食事の後片付けをしていたら、風斗が「勉強熱心ですね」と言ってきた。
「なんのこと?」
意味が分からない。振り返ると、BL本を手にした風斗が立っていた。
ぎゃーーーー!
思わず、心の中で悲鳴をあげる。
よりによって、オトナ向けのやつだ。表紙の青年の衣類は乱れまくっている。
「これって、BLでしょ」
「う、うん……」
全身からぶわっと汗が噴き出してくる。
「俺も読もうかな」
「な、なんで?」
「勉強しないと」
……急に真面目になるなよ!
「ねぇ、これ。なんで同じ本が二冊もあるんですか?」
風斗が「ときメモ」を手にしていた。
「……見る用と、保管用」
「は?」
風斗が眉を顰める。
もう、誤魔化せない。
有凪は観念した。風斗に順を追って説明する。
社長からBL営業することを提案され、当初は「BL」の意味が分からなかったこと。
書店でBL本を買いあさって、知識を得たこと。
そして、いつの間にかめくるめくBLの世界にハマってしまったこと。
「休日は、ベッドの上でごろごろしながらBL本を読むのが最高なんだよ」
着古したカットソーも外せないと、有凪は付け足した。
「……新しいのじゃダメなんですか」
「ダメだよ。これは肌に馴染むから良いんだ。なにも身に纏ってない感じがして、ストレスフリーなんだよ」
モデルという職業柄、いろんな服を着る機会がある。
どれもこれも素晴らしい服だと思うのだが、部屋着に関しては着古して肌に馴染むものが一番良いというのが有凪の持論だった。
何度も洗濯をして、へろへろになったカットソー。黒い長袖で、適度に伸縮性がある。
今、有凪が身に纏っているものだ。
そのカットソーに、風斗が手を伸ばした。
「……確かに、馴染んでる気はしますけど」
腹のあたりをすりすりと触る。
こそばゆい。
腹が、ヒクッと震えたのが自分でも分かった。
「ちょっと、くたびれてませんか?」
「……それが良いんだよ」
腹筋に力を入れながら、有凪は反論した。
「お前は?」
「なんですか」
「どんな部屋着なの」
一瞬、考えてから風斗はあるブランドの名前を口にした。
誰もが知るブランドだ。もちろん高級。
「ルームウェアまで高級志向なの……?」
「……子どものころから、ずっとそれだったから」
ボンボンめ。
「良かったら今度、有凪さんのも買っておきましょうか? 肌ざわりは、けっこう良いですよ」
……正直にいうと、欲しい。
けれど、有凪にも意地がある。思いっきり首を横に振った。
「いらない。俺は、これが一番なの」
着古したカットソーの着心地の良さを知らないなんて、金持ちは哀れだ。そう自分に言い聞かせた。
◇
今日は取材の仕事が入っている。「MEN'S LAUL」で特集が組まれることになり、有凪と風斗が一緒に取材を受けることになったのだ。
インタビュアーから、いくつか質問される。それに答えながら、自分たちはこういう人間(キャラクター)ですというのをアピールするのだ。
編集部の会議室には、有凪と風斗、それぞれのマネージャー。インタビュアー役を務める編集部員たちや、よく分からない役割の人々が集まっていた。
やはり、人数が多いな……と圧倒されていたら、取材が始まった。
「お二人は、普段からすごく仲が良いですよね。なにか、仲良くなるきっかけがあったんですか?」
インタビュアーの女性が、笑顔で質問を投げかけてくる。
しかも、いきなり核心をついている。彼女には、他意はないんだろうけど。
ちょっとやましいこと……BL営業している自分たちにとっては、難しい問題だ。
有凪は、ちらりとマネージャー陣のほうをを見た。坂井は、明らかに「まずい」という顔をしていた。嘉内も目が泳いでいる。
仲良くなった「きっかけ」について、話し合っていなかった。
実際に有凪が風斗と仲良くなったのは、BL営業がきっかけだった。反発したこともあったけど、今ではそれなりに上手くいっている。
けど、そんなことはもちろん言えるわけもなく。
どうしよう、と焦っていたら風斗が口を開いた。
「覚えてないですね」
堂々と「記憶にない」と口にする。
「そうなんですか……?」
インタビュアーが戸惑っている。
「同じ事務所なんで。気づいたら仲良くなってました」
「なるほど」
なんとか、納得してくれたようだ。
有凪は胸を撫でおろした。
その後も質問は続く。
「最近の仲良しエピソードなどは、ありますか?」
インタビュアーの女性と目が合ったので、有凪は答えた。
「えっと、俺の家に来て風斗がごはんを食べました」
「ごはん……。もしかして、香椎さんの手作りだったりしますか?」
「はい」
うなずくと、インタビュアーの目が輝いた。
「料理なさるんですね……!」
すかさず、風斗が「美味かったですよ」と言う。
「有凪さんは真面目なモデルなので、自己管理が徹底しているんです。自分は温野菜とかささみを食べてるのに、わざわざ俺のために唐揚げを作ってくれて」
「それは、愛ですね……!」
インタビュアーが前のめりになっている。
休日が重なっていたので、あの日は夜まで有凪の部屋で一緒に過ごした。
「夜まで? なにをしていたんですか?」
矢継ぎ早に質問され、有凪は戸惑った。
ふたりでBL本を読んでいたのだ。ちょっと言葉を濁して「読書をしていた」と説明した。間違ってはいない。BLであろうと読書には違いない。
「有凪さんは、着古したカットソーを着るのが好きなんです」
風斗が、ニヤリと笑いながら有凪の秘密を明かす。
有凪は、キッと風斗を睨んだ。王子様キャラが崩壊するじゃないか、と怒りを込める。
「肌触りが良いんです」
風斗は気にした様子もなく、「部屋着トーク」を続ける。
気づけば、インタビュアーの目は据わっていた。ギンギンになっている。
「どうして、藤間さんが手触りを知っているんですか……?」
風斗は、あっけらかんとして「触ったからですけど」と答えた。
「きゃーーーー!」
インタビュアーが悲鳴を上げる。どうやら、彼女は「男子同士で仲良くしていること」に興奮を覚える性質だったらしい。
残念ながら、風斗が発した「触ったから」の部分はカットされることになった。
さすがに直接的すぎると判断されたらしい。
しかし、それでは風斗が「手触りの良さを知っていた」ことに対する答えが分からない。ナゾが深まるばかり。
このインタビューが掲載された号が発売されると、SNSが騒然となった。
妄想が捗る、というコメントが多く散見されたのだった。