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第31話 孤独な夜にしたためる

 有凪は、自分の部屋のベッドで何度も寝返りをうった。


 昨日から風斗は舞台の仕事で地方へ行っている。あと一週間は帰ってこない。


 一緒に眠ることが当たり前になっていたので、自由にごろごろと寝返りがうてる状況に戸惑っている。


「でも、このほうが心臓には良いかも……」


 風斗への気持ちを自覚してしまったので、並んで寝るというのはひどく心臓に負担がかかる。すぐそばにある風斗の体温、かすかな寝息、なにより彼の匂いにドキドキした。緊張してうまく眠れず、ちょっと寝不足になっていた有凪だった。


 地方公演があって、本当に良かったかもしれない。


「恋愛すると、皆もこんな風になるのかな……」


 枕を抱えながら、ごろりと一回転する。


 なにぶん、初恋なので勝手が分からない。対処の仕方を知りたい。このままでは仕事に支障をきたすかもしれない。常に風斗のことを考えてしまうのだ。


「初めは、いけすかないヤツだったのに……」 


 印象は最悪だった。甘やかされたボンボンで、生意気で、クソガキ。心の底から大嫌いだったはず。BL営業のために、仕方なく関わり始めたのに。


「それが、今や……」


 抱えていた枕に顔をうずめて「あぁ~~~!」と叫ぶ。


 自分のくぐもった声を聞きながら、情緒が不安定になっていることに気づく。頭の中から風斗を追い出したいのに、なかなか出て行ってくれない。どこまでも居座ろうとする。


 風斗は、無駄にスタイルが良い。モデルの自分と並んでも見劣りしないどころか、かなり映える。悔しいけど、顔面が整っている。綺麗というよりは精悍で、年下のくせにときどきハッとするほど大人びた印象になる。


 生意気さが可愛い。クソガキなのに、そこが良いと思うのだから末期だ。


 僻み根性丸出しで、甘やかされた風斗のことを憎らしく思っていた。ボンボンめ……! と目の敵にしていたのに。それが今は、育ちが良くて素敵……! などと考えている。自分でもどうかしていると思う。


 好きになると、嫌だと思っていた部分まで良く見えるらしい。


 有凪の部屋で、自由にくつろいでいる風斗を思い出すと意味もなく胸がときめく。キュンキュンする。食いしん坊な彼の胃袋を満たすために、ガッツリ系の料理が得意になった。暇があればレシピサイトを見るようになった。エプロンを新調したり、調理器具を買いそろえたりしている。


 そんな己の行動を顧みて、有凪は思わずため息を吐いた。


「俺って、相手に尽くすタイプだったんだな……」


 ちょっと衝撃だった。想像もしていなかった。


「はぁ……」


 何度、寝返りをうっても眠れそうにない。  


 仕方がないので、自分の気持ちをノートに書き出してみることにした。ベッドから這い出て、テーブルの上にノートを広げる。これは、有凪がときどきやっている頭の中をすっきりさせる方法のひとつだ。


 考えがまとまったり、前向きな気持ちになるので良い。


 自分でも驚くほど筆がすすんだ。


 すいすいと文字が書ける。気づいたら小説風になっていた。日々、BL小説を嗜んでいるせいだろうか。


 内容は、イケメン年下男子(風斗のこと)に恋する主人公(自分だ)が、ひたすら恋情を募らせるというもの。いわゆる「ヤマなし・オチなし・意味なし」のストーリーなのだが、書いていて楽しいので、ヤマもオチもなくて良い。どんな物語にも意味はあるので大丈夫だ。


 風斗が不在のあいだ、有凪はひたすら物語を書き続けていた。





 風斗が戻ってくる日。有凪は、うきうきとした気分で買い物に出かけた。


 まだ午前の早い時間だが、風斗のために山盛りの料理を作る予定なので、早くに行動を開始した。風斗に会えるのが楽しみで、あまり眠れなかったというのもある。


 もちろん、しっかりと変装をしている。ポイポイと肉類をカゴに入れていく。厚切りの豚バラ肉、鶏の手羽元、牛肉の角切り。自分では滅多に買わない商品なので、不思議な感じだ。


