オフの日。
電車を乗り継いで、有凪は地方の劇場に向かっている。風斗の地方公演を観に行くのだ。
チケットは嘉内に取ってもらった。以前から、地方にある劇場に行ってみたいと思っていた。
車窓を眺めながらドキドキする。出不精なので、有凪にとっては小旅行だった。
風斗が有凪の部屋を出て行ってから、数日で供給不足になった。心が乾いて、カラカラになっていた。
……思いっきり、風斗を浴びるぞ~~! 供給!!
意気揚々と劇場に入る。胸のときめきが止まらない。
「ほんとうに、来て良かった……!」
舞台が始まってすぐ、有凪はこぶしを握りしめた。
感激しながら舞台上の風斗を見つめる。乾いた心が潤っていく。
風斗は、キラッキラに輝いていた。相変わらず見栄が良い。映えに映えまくっている。彼を応援していると思われるひとたちが客席に大勢いて、ファンが増えたことをうれしく思った。
シビアな話だが、ファンが多いということはチケットの売れ行きが良いということで、そういう部分からも役をもらいやすくなる。
実力はそこそこでも、チケットを捌くことができると判断されれば仕事につながるのだ。
前よりも風斗は良い役をもらっている。
もともと実力はあるので、認知度が上がれば当然のことだった。
仮に、BL営業をやめても風斗には影響がないのかもしれない。すでに大勢のファンがいる。足しげく舞台に通うファンたちが、これからも風斗を支えてくれるだろう。
坂井が言った「考えてみて」という言葉が頭の中で繰り返される。
有凪は、関係者席から舞台に視線をやった。すぐ近くに風斗がいる。でも、舞台にどれだけ近くても客席から彼に手が届くことはない。
どれだけ応援しても、その距離が縮まることはない。自分は今、運よく風斗のそばにいる。
SNSの中にいる仲良しの「かざゆう」は虚構かもしれないけど、ちゃんと本当のことだってある。一緒に映画を見た。有凪の作ったカレーを美味しそうに食べていた。夜、同じベッドで眠りについている。
これからも、ずっとそばにいたいと思う。
BL営業をやめても、友人関係は続くかもしれない。でも……。
「もしかしたら、俺以外の相手とBL営業しちゃうかもしれないし。それは、ぜったいにイヤだ」
誰にも聞こえないような小さな声で、有凪はぽつりとつぶやいた。
社長にゴリ押しされて、面倒くさそうにしながらも了承する風斗の姿を思い浮かべた。他の誰かとイチャイチャするなんて、そんなの絶対に許さない。嫉妬でどうにかなりそうだ。
幕がおりた後、すぐに坂井に連絡した。『BL営業は続けます』というメッセージを送信する。
すぐに返信があった。
『香椎くんは、それで良いんだね』
『うん』
ちょっとセンシティブな雰囲気になりそうだったので、努めて明るい文面を送る。
『俺、ずっと売れないモデルだったじゃん。やっと仕事が増えて事務所にも少し貢献できたでしょ?』
『それは、そうだけど』
『もっと売れっ子になって、事務所に恩返しをしたいな~~! って思ってるんだよね』
これは、間違いなく有凪の本心だ。
『このままBL営業を続けてたら、仕事が極端に減ることはないと思うし。俺は、もっともっと有名になりたいんだよねーー! それでお金持ちになって、いかにも芸能人! っていう感じの生活を手に入れるんだ~~!』
無駄に明るい雰囲気を出す。坂井には、空元気がバレている気がしないでもないけど……。
しばらくして、坂井から『分かったよ』という返信があった。
✤
劇場を出たら、すっかり暗くなっていた。
駅に向かおうと歩き始めてすぐ、スマートフォンが震えた。また、坂井からだろうか。そう思って確認してみると「風斗」という名前が画面に表示されていた。
思わず立ち止まった。
『今どこ?』
たった一言のメッセージなのに、ドキンと心臓が反応する。
『劇場の近くだよ』
返信すると、すぐに『戻ってきて』というメッセージが届いた。
……戻ってきて? どこに?
意味が分からず考えていたら、メッセージが連続で投下された。
『打ち上げがあるから』
『来て』
『貸し切りだから』
『バレない』
う、打ち上げ……?
もしかしなくても、舞台の打ち上げだろう。今日は地方公演の最終日だ。
有凪は完全な部外者なのに、参加しても良いのだろうか。舞台の仕事をした経験がないので、風斗のいう「打ち上げ」というものがよく分からない。
慰労会? 公式な催しとか?
戸惑っていると、ガシッと腕を掴まれた。
振り返ると、風斗だった。
「見つけた……」
ちょっと、息を切らせている。
「……風斗」
「やっぱり目立ちますね」
「なにが……?」
「遠くからでも分かりましたよ。有凪さんだって」
至近距離で見下ろされて、体が震えた。全身に鳥肌が立ったみたいな感覚だった。
「行きましょう」
腕を引かれ、風斗と一緒に歩き出す。
「あ、あの……」
「なんです?」
「俺が参加しても良いの? 思いっきり部外者なんだけど……」
「問題ないですよ。打ち上げといっても、少人数で集まって飲むだけですから」
飲み会のような感じらしい。
「そうなのか」
一瞬、安心しかけたけど、それはそれで緊張する。
筋金入りの人見知りなので、飲み会などいう場にはあまり縁がない。
改めて、自分は芸能人らしくないなと思う。
「俺、風斗の後ろに隠れてる……」
存在感を消して、ひたすら彼の隣で小さくなっていよう。そう決意したのだけど。
「残念ながら、たぶんムリだと思います」
そう言って、風斗は笑った。