歌詞が完成してから4日後。
私とミラは菜々子から『作曲出来たよ』との連絡を受けて駅前のファミレスに向かうため、商店街を歩いていた。
「ライ様、早く!早く!約束の時間に遅れるのだ」
私の前を歩くミラが右手に持ったウチワで「おいでおいで」と煽るように扇ぐ。
「ま、待ってよ~」
ギターケースを背負った私は、フラフラとした足取りでミラを追いかける。
とっくに『フライングゲット☆明日のひらめ記を
――もし本番の日にまた倒れたりしたら? そんな不安が一瞬よぎり、胸の奥にざわめきが広がった。私は慌てて首を振って、考えを追い出した。
そんなこんなで、私たちは集合場所のファミレスに辿り着いた。
猛暑のせいで、もうTシャツが汗でグッショリになってるわ。うぅ~気持ち悪い。帰ったらすぐにシャワー浴びたい。
自動ドアが開くと、冷房の風と一緒にカレーやハンバーグの匂いが流れてくる。ドリンクバーの氷が落ちるガラガラ音、子供連れの笑い声。そんな雑多な音が妙に心地よくて、緊張した肩の力が少し抜けた。
既に菜々子と皇は到着していた。そのテーブルにはフライドポテトの皿やドリンクバーのカップが乱雑に並び、まるで秘密結社の会合のような空気だった。
「遅いぜ!来夢とミラ。残念ながらポテトは無くなっちまったぜ。キャハハ」
最後の1本のポテトを銜えながら、皇が笑いながら言う。
「もう、皇ちゃんたら、そんなイジワル言わないの。外暑かったよねミラちゃん。アイス食べる?ナナお姉ちゃんが奢ってあげる」
「わーい!ナナ様ありがとうなのだ」
アイスと聞いたミラが、ニコニコ顔で菜々子の隣に座る。
「あのー、菜々子お嬢様。私の分のアイスは?」
「来夢ちゃんは自分で払うの!ナナもそんなにお金持ちじゃないんだから」
「だよねー♡」
そう言いながら、おどけて自分の頭を軽くコツンと叩いた。
「アハハ!来夢ちゃん面白い!」
その様子を見た菜々子が、笑ってくれる。
……これは何気ない友達同士のやり取りだ。けれど、数日前の状況を思い出すと、こんなやり取りが出来る事が、物凄く幸せであるのを実感していた。
私たちが席に着くと、菜々子はカバンから厚めのクリアファイルを取り出した。
「じゃーん! 完成したわよ、ナナ達のオリジナル曲の譜面!」
テーブルの上に広げられた五線譜。手書きの鉛筆跡がまだ濃く残っていて、急ぎながらも一音一音に細かな指示が書き込まれている。
イントロのコード進行、ベースの動き、ドラムのリズムパターン。ところどころに兄の字で「要相談」とか「勢い重視!」と赤字が書き足されていて、二人三脚で徹夜した様子が目に浮かぶ。
「ちょ、菜々子!この譜面を4日で完成させたの?凄すぎじゃない!?」
私は、菜々子の仕事の速さに驚いて、思わず声を上げた。
「普通、こういうの最低でも一週間はかかるよな……」皇も譜面を見ながら感心したように唸る。
「夏休み中のお兄ちゃんにも、大分手伝ってもらったけど……それでも正直、地獄みたいに大変だったわよ。徹夜でベースラインを打ち込んでは、お兄ちゃんに投げて、ピアノに展開してもらう……それを繰り返してたの。眠気で指が動かなくなりながら、コード進行を一音ずつ調整して、鼻歌をスマホに録音してお兄ちゃんのスマホに転送したりと……。お兄ちゃんからは「いい加減にしろ!」って何度も怒鳴られて、ナナもその度に言い返してさ。この4日で、まるで5年分くらいケンカした気がするよ。アハハ!」
菜々子は疲れの残る笑みを浮かべ、ドリンクバーのグラスに口をつける。目の下には薄くクマが出来ていて、それでもその瞳の奥はしっかりと輝いていた。
その言葉に、私も皇も息を呑んだ。紙に書かれた譜面よりも、その背後にある菜々子の必死さが胸を打ったからだ。
「菜々子ありがとう!マジで尊敬する」
私の声は自然に震えていた。
菜々子は顔を赤くして、頬をポリポリとかきながら言った。
「恥ずかしいからやめてよ、そういうの。兄妹だからできた荒業だし」
本当は嬉しいくせに――そう思った瞬間、私の心はさらに温かくなった。
「荒業でもいいのだ!」
いつの間にか届いていたバニラアイスを〝これでもか〟と口の周りに付けたミラが、ドヤ顔で叫ぶ。
「努力は特撮ヒーローの証なのだ!ナナ様は、本当にカッコいいのじゃ!」
「「ミラ静かにして。あと、口の周り拭け!」」
思わず私と皇が同時にツッコむと、ファミレスの店員や周りのお客さんが苦笑しながらこちらを見ていた。
「ただし」と菜々子はストローを銜えたまま、真顔になった。
「練習時間が1ヶ月しかないことを考えて、あえて〝型〟に寄せた。昭和特撮ソングの典型的なリフと進行をベースにしてる。イントロでギターがジャーンって叫んで、主旋律は正義のテーマっぽくストレートって感じ。だから耳に残りやすいし、歌詞も乗せやすい。つまり――聴いたことがあるようで、実際には新しい曲」
――あ、そこの読者さん!(作詞に1日、作曲に4日かかったんだから、練習時間は1ヶ月も無いだろ!)って心の中でツッコんでません?
