目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第21話 トラウマ……?

 専属モデルを務めることが決まってから数日後、初めての打ち合わせがあった。


 メジャー雑誌ということもあって「MEN'S LAULメンズラウル」は関わっているひとたちが多い。


 ちなみに「MEN'S LAUL」というのが雑誌名だ。


 有凪は、まずひとの多さに圧倒された。いわゆる「偉いひと」たちとも顔を合わせた。


 その中には、良くいえばフランク、悪くいえば慣れ慣れしい人間もいた。「美人だねぇ」と明らかに鼻の下を伸ばしている輩もいて、有凪は苦笑いするしかなかった。


 マネージャーの坂井が、さりげなく間に入ってくれたこともあって、特に嫌な思いをすることはなかったけれど。


 というより、苦笑いしかできない自分に驚いた。いくら相手が「偉いひと」でも、これまでは自分で対処できていた。


 有凪だって、芸能界に入ってそこそこ年月が経っている。対処方法くらい分かっている。


 でも、ダメだった。距離を詰められた瞬間、体が強張ってしまった。


「……もしかしたら、トラウマかもしれないね」


 打合せが終わり、帰りの車中で坂井が言った。


「トラウマ……?」


 なに、それ。と有凪が問うと、ミラー越しに坂井が申し訳なさそうな表情になる。


「ほら、この前……宮部さんとあったでしょう」


 カメラマンの宮部。


 思い出しただけで、ざわりと悪寒が体中に走った。


「……別に、なにもされてないよ? ちょっと迫られただけだもん」


 そう言いながらも、イヤな感覚が体から抜けない。


 もしも、坂井が指摘するようにトラウマなのだとしたら。


 有凪にとっては由々しき事態だ。


 他人と密着するだけで表情が強張ってしまったら、撮影どころではない。


「大丈夫だよ……」


 有凪は自分に言い聞かせるようにして、つぶやいた。





 オフの日。


 今日は一日中、部屋にこもってBL本を堪能すると決めている。SNSはぜったいに見ない。何が何でも見ない。


 デジタルデトックスということではなく、今日は「MEN'S LAUL」の発売日なのだ。


 有凪と風斗が表紙モデルを務めた「MEN'S LAUL」が発売される日……!


 考えただけで緊張する。反応が怖い。どういう感想を抱かれるのか。前向きな性格ではないので、ネガティブなコメントを目にしたくない。


 だから、今日は現実逃避をする。


 めくるめくBLの世界へ旅立つのだ。


 有凪は着古した部屋着を身に纏い、ベッドにダイブした。スマートフォンで電子書籍を読みあさる。


 書店には恥ずかしい思い出があるので、もっぱら最近は電子書籍にお世話になっている。


 思わず「ひゃーー!」と声をあげそうになるくらいオトナ向けの表紙でも、電子書籍なら簡単に購入できる。冷や汗をかきながらレジに並ばなくても良いのだ。


 仰向けになったり、うつ伏せになったり。ベッドの上でゴロゴロしながら、幸福な読書時間を過ごしていたのだけど。


「え、うそ。『ときめくぜメモリアル』って、電子はまだ発売されてないの……?」


 愕然としながら、有凪はスマートフォンを凝視した。


 何度も見返したけれど、間違いない。「ときめくぜメモリアル」(通称ときメモ)は、大人気BL漫画だ。


 BL界の巨匠、清潔ヤマモト先生の最新作。


 発売前から、有凪もずっと楽しみにしていた。発売日と自分のオフが重なっていることを知った瞬間には、うれしくて小躍りしたくらいだった。


「そ、それなのに……!」


 ベッドの上で、有凪は力なく寝返りを打った。


「紙と電子は同じ発売日にして……!」


 枕をぽすぽすと叩きながら、恨み言を吐いた。


 しかし、そんなことをしていても清潔ヤマモト先生の漫画は読めない。


「イヤだ~~! 読みたい!」


 有凪はベッドから起き上がって、身支度を始めた。


 仕方がないので、書店へ買いに行くことにした。寝ぐせを整え、伊達メガネとマスクで顔面を防御する。地味な服を着て、姿勢は若干前かがみに。


 そのまま、全身を鏡でチェックする。


「よし」


 どこから見ても、みすぼらしい青年だった。


 痩せ型なので、姿勢が悪いと貧相に見えるのだ。これだと、どこから見てもモデルには見えない。


 一般人を装って、書店へ向かう。


 店に入ると、一直線にBLコーナーを目指す。


 その途中で、女性店員に声をかけられた。


「今日も、BL本をお探しですか?」


「え、えええ、え……?」


 軽くパニックになる。


 よく見ると、以前BLの棚まで案内してくれた店員だと分かった。


「お、おおお、俺のこと、おぼえてるんですか……?」


 しどろもどろになりながら、有凪は問う。


「はい! 男性でBL好きな方は、まだまだ少ないですから」


 店員が笑顔でうなずく。


「そ、そうなんですか……」


 恥ずかしい。冷や汗が出る。


 はは、と笑いながら、早くこの場から逃げたくて仕方がない。


「あれから、またたくさん入荷してますよ」


「ど、どうも……」


 軽く会釈をして、有凪はBLのコーナーに逃げた。


 すっかり、BLの棚がある場所を把握してしまっている。新刊のコーナーには「ときめくぜメモリアル」がずらりと並んでいた。遠目からでも分かる。さすがは清潔ヤマモト先生だ。絵が美しい。主人公たちが光り輝いている。


 大量に入荷されているのを見て、作者でもないのに誇らしく思う。この素晴らしい作品が埋もれることなく、認知されているという現実がうれしいのだ。


 この世界も、まだまだ捨てたものじゃない。


 そう思いながら、レジに向かおうとしたとき。女子たちのキャッキャとはしゃぐ声が聞こえてきた。


 なんとなく気になって、声がするほうを見る。


 女子たちは、雑誌のコーナーにいた。


 ……雑誌。


 そこでようやく、思い出した。


 今日は「MEN'S LAUL」の発売日でもあったのだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?