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第23話 部屋に風斗がいる

 インターホンが鳴って、確認するとサングラスにマスクをした男が立っていた。


 心臓に悪い。明らかに不審者だった。相手が風斗だと分かっていても驚いてしまったので、普段の自分も周囲からすると怪しい人物なのかなと考える。


「でもさ、変装は必須だよな?」


 風斗を部屋に迎え入れながら、同意を求める。


「一応は芸能人ですしね」


 そうなのだ。しかも、BL営業が功を奏して認知度も上がった。


 変装しないまま外出することはもう、難しいと思う。


「……マジで料理するんですね」


 エプロン姿の有凪を眺めながら、風斗が言う。


「もちろん」


「ささみとか温野菜とか、ですか……?」


「なんで分かるの」


 有凪が普段、頻繁に口にしているメニューだ。


「想像はつきます」


「ふうん」


「俺は、それにマヨネーズを大量にかけて食べるんで良いんですけど……。というか、マヨネーズって置いてます?」 


「そんな高カロリーなもの、うちの冷蔵庫にはないよ」


 サラダを食べるときのドレッシングは手作り派だ。市販のものは味が濃くて苦手なのだ。


「嘘だろ」


 風斗が頭を抱える。


「でも、大丈夫だよ。風斗の分は唐揚げにするから」


 下準備はOKで、今から揚げる予定なのだ。


「マジですか」


「うん。だって、事務所でやたら揚げ物とか食べてたじゃん。好きなのかなと思って」


 風斗の目がキラキラと輝く。「気が利く。最高」と有凪を褒めちぎる。


 出来上がるまで、風斗にはくつろいでもらうことにした。包丁で指を切るような危なっかしいヤツなので、手伝ってもらうより自分ひとりのほうが効率が良いと思った。


 油の中に鶏肉を入れながら、揚げ物をするのが久しぶりなことに気づいた。


 少なくとも、東京に来てからは一度も作っていない。しゅわしゅわという油の音を聞きながら、気分良く料理していく。


 炊きたてのごはん、わかめと油揚げの味噌汁、鶏の唐揚げ。なかなか良いラインナップだ。


「あとは、サラダも作ろう」


 うきうきしながら作業をしていたら、背後に風斗の気配を感じた。


「なに?」


「有凪さん、俺……」


「うん」


「もう、我慢できないです」


 そう言って、風斗の腕が伸びてくる。


「あっ」


 思わず声が漏れた。


「ダメ……!」


「いいじゃないですか」


 振り返ると、風斗が舌なめずりしていた。ぎらりと鋭い、獲物を狙う目だった。


「ダメだって言ってるのに!」


「減るもんじゃないんだし、良いでしょ」


「ばか! 減るだろ! つまみ食いなんかしたら」


 風斗は、揚げている最中の唐揚げ(獲物)を奪いに来たのだ。つまみ食いをするなんて、行儀が悪い。お坊ちゃまのくせに。


「美味いな……」


 熱々で最高、と言いながら唐揚げを頬張っている。


「もう……!」


 ぷりぷりしながら、作業を続ける。


 唐揚げが完成したので、ささっとサラダも作って食卓に並べる。つやつやの炊き立てごはん、カラッと揚がった唐揚げ。味噌汁にサラダ。こんなにしっかりとした献立は久しぶりだ。


 いつもはカロリーを気にして、ちょっと寂しい食卓なのだ。


 記念に撮影することにした。スマートフォンでパシャパシャしていたら、風斗がじいっとこちらを見ていることに気づいた。


「あ、ごめん。食べたかった?」


 風斗は、無言でこくこくとうなずく。


 お腹が空いているせいなのか、今日の風斗は素直だ。「もう食べて良いよ」と言うと、嬉しそうな顔になった。


 ……なんか、可愛いな。普段は不愛想なのに、今日はやたら可愛い。


「いただきます!」


 風斗がパンッと手を合わせる。


 そして、勢いよく食べ始めた。ものすごいペースで唐揚げが減っていく。


 多めに揚げておいて良かった、と心の中で安堵する。


 有凪は、自分用に作った温野菜とささみをちびちびと食べた。風斗の食べる勢いに圧倒されて、見ているだけでお腹がいっぱいになる。


「……いや、ならないでしょ」


 味噌汁をすすりながら、風斗に指摘される。


「一個くらい食べません?」


「なにを」


「唐揚げ」


「美味いですよ」


 もぐもぐと口を動かしながら、向かいに座った風斗が覗き込んでくる。


 そういえば、味見をしていなかった。


 今後も作るなら、ひとつくらい食べて味を確認しておきたい。


「……うん、じゃあ。一個だけ」


 有凪がうなずくと、風斗が満足そうに笑った。唐揚げを箸で掴んで、有凪の口元に持ってくる。


 ……前もあったな、これ。


 間接キス。


 ひとりで、心の中で大騒ぎしていた。今思えば恥ずかしい。きっと風斗は、なんとも思っていなかったはずだから。


 目の前の唐揚げにかぶりつく。


「美味しい……」


 サクサクの衣と、じゅわっとあふれてくる肉汁。下味もしっかりきいている。 


 唐揚げはささみではなく、もも肉で作った。そうして正解だった。すごくジューシーなのだ。


「料理上手キャラでもいけるんじゃないですか?」


「……え、いや。俺が作るのは、ぜんぜん映えないし。ありきたりな料理だから」


 地元にいた頃も、よく料理を作っていた。


 料理が好きだったというよりは、必要に迫られてのことだった。母親は仕事で忙しかったので、有凪が家のことをやっていたのだ。


 そういえば、自分以外の人間のために料理をするのは、ずいぶんと久しぶりだった。


 有凪の向かいで、風斗が美味しそうに唐揚げを頬張っている。さらに白米を詰め込み、もしゃもしゃとサラダを食べて、味噌汁をすする。


 何度も「美味い」を連呼するので、恥ずかしくなった。


 どれもこれも、ごく普通の家庭料理なのだ。褒められるほどのものではない。もちろん、特別なレシピなんてない。


 でも、嬉しい。誰かのために料理をするのは良い気分だ。


 ごはんのおかわりをする風斗を眺めながら、そう思った。

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