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Ep.13 彷徨わぬ者たちについて


 そして11月の第3日曜日、レイとあまねの3回目のデート当日。


 午後3時に吉祥寺駅の公園口と呼ばれる南口で待ち合わせをすることになっていたが、東京都内の駅前繁華街近辺だけあって、周辺には溢れるような人、人、人といった有様であった。


 街に張り巡らされた道には人の切れ間は殆どなく、高校生だか大学生だかの大勢のカップルや友達の集まり、夫婦や家族などが、あるものはゆったりと、あるものは語らいながら行き交っている。


 待ち合わせ時間は、午後3時。映画館はその吉祥寺駅南口から少しばかり南の方角に歩いたところにある。


 そして今、あまねがつい先日買った女子らしい皮ベルト腕時計の、手首の外側に据えられた円い盤面を見ると、その長針と短針で組み合わされたアナログ針がぴったりと午後3時を指したところであった。


「レイくん、まだ来ないな……? この前は15分以上前から待っててくれてたのに……?」


 今、駅前南口の大きな円柱状の柱の近くで待っているあまねは、ゴスロリ服姿ではなく、チェックのスカートに白いブラウス、そしてレディースカーディガンといった、普段着の範疇ではあるがいかにもデート向けな十代の女子らしいお洒落な私服姿であった。


 眼鏡は外してコンタクトにしているため、その際立った大きな瞳は街の光を反射してキラキラと輝き、ウィッグではあるものの高級感あふれる長い髪が魅力的に垂れ落ち、ドーランではなくファンデーションでのナチュラルメイクを施したその美少女然とした様子は、道行く人の注目を集めていた。


 そして、頭頂部にはその黒髪ロングのウィッグが本来の頭から外れないように中にプラスチックバネが入っていて、頭を押さえてくれる格好となっている、それなりに幅がある紫色のヘアカチューシャが取り付けられている。


 ――もしかして、レイくんが本当は女の子だってことがぼくにバレて気まずくなっちゃったのかな。


 ――せっかく、頑張ってお化粧して、お洒落してきたのに。


 あまねがそんなことを考えて、少し気が沈みそうになったところでポシェットの中のスマートフォンの通知音が「ピコーン!」と鳴る。


 あまねがそのスマートフォンをポシェットから取り出して見てみると、コミュニケーションアプリのVINEヴァインの数字がカウントアップされ、レイから通知が来ているのがわかった。


 その通知を開いてみると、このようなメッセージが届いていた。


 レイ『吉祥寺駅の公園口にいるけど、いまどこ?』


 ――え?


 あまねは心の中で当惑する。


 なぜなら、今まさにあまねは吉祥寺駅の南駅口である公園口にいるのに、周囲にはレイの姿は一切見えないからであった。


 あまねは、自分のスマートフォンにフリック入力をして、デートの待ち合わせ相手に返事をする。


 遍『僕もいま、公園口だけど? もしかして近くにいるの?』


 そう打って、送信してレイの既読が付いたのはわかったが、しばらく何も返ってこなかった。


 あまねが戸惑って待っていると、コミュニケーションアプリであるVAINヴァインのメッセージウィンドウに、なにやらURLのような人間には読み解けない英数字の羅列が送られてきた。


 次いで、メッセージがレイより送られてくる。


 レイ『これ、タップしたら位置情報共有するから拡張機能インストールお願い』


 そのレイからのメッセージ内容に、あまねは困惑していた。


 ――ぼく、アプリのGPS位置情報共有機能なんか、使ったことないよぉ!


 ――大諦ひろあきは、そういうの苦手だし。他に友達なんかいなかったし。


 ――でも……大丈夫だよね? レイくん? 信じるよ?


