すべての人間は自然的に平等であり、自由であり、独立している。そして、いかなる者も他者の同意なくしてその自然権を奪うことはできない。
(ジョン=ロック『統治二論』より)
◇
ここ、東京都心から少し離れたところにある、郊外というほど遠くはない街にある色々な音が鳴り響くゲームセンターの、自動販売機コーナー近くにある長椅子の上に座って悩んでいた。
白と黒の色を基調としたいかにも年頃の少女趣味的なゴスロリ服を着て、フリルのついた白いヘッドドレスの下に長い艶やかな黒髪を垂らした
そして
男子としては少し長めのふわっとした髪を明るく茶色に染めて、ダボっとした少年らしいグレーのパーカーを着た、その一週間前に
「ん? どうしたの
ペットボトルを下ろして中に入っている紫色の液体を揺らし、高くも低くもない中性的な声でそう尋ねるレイに、
そして、
「あ……えっと……レイくんって、とてもダンスゲーム上手かったですね。初めてチャレンジしたとは思えませんでした」
すると、レイは健康的な白い歯を見せて軽く笑いつつ、元気な少年らしい軽い口調で返す。
「誉めてくれてありがと。ま、一応、高校でいっつもバスケットボールの練習してるからね。あれくらいならお茶の子さいさいってとこかな」
「いえ、凄かったですよ。
モノトーン調のロングスカートゴスロリ服に身を包んだ
すると、レイは少し表情を気安く崩して、残っていたジュースを一気に飲み干してから組んでいた足を崩して、気を使ったようにこんなことを言う。
「そういう風に他の人の良いところを、自分の自信がないところと比較するのは愚の骨頂じゃないかな? じゃあよかったらボクに、
そう爽やかな面持ちでフォローしてくれる目の前に美少年に対して、
――最初が、あんな出会い方じゃなかったらなぁ。
――どうして、あんな形でレイくんと出会っちゃったんだろ。
――そしたら、ちゃんとした友達になれたかもしれないのに。
そんな
「えっと……お菓子作りとか、それなりに得意かもしれません。お姉ちゃんが料理を作るのが趣味なんで、それに付き合ってるうちに自然と
「そりゃ凄いよ!
まったく他意も悪意もなく、飾り気のない
――可愛い趣味が似合う女の子、って思ってくれてるの。
――やっぱりこれって、レイくんを騙してるってことになるよね。
そんな誰にも言えない罪悪感を知らず、レイは無邪気な様子で、すぐ隣にいる
「
「えっと……お姉ちゃんと、お父さんとお母さんと……あ、あと家族以外だったらたまに家に遊びに来た
「
「え!? いえ違います! 違います! 近所に住んでいる幼馴染でただの男の子の友達です!
顔を赤くして両手を振って否定する
そんな、好意を寄せていてくれそうな美少年とどういう風に向き合えばいいか分からない、いたたまれない状況に、
――神様、助けてください。
すると、どこからともなくスマートフォンから呼び出し音が鳴った。
ティロリンティンティン ティロリティンティン ティッティティティ
その、スマートフォンに電話がかかってきたことを知らせる典型的な呼び出し音は、レイの穿いているジーンズのポケット内から鳴った様であった。
グレープジュースがさっきまで入っていたペットボトルを片手に持っていたレイは、その空のペットボトルを一時的に床に置き、ジーンズポケットから白いシリコンカバーがはめられたスマートフォンを取り出し、画面を少し触って通知を確認してからすぐ隣にいる
「兄さんから連絡だ。ごめん
そんなことを言って、レイはスマートフォンと床に置いてあった空になったペットボトルを持ちつつ長椅子から立ち上がり、その様子を隣に座っている
――レイくん、スマートで、背がスラリと高くて格好いいなぁ。
立ち上がったレイの身長は170センチメートル台の半ば、175センチメートルくらい。肩幅は広くなく、スラリとした細身な体にフードを後ろに垂らしたやや大きめなグレーのパーカーを着こなしており、その
レイは
その様子を目で追いつつ、
――もし、ここから僕がいきなりいなくなったとしたら。
――レイくんにとって僕はずっと。
――下の名前を知ってるだけの正体不明な女の子、で終わるのかな。
そんなことを心中で思いつつ
そして、そのフリルの付いた少女趣味的な布に覆われた細い腕を掲げ、小さなこぶしを弱々しく握り締めて心の中で強く決意する。
――よし! 決めた! 逃げちゃおう!
――レイくんに
厚底靴を履かなかったとしたら身長が153センチメートルしかない、頼りなく小さな体の
そこで
そして、ポシェットから取り出した自分の黄色いシリコンカバーケースに収まったスマートフォンを操作し、レイからの連絡が一時的に来ないよう機内モードへと切り替える。
――ごめんね、レイくん。いきなり裏切ることになっちゃって。
――もっと別の場所で、別の形で出会っていれば、もっと違う関係になれたかもしれないのは残念だけど。
物陰に隠れたまま
それと同時に
――まーちゃん、せっかく友達になりたいって言ってくれてるならその心意気には報いるべきなんじゃない?――
――それに、
そんな姉の諭してくれたことを心の中で反芻するも、物陰に隠れている
――お姉ちゃんが、せっかく僕のためを思って言ってくれても。
――
そんな風に内心で自己憐憫していた
――あれ? お姉ちゃんによると、レイくんって鳥神教授っていう大学の先生の一人息子さんって話だったよね?
