朝焼けがアパートの駐輪場を淡く染める中、私は悪霊ではなく、守護霊(自称)に、ジョブチェンジしたナツミと向き合っていた。
「そういえば、気になってた事があるんだけどさ」
私は、にこにこ笑顔で浮かんでるナツミに問いかける。
「1974年に死んだって言ってたわよね?どうして、1990年代に発生したルー語をバリバリで喋れるの?」
するとナツミは、得意げに胸を張って言う。
「OK!
「なんか泣けるわね。そのラインナップ」
あの廃病院で、何十年も1人きりで時間を持て余していたかと思うと、ナツミに同情してきちゃった。
「バット!1990年代になると、Meの所に霊界からダイレクトメールが届いたのよ。その名も〝地縛霊カルチャースクール〟のお誘いさ。暇なタイムを有効利用するにはNO1の方法だと思ったのでMeはスクールへGOすることに決めたの」
「地縛霊カルチャースクールですって~?何よ、その怪し過ぎるネーミングは!?」
ナツミは、おもむろに自分の白衣のポケットに手を突っ込む。そしてゴソゴソと何かを探し始める。
「ちょっと待ってね〜。えーと、乾燥ワカメ、割り箸、死亡届、これじゃないわね」
ナツミは、他にも注射器とか、カルテとか、尿瓶とかをポイポイ白衣のポケットから取り出しては、投げ捨てていた。
どうなってんのよアンタの白衣のポケットは?物理法則無視しすぎじゃない?四次元ポケットかよ!?
ちなみに、ナツミが投げ捨てるガラクタは地面に落ちた瞬間にフッと消えてしまった。
良かったわ~。こんなガラクタの山が残ったのを大家さんに見られたら、アパート追い出されるかもしれないからね。
「あっ!あったあった!」
〝バッ!〟
ナツミが、ポケットから勢いよく取り出したのは、厚さ3センチのボロボロの冊子。その表紙にはミョーにポップなフォントでこう書かれていた。
『ナウでトレンディ☆ルー語で学ぶ地縛英会話~Vol.3 〝魂にシンクロするフィーリングフレーズ集〟(講師:カレールー小柴/協賛:霊界太極拳愛好会)』
「うわ、なんかカビ臭いし、角に心霊写真みたいなプリクラ貼ってあるし、物理的にも呪われてるじゃないのそれ?⋯⋯っていうか、講師のカレールー小柴って誰よー!それに協賛の霊界太極拳愛好会って、ルー語と全然関係ないじゃないのさー!!」
私は鼻を摘まみながらツッコミを入れつつも、ナツミの持ってるテキストから距離を置こうと後ずさる。
そんな私の気持ちを知らずナツミは得意げにペラリとページをめくり、湿気で波打った紙面をパタパタと仰いだ。
風に乗ったカビの臭いが私の鼻に届く。臭っ!仰ぐの止めてってば!
「このテキスト、けっこうレアなのよ? 講義中に講師のカレールー小柴が、Meに
「どこが現代風なのよ!!昭和の幽霊のくせに無駄にITリテラシー高いのムカつくわね!てか〝Vol.3〟ってことは他にもシリーズあんの?」
風が強まって、ナツミの冊子がバサバサと音を立てる。私は冊子から、また一歩引きながら、ジト目をナツミに向けながら言った。
「
ナツミは冊子を胸に抱きしめて、遠くを見つめながらしみじみ言った。
訳分らん話を聞かされた私は、しばらく口を半開きで沈黙していたが、ようやく言葉を絞り出した。
「もういいわ。説明になってない気がするけど、ルー語の出所は何となく理解したわ……納得はしてないけど」
ふう、と私は一息ついた。
「で?アンタはこれから、私の守護霊として監視し続けるの?」
ナツミはにこりと笑い、胸に手を当てる。
「さっきも言ったけど
「そっちの方が逆に怖いんだけど!?監視体制的に!!」
「でも、困った時にはMeを
最後にウインクをひとつして、ナツミは宙にふわりと浮かぶ。
「じゃあ、
そう言って、ナツミの姿はフッと消えた。
「変な幽霊だったなぁ。ってか、見えないけど今でも私の周りにいるのか」
私は思わずそう呟き、革ジャンのチャックをもう一段階上げた。
その直後だった。
「ライ様!大丈夫かー!?」
「
そう言って駐輪場に駆け込んできたのは、ミラと、スキンヘッドでサングラス、黒タキシード姿の大男……つまり、見かけ倒しのカン・テイシーだった。
ってか、カン・テイシーの奴、何よ?来夢姫様って呼び方は?もう、怒ってないからそこまで卑屈になんなくても良いわよ。
まあ、あのヤクザみたいな喋り方されるよりはマシだから、好きにさせとけば良いか。
それにしてもミラってば、まだ明け方なのにもう起きてたのかしら?
