「とりあえず、ツーショット写真をSNSにアップしましょうか」
「そうですね。イチャイチャの程度が問題ですけど……」
マネージャーの坂井と嘉内が話し合っている。
「ちょっと密着して、肩を組む感じにします?」
「最初ですからね。それで良いと思いますよ」
イチャイチャの程度を真剣に検討している二人を見て、これは仕事なのだと有凪のスイッチが入った。
風斗のことは嫌いだけど、仕事ならばやり遂げる。
「レッスン室を使いましょう」
「休憩中に、ちょっとじゃれ合ってますみたいな感じとか良いですよね!」
そうやら、マネージャーの意見はまとまったらしい。
レッスン室は、事務所と同じフロアにある。俳優たちが演技指導を受けたり、発声練習をしたりする場所だ。有凪も、ここでポージングのレッスンを受けている。
「香椎くんが、リードしてあげなきゃダメだよ」
カメラの動作確認をしながら、坂井が耳打ちしてきた。
「え、なんで?」
意味が分からず、有凪は目をぱちくりとさせた。
「香椎くんはモデルでしょう。彼は俳優。しかも、舞台の仕事が多い。香椎くんのほうが、カメラに撮られるのは慣れてるはずだよ」
……なるほど。それは、一理ある。
有凪は「よしっ」と気合を入れた。そして、風斗に近づく。
背伸びして、風斗の肩に腕を回した。体を密着させたら、ふわりと良い匂いがした。香水だ。甘い香りにドキリとする。
肩に回した手が、小刻みに震えているのが分かる。どういうわけか、心拍数が跳ね上がっていく。
……えっと。これから、どうしたら良いんだろう?
分からない。だって、俺は正真正銘の清純派だし。年齢イコール恋人いない歴だし。ナンパ野郎の宮部に、いつも余裕ぶって「ごめんなさい」とか微笑んでるけど、本当は内心ヒヤヒヤしてるし。ギラギラした欲望の視線をぶつけられるのは怖い。
他人と接触したことなんてないから、肩を組むのだってドキドキしてる。風斗は、見た目以上に筋肉質だった。それに比べれば有凪なんて、ただの棒切れみたいなものだ。
「……香椎くん。表情が強張ってるよ」
「え?」
カメラを構えながら、坂井が注文をつけてくる。
「もうちょっと自然な感じで」
……し、自然って。いつも通り、完璧な王子様の微笑みを披露しているつもりなんだけど?
「んーー、そもそも。肩に回した手が不自然なんだよな……。ぎこちないというか」
「身長差があるので、風斗が腕を回したほうがいいかもしれないですね」
嘉内のアドバイスにより、有凪は風斗に肩を抱かれることになった。
隣にいる風斗が、ため息を吐いたのが分かった。肩に腕をのせられる。重い。これって、肩を抱くというより肘置きにされている感じなのではないだろうか。
ムッとしながら、風斗を見上げた。
ダルそうな表情で、有凪を見下ろしていた。すぐ近くに風斗の顔があって、思わず息を飲む。
「こんなことして、意味あるわけ?」
風斗が、ため息を吐く。
「そ、そんなの俺だって分からないけど……!」
BL営業をして、本当に話題になるのか。正直なところ有凪にだって分からない。でも、何事もやってみなければ分からないと思う。そして、どうせやるなら前向きな気持ちで挑戦したほうが、良いと思うのだ。
「あ、あのな。BLっていうジャンルは、すごい人気なんだよ? 書店の棚には、ずらずら~~って本がいっぱい並んでて」
「だから?」
「えっと、だから、人気で……。俺たちもBLっぽいことしたら、話題になるかなっていう目論見なんだと思う……」
自分と風斗がイチャイチャして、いわゆる「萌え」になるのかは、疑問だけれども。
「めんどくせぇ」
「は?」
心底、馬鹿にしたように風斗が言った。
……な、なっんだよ! コイツ! むかむかする。本当に嫌なヤツだ!
「クソガキ」
気づいたら、有凪の口からぽろりと漏れていた。
「あぁ? なんつった?」
風斗が、威嚇するみたいに唸る。ギロリと睨まれる。風斗が凄んだら、迫力があった。でも、ぜんぜん怖くない。だってそれ以上に、自分は怒っているから。
「クソガキって言ったの。聞こえなかった?」
有凪は、風斗の胸倉を掴んだ。力を入れて、グッと引き寄せる。
鼻先が触れるくらいの至近距離だ。
「これは、仕事なわけ。事務所の人が関わって、俺たちを売ろうとしてくれてんだよ。それなのに不貞腐れてるんだからさ。クソガキで間違ってないじゃん」
真っ直ぐに風斗を見据える。しばらく睨み合った後、風斗がふいっと視線をそらした。
「これが仕事?」
「そうだよ」
「……馬鹿みてぇ」
風斗が鼻で笑った。
有凪の中で、ブチッと何かが切れた。
「ふざけんな!」
気づいたら、叫んでいた。思わず殴りそうになって、すんでのところで坂井に止められた。有凪と風斗の間に、嘉内も割って入る。
「ダメだよ!」
「二人とも、落ち着いて……!」
坂井と嘉内の言葉が、耳に入らないくらい怒りのボルテージが上がっている。坂井に羽交い絞めにされながら、有凪は風斗を睨みつけた。
風斗は、有凪とは違う。恵まれているのだ。それが悔しくて、挑発するみたいに言った。
「……事務所の人に聞いたんだけど。風斗ってさ、立派なマンションに住んでるんだって?」
父親が所有する高級マンションで、彼は生活しているのだ。
有凪が暮らす部屋とは比べ物にならない。
「良いよな、二世俳優って。おまけに実家は裕福だし」
有凪の言葉に、風斗の眉がピクリと反応した。
「お前は、いざとなったら父親がどうにかしてくれるもんな。そんなだから、BL営業とかバカにして。付き合ってられないんだよな」
「……黙れ」
明らかに、風斗はイライラしていた。
「お前、甘えてるよ」
風斗には、きっと分からない。二世俳優の彼とは違って、有凪には後ろ盾がない。可能性があれば、それに縋りたいと思う。どんなに小さなものでも。
東京の街は苦手だけど、もう少しここにいたい。そのためには、売れるしかないのだ。
売れなければ、帰るしかない。何もない故郷に。何も、持たないまま……。
「そうまでして、売れたいのかよ」
風斗の言葉は、鋭利な刃物だった。有凪の胸にスッと入って、びっくりするくらいに痛かった。
……お前には、分からない。
悔しくて、惨めで、涙が溢れた。
「そうだよ。悪い?」
濡れた声で、精一杯の虚勢を張る。
ぽろぽろと涙が零れているのに、表情だけは余裕ぶった。そうするのは得意だ。簡単にできる。だって、カメラの前で、いつだってそうしているから。