と、心の奥には小さな光が灯っていた。




 明日は、菜々子と絶対会えますように!!




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