やばい。気になる。とりあえず「MEN'S LAUL」の最新号が、書店に並んでいるのを確認しようか……?
いや、発売日だし、超人気雑誌だから入荷していることは間違いないと思うんだけど。
そんなことを考えながら、有凪は忍び足で雑誌コーナーに近づいた。
「えーー! ヤバい~~! 格好いいよね」
「イケメン過ぎて目が焼かれそう……!」
女子たち(近くで見ると女子高生だった)が頬を染めながら盛り上がっている。
どのイケメンだろう。なんの雑誌を見ているんだ? と思っていたら、まさかの名前が彼女たちの口から飛び出した。
「香椎有凪って本当に美形だよねーー!」
思わず、体がビクッと反応した。
……俺か。
「藤間風斗と絡み合ってる表紙最高なんだけど」
……えっと、絡み合ってはいないんだが。
「エロいよね」
「ちょっと買うの恥ずかしい」
「レジに持って行くの勇気いるーー!」
……それは、オトナなBL本を買うときの自分と同じ気持ちだ。とてもよく理解できる。
女子たちは「恥ずかしい」と言いつつ、雑誌を手に取ってレジに向かった。
心の中で「お買い上げありがとうございます」と手を合わせる。
表紙は売り上げに影響を及ぼす。自分たちが表紙を飾った号が売れなかったら、出版社をはじめ関係各位に申し訳ない。
少しでも売り上げに協力しようと、有凪は「MEN'S LAUL」を手に取った。
ちなみに「ときメモ」は二冊ほど購入する予定だ。一冊は、読むためのもの。もう一冊は、保管用。
のそのそとレジに向かい、会計を済ませて商品を受け取る。「MEN'S LAUL」の表紙モデルが、まさか目の前にいる貧相な青年だとはレジ係も思わないだろう。
前かがみの姿勢のまま、店外へ移動する。意識していないと、姿勢の悪い状態を維持できない。
日々の鍛錬の賜物なのか、気を抜くと姿勢が良くなってしまうのだ。そして、知らず知らずのうちに颯爽と歩いている。
これでは「モデルです」と歩きながら公言しているようなものだ。
一般人に紛れたまま、無事に帰還することができた。
メガネとマスクを外す。そして、お気に入りの部屋着に着替える。
「読むぞ~~!」
ベッドに転がりながら、戦利品を眺める。
「……その前に、ちょっとだけ見てみようかな」
清潔ヤマモト先生の新作を読みたいのだが、どうしても「MEN'S LAUL」が気になる。
ちらりと表紙に視線をやると、やたらエロい顔をした自分がいた。
「うわっ!」
驚きのあまり、思わず声が漏れた。
こんな顔は見たことがなかった。いつもの王子様キャラとは違う。まじまじと見てみると、自分の体に風斗の腕が絡みついていた。
「ひぇーーー!」
エロすぎて、ベッドの上で悶える。
風斗も無駄に色気があった。有凪の腰を抱く腕の筋肉が、やたらセクシーなのだ。
こんな顔もできるのかと、有凪が嫉妬するくらいに良い顔をしていた。射るような目だった。
腕の中にいる有凪は誰にも渡さない……。そんな顔つきをしている。
「あぁーーーー!」
女子高生たちが「絡み合っている」とか言っていたけど、それは本当だった。今さらだが、否定してしまい申し訳なかったと心の中で彼女たちに詫びる。
もちろん、撮影したときに画像は見ている。どの写真が表紙になるかも知っていた。
そのときは、特にエロいとか、絡み合っているとか、そんな風には思わなかった。ある種、ハイだったというか。夢中になっていたのだ。
周囲からの「良かったよ」という声に、ひたすら安堵していた記憶しかない。
……これが、全国の書店に並んでいるのか。
恥ずかしい。見られることには慣れているはずなのに、それでも羞恥を感じる。だって、これはもう濃厚なラブシーンそのものだ。
「うわーーー!」
ダメだ。ひとりでは抱えきれない。
勢いのままに、風斗に連絡をした。自分の今の気持ちを理解してくれるのは、彼だけだと思って。
何度目かのコールで、風斗が応答した。
彼も今日、有凪と同じくオフだったらしい。有凪がひとしきりしゃべったあと、風斗は気だるい感じで「別に」と言った。
「え、恥ずかしくないの……? あんなエロい感じの表紙が、全国津々浦々の書店に並んでるんだよ? そのことを考えたら俺はもう、居ても立っても居られないというか……!」
「いや、撮影現場で画像を何度も確認してたし」
……それは、そうなんだけど!