「さっきのライ様の叫び声で目が覚めたのじゃ!ライ様の事が心配になって。大丈夫?怪我してない?材料のサラシは手に入ったのか?」
ミラは、今の私の心の声を聞いたような事を言いながら、心配そうな表情で私の顔を見つめる。
「何とかゲットしてきたわよ。私は大丈夫。総長の果音や悪霊に告白されたりして、その悪霊が守護霊にジョブチェンジしたぐらいだから」
私は、ミラを心配させまいと、手に入れたサラシを革ジャンのポケットから取り出して、ニッと笑って言った。
「え、何なのじゃ?その無駄に凄いハードオカルトラブコメ風なストーリーは!?」
私の話を聞いたミラは、頭に沢山クエスチョンマークを浮かべてる。
あー、いきなりこんな事を言われたら、混乱するのも無理ないわね。
「とりあえず、ミラ、カン・テイシー。部屋戻るわよ。そこで詳しく話すから」
私は、部屋のリビングで2人に今までの経緯を話した。
「えー!レディース総長さんと幽霊から告白されたんじゃって?幽霊って、本当にいたのか?しかも、その看護師幽霊さんは、今でもライ様の周りにいるのか!?」
幽霊と聞いて、ミラは驚いてるような怖がってるような複雑な表情を浮かべて室内をグルグルと見てる。
やっぱ、ナツミの事は話さない方が良かったかしら?
「お疲れ様でした来夢姫様。早速ですが最後の材料である音鳴果音ちゃんのサラシを頂けますでしょうか?フー!フー!!」
正座をしたカン・テイシーが、私に向かって両手を伸ばして果音のサラシを渡すように要求してくる。
気のせいか、鼻息が荒いような?でも、ここまで苦労して手に入れたのもギター復元のため。これさえ渡せばちゃんと仕事してくれるのよね?