――だったら、レイくんが
そんな疑問を抱いたものの、レイが電話を終えたようで自動ドアを潜り抜けてゲームセンターの建物の中に入ってきたので、
そして、レイがゆっくりと先ほど
――レイくん、束の間だったけど、僕なんかに好意を寄せてくれて有難う。
奥の方へ歩いていったレイの後姿を見ながらそんなことを思いつつ、外に手開きのドア、内に自動で開く二重扉になっているうち内側の部分が
外側の手開きドアを、小さな人影が勢い良く開け、そして開き切っていない自動ドアに向かって飛び込むように潜り抜けてきた。
その人影は身長150センチメートル弱くらいと
その、ショートツインテール女子は自動ドアを強引にすり抜けてゲームセンターの建物内に入ったと思ったら、誰かを探しているように体ごと顔を動かしてあたりを見回す動作をする。
もちろん、自動ドアのすぐ傍にいたロングスカートゴスロリ服の黒髪ロング美少女の様相である
そしてその少女は、ゲームセンターの奥、自動販売機コーナーの方に目をやってから探していた宝物を見つけたような表情になって、片手を挙げて小さな体には不釣り合いな大きな胸を服の下から張り出しつつ、嬉しそうに声を張り上げる。
「レイさーん!! みーっつけたっ!!」
自動販売機コーナー近くで、おそらく
先ほど高調子の声をゲームセンター内に響かせたショートツインテ少女は、今度は両手を挙げて何回もジャンプし、その小さな体には似合わないグラマラスで魅力的な上半身の膨らみを、着ているトップスごと柔らかそうにゆっさゆっさと何度も揺らしながら存在をアピールしていた。
そして
――あれ? もしかしてこの状況って……修羅場?
――この女の子、レイくんの彼女とかだったら……一緒にデートしてた僕の立場まずいよね? 浮気になるだろし。
――あ、でもそしたら遊ばれて傷ついた振りして、堂々と逃げられるかも。
そして、
頬を指で軽く掻いて愛想笑いをしつつ近寄ってきたレイが、すぐ隣にショートツインテール少女がいる状況の
「えっと……
そこで、その青色と赤色のリボンで髪を結って頭に星形のヘアアクセサリーを着けたショートツインテの女子が、すぐ隣にいるロングスカートゴスロリ服の少女の格好をしている
そして低身長な少女が、長身のレイに対していきなりその豊満な胸の膨らみをむにゅっと押し付けつつ抱き着き、頭1つ分は身長差のあるその顔を見上げて、長年連れ添った古女房が文句を言うような口調で話しかける。
「ちょっとぉー。もしかしてレイさん、何も知らない
「いや、まあ
そんな風に、少女に抱き着かれたレイが振り払う様子も見せず、気まずそうに頬を指で触って弁明していると、ワックスの効果で光沢が浮き出たゲームセンターの床に、キラリと光を反射しながら涙の粒が音もなくポトリと落ちた。
「ひ……ひどいです、レイくんにはこんな可愛い彼女さんがいたなんて……
そんなことを女の子らしいか細い声で言う、黒髪ロング美少女にしか見えない
――涙を自在に流すこと。それが
そして、口元を両手で抑えた
するとレイは、
「えっと……そんな風に泣かないでよ。ボクにとってのミホシちゃんは、彼女とかそういうんじゃあないし。とはいっても、結果的に
レイが心底申し訳なさそうな声色でそんなことを言うも、
――よし、後は嘘泣きしながら振り向いてドアを抜けて、ここから一目散に逃げるだけ。
「ぼ……
そう
「そうそう! レイお姉さまとワタシとはね、昨日今日知り合った女の子なんかが付け入る隙のないくらい強い絆で結ばれているの! さっさと泣きながら尻尾巻いて逃げ帰りなさい!」
――え?
白いヘッドドレスを取り付けた
「あの……いま何て?」
すると、ミホシと呼ばれた少女が威勢よく呼応する。
「だーかーらー、さっさと泣きながら尻尾巻いて逃げ帰りなさいって言ったの!」
「いや、そこじゃなくって、その少し前……。レイ
黒髪ロング美少女のような外見をした、ロングスカートゴシックロリータ姿の
「えーっと……本当に勘違いさせてごめんね、
その、スラリと背が伸びた美少年にしか見えないレイの告白に、一瞬だけ
そして、一拍おいてから
「え……ええ――――――っ!!!?」
ゲーム筐体の音が鳴り響くゲームセンターに、騒音に負けないくらいの
伊原
一見して女の子にしか見えない、女装した少年。いわゆる
しかしその事実をまだ、目の前の二人の少女、
◇