なにか作業をしているのか、ガサゴソという音を立てながら風斗が「というかさ」と話を続ける。
「逆じゃないですか?」
「なにが」
「モデルなんだから、今さらでしょ。撮影に慣れてない俺が、慌てるなら分かりますけど」
彼の言うことは、もっともだ。
「だって、びっくりしたんだよ」
くちびるを尖らせながら、有凪は反論する。
「自分でも、あんな顔するんだなって」
「あんな顔って?」
「だから、その、エロい顔……」
「……ふっ」
風斗が鼻で笑ったのが分かった。
「……笑うなよ」
「すみません。でも、良かったじゃないですか。今までは王子様キャラしかなかったんですから。色っぽい路線っていうんですか? 新しい引き出しができたと思えば」
「まぁ、そうなんだけど。でも、やっぱり本当の俺とは乖離しているんだよな……」
王子様キャラのときもそうだったけど。
色っぽい路線で売って行くには、苦しい気がする。だって、中身は正真正銘の清純派……。
そんなことをぼんやり考えていたら、風斗の「いてっ」という声で我に返った。
「どうかしたの?」
そういえば、風斗はなにか作業をしている様子だった。
「……切った」
「なにを」
「指」
「はぁ!?」
驚きのあまり、ベッドから起き上がる。
詳しい状況を確認すると、どうやら風斗は料理中だったらしい。それで、ガサゴソと音が聞こえていたのだ。
「有凪さんのせいですよ」
まさかの責任転嫁。あり得ない。意味不明だ。
「なんで俺のせいなんだよ。自分で自分の指を切ったんだろ」
「有凪さんが、甘えてるとか言うから」
風斗のため息が通話越しに聞こえる。
彼の言い分はこうだ。
以前、有凪に「甘えている」と言われ、図星だったので自分のことは自分でやろうと決めた。しかし、慣れない料理に悪戦苦闘した結果、指を負傷した。
……言い分を聞いても、やっぱり意味不明だった。
しかも、実家からお手伝いさんを派遣してもらっていたと知って、有凪は愕然とした。
「さすがにボンボンが過ぎるだろ。自立しろよ」
「だから、今はもう自分でやってますよ」
駄々っ子みたいに、風斗が言う。
「それで、指は大丈夫なのか?」
「……血は止まりました」
それは良かった。
「でも、腹が減ってもうダメです」
めずらしく情けない声だ。
「……お前さ、今からウチ来る? 俺もちょうど腹が減ってるからなにか作るよ」
タイミングが良い。冷蔵庫の中には、いろいろと食材がある。昨日、買物に行ったばかりなのだ。
「行きます。というか、有凪さん料理するんですか」
「当たり前だろ」
テイクアウトもデリバリーも金銭的に負担が大きい。おまけに味が濃い。
自宅でヘルシー料理を作ったほうが、体型管理をするのに適している。あと、財布にも優しい。
風斗は、もうすでにマンションを出たらしい。じきにタクシーも来るというので、有凪は自宅の地図をアプリで共有した。
風斗が指を切ったのは、絶対に有凪のせいではない。
しかし、このままだと寝覚めが悪い気がするので、風斗の腹を満たしてやろうと思う。それでチャラだ。
そう思って、有凪は愛用しているエプロンに袖を通したのだった。