 ちなみに、厚切りの豚バラ肉はサムギョプサルにする。鶏の手羽元は、チューリップ唐揚げ。牛肉の角切りはカレー用だ。


 全部、風斗のリクエストだった。とりあえず今日の昼はサムギョプサルを作る。夜は唐揚げを食べて、カレーは明日の分。


 風斗は、基本的にカレーとか唐揚げとか、子どもっぽいメニューが好きだ。


「はぁ、可愛い……」


 つい、心の声が漏れた。


 風斗のことを思って、うっとりしながら続いて野菜コーナーに向かう。サムギョプサルには欠かせないサンチュを買うのだ。チヂミとわかめスープも作って食卓を豪華にしたい。チヂミ用のニラも買わねば。


 あれこれと購入して、帰路につく。大きなエコバッグを二つ抱えて歩いた。そこそこの重量があるはずなのに、不思議と重さを感じない。恋をすると、どうやら人間は力持ちになるらしい。


 自宅に戻って、意気揚々と料理を開始する。


 しばらくすると、風斗が帰ってきた。


 思いっきり抱き着いて「お帰り!」と言いたい衝動を抑える。自分の「好き好き! 大好き~~!」な感情を悟られないよう、なるべく低いテンションを装う。


「あ、風斗? お帰り……」


「有凪さん。ただいま」


 荷物を下ろしながら、こちらを見て風斗が微笑む。


 たぶん、ちょっと目を細めただけだと思う。でも、それでも有凪の心臓は、ドキーーーー! と反応した。


 ……かっこよーーーー! うわ~~~、好きーーーーー!


 実物の風斗を見て、その尊さに意識を失うかと思った。


 キッチンでひとり、グネグネと悶えていたら、風斗の声が聞こえた。


「また、BLの勉強ですか?」


 リビングのほうからだった。


「え?」


 ……BLの勉強? 何だろう?


「ほんと、勉強熱心ですよね。有凪さんって」


 何のことを言っているのか、まったく分からない。


 有凪は菜箸を置いて、風斗のいるリビングのほうを見た。


「たくさん書いてますけど、これって小説ですよね?」


 風斗が、例のノートを手にしていた。


 ザッと血の気が引く。


「もしかして、BL小説家にでもなるつもりですか?」


 そう言って、興味深そうにページをめくっている。


「ぎゃあーーーーー!」


 思わず、有凪は悲鳴をあげた。


 み、みみみ、見られた……!


 片付けるのを忘れていた。テーブルの上に置いたままになっていたのだ。


 有凪は真っ青になった。


「どうしたんですか、いきなり叫んで。近所迷惑になりますよ?」


 風斗は苦笑いしている。表情には不快さは見られない。


「そ、それ、それは……!」


 冷や汗が止まらない。勝手に妄想小説を書かれていたなんて、気分の良いものではないだろう。言い訳を考えていたら、風斗が「主人公って健気ですね」と言った。


「え、あ……、はい? 健気?」


 震える声で、有凪は問う。


「最初のところを、ちょっと読んだだけですけど。いじらしいというか」


 セーフだ!


 冒頭の部分では、まだ風斗の名前は登場していない。光の速さで、有凪は風斗の手からノートを奪い取る。


「え、何ですか? まだ読みたいんですけど」


「ダメだ……!」


 ぶんぶんと首を振る。


「まだ、他人様に読ませるレベルじゃないから!」


 ノートを自分の後ろに隠す。なんとしても、死守しなければ。


 必死な有凪に気づいたのか、風斗が苦笑いした。


「分かりました。でも、いつか読ませてくださいね」


「……うん。いつか、そのうちな」


 そう言って、有凪は安堵のため息を吐いた。 

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