ミラと女豹屋で並んでた時も、廃病院でナツミと戦ってた時も、忘れていたわけじゃない。ずっと引っかかってた。
あの時、私は1人で突っ走った。 ダイヤモンドブレイカーズとの対バン決闘……負けたらバンド解散という、身勝手な約束をした。
オーヴァーの奴に自分の大好きな音楽をバカにされて悔しかった!ただ、その事だけしか頭に無かった!
2人に相談もせずに、自分の感情優先で勝手に話を進めた結果、あの子は、菜々子は、怒って私の前から消えた。
菜々子が去ってから、やっと気づいた。あの時の私のやり方は間違ってたって。
こんな事を言う資格は無いのは分かっている!それでも私は!
「菜々子に届けたい⋯⋯!!」
静かに、でも、しっかりと口にした。
「自分勝手に先走った事を本当に悪かったって伝えたい。謝りたい。それでも、まだバカな私を信じてくれるなら⋯⋯また一緒にバンドやってほしい!!」
ギターを見つめる。
コードを弾いてみた。
今度は、涙が出そうになる音だった。
何だか、私の代わりにギターが泣いてくれた気がした。
「私、このギターで、菜々子に想いをぶつけたいよ!」
私の答えを聞いたカン・テイシーは笑顔を浮かべながら、ゆっくりと頷いた。
「来夢姫様。最高の答えです。それが聞きたかったんですよ。留守中にミラお嬢様から聞きました。対バン決闘の事、それが原因で菜々子様と喧嘩してしまった事も。現時刻をもって菜々子様に想いを届けるという最終審査開始を承認いたします」
その言葉を聞いた瞬間、部屋の空気が変わった気がした。
まるでステージの幕が上がる直前のような、緊張感を含んだ空気のような感じだ。
「ただし問題が、1つございます」
「え?」
「これもミラお嬢様にお聞きしたのですが、菜々子様とは、今、連絡が全く取れないのでしょう?」
「あ⋯⋯!」
カン・テイシーに言われて、私はスマホの画面を見た。既読はつくのに返信はないLINE。電話をかけても出ず、折り返しもなかった。
だったら、あの子の家へ直接行ってみるか?
そういえば私、菜々子の住所を聞いた事あったっけ?
菜々子とは、半年前にバンド結成のタイミングで初めて出会ったんだった。
中学や高校が同じわけでも、スマホの番号とLINEやSNSアカウント以外の情報を知ってるわけでもない。
私は菜々子が、今どこに住んでるのかすら知らない事に気が付いた。
「私、菜々子の事を何も知らなかったのかも⋯⋯」
その事実に気づいた瞬間、胸の奥で〝何か〟が〝ミシッ〟と音を立てて割れたような気がした。
手に持ったギターが、急に重く感じる。
それでも私は、震える指でコードを押さえ、ゆっくりと弦を鳴らした。
キュウゥゥン~♪
今度は、妙に耳障りな音が鳴った。
壁や床を巡って、私の胸に返ってきた音が、喋っているみたいな気がした。
(知ろうとしなかったのは誰?アナタでしょ?)
⋯⋯そんな風に私を責めてるように聞こえる。
菜々子の事が大好きで、大事に思ってるつもりだったのに、あの子が普段眠って、朝を迎えて、ご飯を食べてる場所さえ知らなかった!いや、知ろうとさえしなかった!
さっき鳴らした音の余韻が、私の心を抉るような〝言葉〟に変わって耳の奥へ侵入してくる。
(ねえ?菜々子の事を何にも知らないくせに〝想いを届けたい〟なんて、よく言えるね!?笑わせないでよ!!)と責めてくる。
苦しかった。心のド真ん中が、ビリビリと裂けそうだった。
「うるさい!うるさい!黙れよ!!じゃあ、どうやって私の想いを届けりゃいいのよ!?神様お願い!もう自分勝手なマネはしないから!だから菜々子に、私の音楽を届けさせてよぉぉ!!」
私は、苛立ちを抑えきれず叫んでいた。
ふと窓を見ると朝の空が、少しずつ青みを増していく。
菜々子に会いたい。言葉じゃなくて、音で伝えたい!あの子の心に私の魂全部をギターで響かせたいんだよ!!