「ほらこれよ」
私は、カン・テイシーの広げた両手のひらにサラシを置いた。
「おおー!この肌触り!この匂い!まさしく音鳴果音ちゃんの巻いてたサラシ!」
カン・テイシーは、サラシを頬にスリスリしたり、クンクンと匂いを嗅いでる。
〝ゴン!〟
「ほげら!?」
その姿を見て無性に腹が立った私は、無言でカン・テイシーの頭にゲンコツを食らわせた。
カン・テイシーの顔が、フローリングの床にめり込んでいる。
「あんたねー!私ゃ、あんたの変態趣味のために、命懸けでサラシを手に入れて来たわけじゃないわよ!さあ、4つの材料は全て揃ったわ。私のギターを復元しなさいよ」
「も、もちろんでございます。来夢姫様。ちょっとだけ、匂いと肌触りを味わいたかっただけであります。スンマセンした!それでは、早速始めさせて頂きます」
立ち上がったカン・テイシーは、クローゼットに閉まってあった〝長さ1メートルの木の枝10本〟と〝空き缶50個〟をテキパキと運び出し、リビングの床に並べ始めた。
「来夢姫様のギター復元の儀式を、今ここに開始いたします!」
「よっしゃー!!私のギター帰ってこーい!」
私は、リビングで叫びながらガッツポーズ。横ではクッションを持ったミラがワクワクした顔をしながら見てた。ナツミは姿を消しているけど、たぶん部屋のどこかで見てる…と思う。
カン・テイシーがビシィッ!!と指差す先には……
果音のサラシ×1枚、空き缶×50個、木の枝1m×10本があった。
「今更だけど、こんな材料で、本当に私のギターが復元できるの?」
「ノープロブレムです!ベガ星式素材変換理論では、〝想いの強さ〟が素材の密度を超越するのです。ガハハハ!」
カン・テイシーは、豪快に笑いながら言った。
「「便利すぎんだろ!ベガ星の超科学!」」
私とミラが、同時にカン・テイシーに突っ込む。
カン・テイシーは3つの素材を一ヶ所に集める。
「サラシ、枝、缶……この3種の素材を融合!」
その瞬間、3つの材料がフワリと空に浮かぶ。
50個の空き缶が、1つの玉になったかと思ったら、ブワッと形を変えてギターのボディに!
10本の木の枝は、1本の棒になった直後、ゴギャギャギャと歪んで糸のように伸びてギターのネック部分に!
ギターのボディ(空き缶)とネック(木の枝)は空中で合体する。
そして果音のサラシが、合体したギターにふんわりと巻き付いた瞬間、激しく輝きだした!
「無駄に神々しい!」
その光景を見た私は、思わず呟く。
「驚かれましたか?来夢姫様?これが出来るのも女豹屋限定の「辛子明太子キムチ和え大福」のパワーを我が体内に取り入れたおかげなんです!完成まで、あと3秒……2、1……完成でーーーす!」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
光が収まり、ゆっくりと床に着地したのは……
フェンダー ストラトキャスター(トレモロアーム付)のエレキギターだった!!
白と茶色のツートーンカラー。ヘッドの部分にうっすらと付いてる傷も見覚えがあった。
「これ、間違いなく無くした私のギターだ!」
「正確には来夢姫様の〝想い〟で再構成された物となります」
私は恐る恐るギターを拾って、ポケットからピックを取り出し、ストラップをかけて構える。そして、試しにかき鳴らしてみる。
‶ジャァァァン!〟
音が、空気を震わせ、心臓を打った。まさに私だけの音。
「す、すごい!元のギターより良い音が出てるんじゃない?」
「フッ。しかし……」
カン・テイシーが、静かに言った。
「それは、まだ〝仮の完成〟に過ぎません」
「え?」
カン・テイシーのサングラスの奥の瞳が、真剣な色を帯びる。
「そのギターを完全に復元させるには、〝最終審査〟に合格しなければならないのです」
「最終審査?」
「そうです。来夢姫様が、このギターを本当に必要とする想いを自分に実行して見せて頂きたい!それが最終審査です。一度きりの機会です。もしも、その想いが復元をさせるに値しないものと判断した時は、不合格となります。その場合、ギターは消滅し、二度と復元する事は出来ません」
私は、思わず戻ったばかりのギターを抱きしめた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!不合格だったら、このギター無くなって、もう戻せないってこと?」
「はい。こればかりは〝カムバック!キュンキュンメモリアルアイテムセンター〟のセンター長兼鑑定士の擬人化システムとして、自分も絶対に曲げられないルールなのです」
カン・テイシーは、低く、真っ直ぐな声で言う。
「聞かせてください。来夢姫様は、そのギターを使って‶誰に〟想いを届けたいのです?」
その問いが、私の胸に突き刺さる。
このギターを使って、想いを届けたい人ですって?
そんなの決まってんじゃん!⋯⋯決まってんじゃん!
今の私には、たった1人しかいないよ!