安心してください!対バン決闘を挑んだ時点で、本番までは〝1ヶ月半〟あったんです。(※)
だから、私がギターの材料を探してたり、菜々子と和解する時間を含めても練習期間は、ちゃんと1ヶ月マルッとあるんですよ。うん!これで矛盾解消!説明終わり!――
「……なるほど。だから、既視感があるのか」
皇が譜面を覗き込みながら呟く。
私は譜面を見ながらエアーギターで弦を鳴らすイメージをしてみた。
確かに、指の動きはシンプルで覚えやすい。数小節だけで、すぐにメロディが頭に残った。
「これ、すぐ弾けそうだね」
「でしょ?型があるから、来夢ちゃんも皇ちゃんも体に入りやすいと思うの。だから、すぐに覚えられるし、お客さん達も〝どこか知ってる感覚〟で盛り上がれるはず。でも、本当に後1ヶ月で完全にマスター出来るのかは正直分かんない。本番でも未完成の荒い演奏になっちゃうかも……」
菜々子は指先でグラスの水滴をなぞる。私達の間に一瞬、沈黙が落ちた。
「でもさ、それって逆に強みじゃない?」
場の暗い雰囲気をぶち壊したいのと、菜々子を励ましたくて、笑顔でそう言った。
「強み?」
私の言葉に菜々子が首を傾げる。
ギターケースを抱きしめるように持ちながら、深く息を吸い込んでから、言葉を続ける。
「演奏の隙とか荒削りな部分は、あえて残すんだよ。完璧じゃなくていい。むしろ、その〝走り出したばかりのヒーロー感〟こそ、今の私たちにしか出せない熱になる。ほら、ヒーローって最初から完璧じゃないでしょ?戦い方や必殺技も最初は荒削りで、途中でつまずいたり失敗したりする。でも、その〝未完成さ〟が逆に〝全力で戦ってる〟ってリアルさにつながるんだ。バンドだってそうだよ。音が荒いからこそ、ステージで燃える。そのライブ感こそが、ウチらの武器になるんじゃない?弱点を必殺技に変えるのよー!」
「なるほど!完成してないからこそ、ナナたち自身が本番演奏の中で完成させる。そういう見せ方なら、むしろ説得力が出るかも」
菜々子は、笑顔で頷きながら言った。
「チッ、来夢のクセにカッケーこと言いやがって。まあ、時間的にも完璧に仕上げるのは無理だしな。でも、その〝荒削りな熱〟でドラムぶっ叩いてやるのも悪くねえ」
皇は頭をガシガシとかきながら、ニヤリと笑った。
「何よ?その〝の〇太のクセに〟ってみたいな言い方は?」
私もニヤリと笑って、皇に言い返す。
「う、うっせーな。来夢のクセには来夢のクセになんだよ。……内心、ちょっとだけ勇気もらったなんて思ってねーんだからな」
そう吐き捨てながらも耳まで赤い。わざと私から視線を逸らして、手元にあったメロンソーダを一気に飲み干した。グラスの中の氷がカランと音を立てた。……ウフフ。やっぱり素直じゃないところが皇らしい。
「おおおおーっ!ライ様、まるでスーパーヒーローなのだ!!」
ミラは立ち上がり、両手を突き上げて大げさに拍手。でも、口の中に入ってたバニラアイスが滝のように溢れ出してきた。
「ミラ!ちゃんとアイス食べなさいよ!テーブルや服がベタベタになるでしょ!」
「はわわー!ごめんなさいなのだ」
そんなミラのリアクションを見てテーブルの空気は、一瞬前までの焦りや不安を吹き飛ばすように、笑いに包まれた。
完璧じゃない。だけど、走りながら叫ぶヒーローみたいに、不器用でも全力で突き進む。それが、きっと自分たちにしか出せない輝きになる。
「よし!未完成のスーパーヒーロー&ヒロインラヴァーズ、ここからが始まり!気合入れていくわよー!」
「「おー!」」
私の号令に、皇と菜々子がガッツポーズで応える。
歌詞も曲も出来た。となれば、今は1分1秒でも惜しい!そろそろ予約した時間だし、バーニング・ビーストでオリジナル曲の練習を早速開始するわよ!!
(※)…第3曲目(12/14)参照