でも、その方法が分からない。
ギターは手の中にあるのに、伝えたい相手に届けられない!そのもどかしさが、私の胸をギリギリと締め上げる。
「誠に申し上げにくいのですが、最終審査は今から36時間以内に実施しなければなりません。それを過ぎると審査無効となり、ギターは消滅してしまいます」
カン・テイシーは事務的な口調で、最終審査の有効期限を告げる。
スマホの時計を見た。今は午前6時だから、明日の18時までがタイムリミットか。
何も解決策が見つからないまま、最終審査の有効時間が少しずつ消滅していくのを私は肌で感じていた。
どうしよう?一体、どうすればいいのよ!?
「ライ様」
その時、背中からポツンと小さな声が聞こえた。
振り向くと、ミラが手に持ったクッションの陰から顔を出して、こちらを見ていた。
ウルウルした大きな目が、まっすぐ私を見つめている。
「ライ様。なんか、泣きそうな顔してるのだ」
その言葉に、ドキッとする。 涙をこらえていたのに、子供ってなんでこんなに鋭いんだろう?
ミラは、クッションを床に置くと私の手をそっと握る。
「あのね。ライ様がいっぱい悩んでて辛そうな顔見るの嫌なのじゃ」
そう言って、手を握る力を少しだけ強める。 小さくて、あったかくて、優しい手だった。
「ナナ様に自分の想いを届けたいっていう気持ちは凄く分かるのじゃ。でも、今のライ様は、自分の事を責めすぎて壊れちゃいそうで、とても心配なのだ!バンドや友達が大切なのは分かるけど、ミラにとってはライ様の方が、もっと大事なんじゃ!」
今の言葉が、私の胸にズドンと響いた気がした。
「ありがと!ミラ」
私はミラの頭をそっと撫でながら、言葉にならない感謝の気持ちを嚙み締めた。
「ミラ、ずっと一緒じゃ。もしも、ライ様が、スメ様やナナ様に嫌われたとしてもミラだけは絶対一緒なのだ!だから、これからは辛そうな顔しちゃダメなのだ!!」
そう言ってミラは、私に抱きついてニカッと笑った。⋯⋯心の奥の何かが少しだけ軽くなった気がした。
正直言うと、私の心には不安と焦りと、色んな感情が入り混じってる。 しかし、ミラの笑顔と言葉が、希望の火を灯してくれた!
残り36時間。
この時間内に菜々子に、必ず私の想いを届けてみせる。
たとえ今は連絡が取れないとしても、絶対に諦めない!
最終審査の幕は、もう上がっているのだから!!
【次章予告】
果音「姉御ー!!アタイとデートしよーぜ♡」
来夢 「果音!今の私は、それどころじゃないの!どうしてもやらなきゃいけないことがあるのよ!!」
果音「え?わ、悪ぃ。どうした姉御?いつになくマジじゃねえーか?」
来夢「流石の私も、今回ばかりはシリアスモードで行かせてもらうからね!」
ミラ「でも、ライ様。どうやってナナ様と仲直りしたり、ダイヤモンドブレイカーズに勝つつもりなのだ?」
来夢「菜々子と対バン決闘の事は、おぼろげだけど思いついた事があるの!とにかく時間が無い!やれる事をやってみるしかない!」
果たして、来夢の考える作戦とは何か?
この令和時代において、1970〜80年代特撮ヒーローの主題歌というニッチ過ぎる音楽に対して、あまりにも不器用で、あまりにも愚直に情熱を燃やす1組のガールズバンドがいた。
その名はスーパーヒーロー&ヒロインラヴァーズ!
しかし、彼女たちの友情という名の翼は、今まさに折れようとしていた!
スーパーヒーロー&ヒロインラヴァーズは、その翼を蘇らせ、オーヴァー・ジュリエッタ率いるダイヤモンドブレイカーズの待ち構えるミュージックフェスのステージに立つ事が出来るのか?
その全ての運命の鍵を握ってるのは⋯⋯味蕾来夢!そう!!君なのだ!!!
来夢は自身の歌と想いを、菜々子や観客たちの心に届けられるのだろうか!?
負けるな来夢!自分の愛する音楽に一生懸命向き合う君の姿は、きっと何よりも眩しい!!
なぜならば、‶その輝き〟は、もう夢を捨ててしまった大人たちには決して届かない場所にあるものだから……。
『ギャルバンで昭和特撮ヲタの私が、ひいおばあちゃんになった話』
次章『第5曲目 底辺ギャルバンの大逆襲!〜ウチらのロックをナメんじゃねぇ!!〜』
次章、ミュージックフェス編&第1部、堂々の完結!!