 少女らしい私服姿をしたあまねが、自分のスマートフォンで使ったことのない機能にドキドキしながら、指定されたURLを開くと、何やらOSの確認メッセージとして指定された機能拡張をしてもいいか、という通知が来た。


 OKボタンをタップし、次いでスマホの本人確認パスワードを入力し、コミュニケーションアプリであるVINEヴァインの位置共有拡張機能をオンにする。


 すると間もなく、マップが新しく画面上に小さく現れてそれをタップすると拡大され、そのマップ上にピンが二つ刺さっているのがわかった。


 片方は吉祥寺駅南口、すなわち公園口にいるあまね自身の居場所を指し示すピンであるのが見て取れたので、もうひとつの吉祥寺駅北口近くに刺さっているピンがレイの居場所を示すものであるようであった。


 しばらくそのマップを眺めていると、レイの位置を示すピンがどんどん移動し、あまねに近づいてくる様子であった。


 そして、あまねがそのスマートフォンの画面を眺めていると、レイの位置を指し示すピンがあまねの居場所に刺さっているピンのすぐ近辺に来たところで後ろから声をかけられた。


「お待たせ。ごめんごめん、待ち合わせ場所間違えちゃった」


 あまねが振り向くと、そこには相変わらず黒っぽいデニムジーンズを穿いているがグレーのパーカー姿ではなく、女子にもかかわらず胸の部分がほとんど膨らんでないような男の子っぽい様相を見せているシャツを着て、冬の入り口らしいフード付きのジャケットを羽織った長身の美少年のような容貌のレイが申し訳なさそうな顔で挨拶をかけてきた。


 あまねは、デートの待ち合わせ相手が約束をすっぽかしてたわけではなく、ただ少し離れた杉並区に住んでいるレイが武蔵野市という馴れない町にて待ち合わせ場所を間違えてただけだったという事実を理解し、柔らかな感情になりながらレイを見上げて安堵の笑顔を浮かべる。


「いえいえ、レイくんが時間通りに待ち合わせ場所に来ようとしてくれていたようで良かったです。もしかしたら、すっぽかされちゃったのかと不安に思っちゃいました」


 そんなことを頬を赤らめて照れながら言うあまねに、レイは微笑んで返す。


「安心してもらえたようで良かったよ。それに、ボクとのデートのためにそんなに可愛くお洒落してくれているあまねちゃんとの約束を破るわけないって」

「褒めてくれて有難うございます。さっきまでちょっと憂鬱な気分だったんですけど、いまはとても嬉しいです」


「じゃあ、映画に遅れるといけないから行こっか。この町は詳しくないから、一緒に歩いて案内してくれる?」


 そんな、高校生の少女らしからぬボーイッシュな言葉遣いで接してくるレイに、美少女の格好をしているが本当は中学生の少年なあまねは自分を気遣ってくれるという心情が親身に感じられ、とても幸せな気持ちに思えた。


 そして、あまねはレイと並んで南口から少し進んだところにある、今日のデートの目的地である映画館に向かって歩き出す。


 その途中で色々と穏やかな感情で、取り留めない会話をしていると、レイは吉祥寺の駅の北口を公園口だと勘違いしていたということがわかった。


 少女らしくお淑やかな佇まいで歩いているあまねは、すぐ隣を颯爽と歩く頭一つ分背が高いレイを見上げて、少しだけ表情を綻ばせてこう伝える。


「吉祥寺の公園は、駅から南側にあるんですよ。だから南側の出口の方を公園口って呼ぶんです。ぼくもよく、気分転換をしたいときとかには公園に出かけて散歩したりしますよ」


「そうなんだ。じゃあさ、今日は映画観終わったらもう暗くなってて時間的に間に合わないと思うけど、また日を改めて一緒に公園行こうよ」


 レイはそう応える。


 既に11月の半ばを過ぎている時期なので、午後5時前くらいにはかなり薄暗くなっている時期なのであった。


 レイの、再び会って今度は公園を歩くデートをしようか、という提案にあまねは笑顔で了承する。


 ――もう、ぼく彷徨さまよったりしない。レイくんとこのまま、ぼくが男の子であることを隠したまま女の子同士として友達でい続けたい。


 この時のあまねは、そんな淡い期待を抱いていた。


 しかし、その思いはこれから数時間後に、神が定めた運命であるかのようにすぐに綻ぶことになってしまうのであった。


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