目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第6話 やっぱりキライだ!

 ぶすっとした表情で、風斗は不機嫌オーラを漂わせている。


「何か、デリバリーでもしましょうか」


「良いですね。食べながらだと、香椎くんもラフな感じになるので」


 坂井には、緊張していることがバレているらしい。


 有凪は、芸能人でありながら人見知りだ。今だって、緊張のあまり表情筋が微笑んだカタチのまま、元に戻らない。


 ピザを注文することになり、有凪はメニューを見ながら真剣に悩んだ。


 これでもモデルなので、口に入れるものには神経を使う。体重管理も仕事のうちだ。塩分が多いものはなるべく避けている。むくみやすい体質なのだ。


 ……ピザなんて、何年も食べてないな。


 どれもこれも高カロリーで、おまけに塩分過多だ。明日も撮影がある。


 ……どうしよう。自分は水だけで良いですとか、そういうこと言ったらダメだよな。


 周囲に気を使わせてはいけない。何か食べれるものはないか、焦りながらメニューを確認する。


 もたもたしている有凪を見かねたのか、坂井が「これは?」と指をさす。


「このサラダ。美味しそうだよ」


「う、うん」


 ……あ、そっか。サラダも注文できるのか。


 有凪は、ホッとした。野菜や豆類がたっぷりと入ったサラダ。ドレッシングも低カロリーなものをチョイスできるらしい。これなら食べられる。


「それから、このチキンなんかも平気なんじゃない? 揚げてないみたいだよ」


 塩麹のチキングリル。いかにも美味しそうだ。


「そ、それにする」


 有凪がオーダーしていると、向かいに座った風斗が小さくため息を吐いた。


「……過保護」


「え」


「ひとりで注文もできないんだ」


「……あ」


 何を言われたのか、すぐには分からなかった。


 意味を理解したら、恥ずかしくて頬が熱くなった。文句を言ってやろうと思うのに、何も言えない。くちびるが震えるだけ。


「王子様って聞いてたけど」


 低い声だ。意を決して、有凪は顔を上げた。


「お姫様じゃん」


 バカにしたように、ふっと鼻で笑う。


 有凪が、ぎゅうっと拳を握りしめた瞬間。スパーーン! と小気味よい音が、事務所内に響いた。


「ってぇ……」


 目の前の風斗が、後頭部を押さえている。


「か、嘉内さん……!?」


 坂井が驚きの声を上げる。


 嘉内が風斗を叩いたのだ。凶器は、冊子をくるくると丸めたもの。


「暴力とかマズいんじゃ……」


「社長から許可を得ています」


「そ、そうなんですか?」


「もしろ、社長命令です。風斗を一人前にするために、まずは人間教育が必要です」


「な、なるほどぉ」


 坂井と嘉内のやり取りを見ながら、有凪はちょっと合点がいった。彼女が風斗を担当できている理由。それは、鉄拳制裁だ。時代と逆行し過ぎなのだが、風斗にはこれくらいの荒行事のほうが、確かに効き目がありそうだった。







 ちまちまとサラダを食べる有凪の目の前で、風斗が豪快にピザを頬張る。足を組みながら食事をしているというのに、どこか品を感じさせる。なぜだ。行儀が悪いのに、なぜ品位を感じるのだ。


 納得がいかなくて、有凪は向かいに座る風斗をジロリと見た。


 何度もそうしていたら、彼と目が合った。


「……物欲しそうな目で見るなよ」


「な、なん……! そ、そんな目で見てない!」


 有凪は、慌てて否定した。


 なんとか否定できたが、視線は宙を彷徨っている。鼓動がズンドコ早くなる。『物欲しそうな目で見るなよ』という台詞が、最近読んだBL本で登場したのだ。


 攻めの台詞だった。タイトルは「あなたと番です」。受けは「物欲しそうな目」を否定したが、結局は攻めに嬲られてしまった。あんなことやこんなことをされていた。


 ちなみに、否定したものの完全に「物欲しそうな目」を受けはしていた。とろん、として、ぽやっとして。うっとりしながら攻めを見つめていた。


 ……あ、あんな目を、自分もしていたというのか! あんな濡れた目で風斗を見ていたのか!? もしかして、この世はオメガバースなんだろうか? 


 悶々としている有凪に、風斗がピザを差し出してくる。


「そんなに欲しいなら、食えば?」 


「へ?」


 ぐいっとピザを押し付けられる。


 ……もしかして、そっち? 物欲しそうな目というのは、ピザを食べたそうにしてたってこと?


 それが分かった瞬間、どっと力が抜けた。


「いらない。ピザなんて食べたら、太るし」


 有凪は手で押し返した。


「はぁ?」


 風斗が、片方の眉を吊り上げる。


「そんなもん、ジム行って走ればチャラになるだろ」


「は、肌が……」


「あ?」


「肌が荒れるんだよ。油っこいものを食べたら」


 顕著に出てしまうのだ。吹き出物になって、有凪を苦しめる。


「年だから?」


「はい?」


 ……今、コイツは何と言った?


 有凪が硬直していると、横から坂井がすかさず「うちの香椎は、まだ二十三歳です」と訂正する。


「なので君とは、ひとつしか年が違わないんだよ」


 さすがの坂井も苦笑いしている。


「そうなんすか? 嘉内さんから『香椎くんは風斗よりずっと先輩』って聞いたんすけど」


 ダルそうに髪をかきあげながら、風斗が言う。


「それは、事務所に所属してる年数のこと! 年齢は一個ちがいなの!」


 嘉内が丸めた冊子で風斗の肩をグリグリしている。


「なんだよ、そんなの誤差じゃん。ていうか、その割にはこのひと老けてるな。そう思わねぇ?」


 嘉内に同意を求めながら、風斗が有凪を指さす。


 一瞬、有凪はポカンとしてしまった。


 そして、じわじわと怒りがわいてくる。


 ……こ、この美貌の王子様こと、香椎有凪様が老けてるだとーーー! 魔性で! 美青年で! 常にナンパされまくり、街を歩けば物陰に引きずり込まれそうになる、この香椎有凪様が~~~!!


 ぐぎぎぎぎ、と内心憤っていると、嘉内がものすごい勢いで頭を下げた。


「も、申し訳ありません! うちの風斗が……! 香椎くんは風斗と違って落ち着いてるので! そう! 落ち着いてるってことを言いたかったんだと思うんですが! なにぶん教育不足でして……!」


 ひたすらぺこぺこする嘉内を見ていると、ちょっと憐れに思えてきた。きっとあちこちで苦労しているのだろう。坂井も同じことを思ったのか、嘉内に「頭を上げてください」と言っている。


 嘉内は、ちっとも悪くない。


「そうですよ、嘉内さんが謝ることじゃないですから」


 悪いのは風斗だ。そして、有凪は決して心優しい人間ではない。


「あの、申し訳ないんですが」


 有凪は、嘉内に微笑んだ。


「はい、なんでしょう?」


「その丸めた冊子、俺に貸していただけませんか?」


 このクソ生意気なボンボンを懲らしめてやらないと、有凪の気が済まない。叩きたい。叩きのめしてやりたい……!


 やはり社長は正しい。コイツには、鉄拳制裁が必要だ。微笑みを浮かべたまま、有凪はこめかみに青筋を立てていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?