風斗は、三日間ほど有凪の部屋で過ごした。夢のような日々だった。
有凪が作った食事を「美味しい」と喜んで、もりもり頬張っていた。カレーは何度もおかわりしていた。そして、その様子を思う存分、有凪はうっとりと眺めた。
風斗の豪快な食べっぷりは爽快だった。勢いよくガツガツと頬張っているのに、どことなく品性を感るから不思議だ。おそらく、ボンボンだからこそなせることなのだろう。
甲斐甲斐しく風斗の世話を焼いた。どうやら、自分は好きな相手の身の回りのことをあれこれしたい性質らしい。これでは「ママ」といわれても仕方がないなと密かに思った。
風斗のほうは、世話を焼かれることに慣れているようだった。なにしろボンボンなので。
……世話を焼きたい自分と、それに慣れている風斗。もしかして、相性バッチリなんじゃないか!?
そんな風に妄想しては、浮かれまくって三日間を過ごした。
そうして、三日後。風斗は、またしても地方公演に赴くこととなった。今度は二週間ほどの予定らしい。舞台俳優は大変だ。
自分の部屋に、風斗がいない。またしても孤独な日々なのだけど、有凪ものんびりとはしていられない。「MEN'S LAUL」の撮影が入っているのだ。一時は「トラウマかも」と思って心配していたけど、無事に撮影に参加できている。仕事になると、パン! とスイッチが入って集中できるのだ。
撮影は、三人のモデルと一緒になることが多い。
切れ長の目が印象的なリョーヤ、美少年系のナオト、それから大人っぽい雰囲気のユキア。
先月号は、ユキアと一緒に表紙を飾った。各々、圧倒的なオーラがあって、少しでも後ろ向きになると怯んでしまいそうになる。
全身全霊で撮影に臨まないと、自分だけが置いて行かれそうになってしまう。
なので、必死に「自分は超一流モデル」と言い聞かせて撮影に臨んでいる。「MEN'S LAUL」の現場を知るまでは、殺伐しているんだろうな……と思っていた。モデルもスタッフも、良い意味で真剣勝負というか。
でも、実際に現場に来てみると、いつも和気あいあいとしていた。チームとしての結束があって、笑い声が多い仕事場だった。新参者に対しても、ウェルカムな雰囲気で迎えてくれる。おかげで、有凪もチームに馴染むことができた。
人見知りなので、まだまだ緊張はするんだけど……。
✤
早朝からの撮影を終えて、ヘトヘトの体を引きずって車に乗り込む。
「お疲れさま」
マネージャーの坂井から声をかけられた。「うん」と返事をしながら、後部座席のシートに身を沈める。全力投球したあとは、いつもこんな風に脱力してしまう。
とはいえ、心地よい疲労感だ。
車が走り出して、しばらくすると坂井に「香椎くん」と呼ばれた。
「なに?」
目を閉じながら返事をする。
「最近、様子が変だよね」
「え?」
有凪は、パチッと目を開けた。
「ぼんやりしたり、かと思えば急にニヤニヤしたり。香椎くんのマネージャーを長くやっているけど、こんなことは初めてだなと思って」
様子がおかしいことは自覚している。つい、風斗のことを考えて物思いにふけってしまうのだ。有凪は視線を彷徨わせた。
「なにか悩みがあるでしょう」
ミラー越しに、坂井の視線がグサグサと刺さる。
「できれば、打ち明けて欲しいんだけど……」
「……そ、それは」
有凪は、言葉に詰まった。
「マネージャーには、言えないこと?」
風斗が好き過ぎて、情緒が不安定になっているなんて言えない。
……いや、待てよ。恋愛感情を抱いている相手が、風斗であるということを伏せれば良いのでは? 以前から、誰かに相談したいと思っていた。「好き好き~~!」な、気持ちのコントロールの仕方とか、会えないときの寂しさを紛らわせる方法とか。
有凪は、じいっとミラーの中の坂井を見た。
坂井は独身だ。年齢は、三十代半ば。さすがに恋愛経験くらいはあるだろう。
相談するなら、自分のことを知ってくれている坂井が最適な気がする。相談したい。言いたい。恋愛トークをしてみたい!!
ゴクリと唾を飲む。深呼吸をしてから、ゆっくりと口を開いた。
「じ、実は……」
「うん」
「好きなひとが、できたんだよね……」
明るく言おうと思ったのに、ずいぶんと深刻な言い方になってしまった。まるで罪を告白するような感じだ。
「そうなんだ」
意外にも、坂井の反応は薄い。変に騒がれても、どうして良いか分からないので、良かったと安堵していたのだけど。
「それで、相手は風斗くんだよね」
ほぼ、確信しているような口ぶりだった。
有凪は、全身が硬直した。
「な、ななな、なん……!」
口をパクパクさせながら震えた。なんで分かったのだ。坂井は超能力者なのか。
「どうして好きな相手が、分かったか知りたい?」
コクコクとうなずく。
「だって、香椎くんは極度の人見知りだから。仕事関係で誰かと親しくなるなんてありえないし……。それに、ひとめぼれの可能性も低いと思って。外見で好意を持つ性質だとしたら、とっくに誰かを好きになってるでしょう。だって、この業界には見目麗しい人間がわんさかいる。それもタイプの違う人たちがね」
スラスラと言われて、ちょっと眩暈がした。
たしかに、自分は人見知りだけれども。
「香椎くん? 大丈夫……?」
ひたすら震える有凪に気づいたのか、坂井の口調がやさしくなる。
「まぁ、なんとか」
「……BL営業のことだけど」
「うん?」
「これから、どうする? やめる?」
「え……?」
坂井の意図が分からず、有凪は返答に困った。
彼が言いたかったのは「このままBL営業を続けるのは辛いだろう」ということらしかった。疑似恋愛的なことをするので、有凪が負担に思うと予想したようだ。
ちょっと、泣きそうになった。
そこまで真剣に考えてもらえるとは思っていなかった。
自分は事務所にとって商品だ。それ以上でも以下でもない。
「香椎くんが辛いなら、社長に掛け合うよ」
「でも、BL営業で認知度があがったし……」
このまま継続するほうが、事務所としては正しい。
「仕事が増えたのは事実だけど、無理強いをするつもりはないよ。社長も同じ考えだと思う。……まぁ、もしかしたら他の相手と、BL営業を続けることになるかもだけど」
苦笑いしながら、坂井が言う。
つられて、有凪も笑った。
仕事熱心な社長が、いかにも言いそうなことだった。BL営業による成果は目に見えてあるので。
「無理をしたら、ぺしゃんこになってしまうからね。うちの事務所に限らず、潰れてしまった子たちを今までにたくさん見てきた。香椎くんには、そうなって欲しくないんだ」
坂井が、ハンドルを握る手に力を込めたのが分かった。
「……考えてみて。これから、香椎くんがどうしたいのか」
「うん」
有凪は、小さくうなずいた。