「オーク軍は、恐らく明日の午後やって来る。奴らを迎え撃つに当たって、互いの戦力を確認しておきたい。まずオーク兵のレベルは平均して二十程度。これは一般的な人間の騎士や兵士と同等のレベルと言っていい。それを率いるオークロードのガオンハルトはレベル四十と言ったところだ。それが今までは、俺の能力で更に倍になっていた。無敵の軍隊だった。勇者エステルが現れるまでは」
ここは村長ナディアの家。俺はエルフ達に招かれた夕食でナディアや側近達と親睦を深めた後、そのまま作戦会議へと移行した。
「先程君達と対峙した感覚で言えば、エルフの戦闘技術は充分高いと感じた。だが個人が持つ才能の水準値であるレベルはどうだろうか。レベルに関しては、進言がない限り本人しか知る事の出来ない情報。是非教えて欲しい」
俺の言葉に、その場にいた全員が頷く。長テーブルの両端で俺とナディアが向かい合い、俺の右手には母さん。左手にはミントという名のエルフ女性。他にも四人のエルフ女性達がテーブルに着席していた。彼女達はナディアの側近で、いずれも戦いに長けた戦士との事だった。
ちなみにエルフの男性は、王国滅亡の際に全て殺されてしまったらしい。
「私のレベルは三十。この場にいる他の者たちのレベルは、二十だ。ここにいない者達は恐らく......平均するとレベル十程だろう。指導はしているのだが、中々伸びないのだ。人数は合わせて五百人程度。ダーザイン殿、敵の数はどのくらいかわかるか?」
ナディアは神妙な面持ちだ。正直、状況はかなり悪い。だが事実を伝えるしかない。
「ああ、知っている。父の話では、兵は千人。それ以外にオークロードが一人と、兵士それぞれが騎乗する獣【ヴォルフ】がいる。ヴォルフの強さはオークには劣るが、獣ならではの厄介な動きをする。しかも今回は、前回勇者に敗北した事への報復。エルフを攫う事より、虐殺する事に重きを置いている筈だ。一斉に火矢を放ち森ごと村を焼き払おうとする算段だろう」
場に緊張が走る。全員が、顔を強張(こわば)らせた。
「オーク兵士が千人......! そして我らも【ヴォルフ】の強さは知っている......それも千匹いると言うのか。ふふっ、むしろ笑えてしまう程の戦力差だな」
ナディアは引き攣った笑みを見せる。その気持ちは痛い程良く分かった。正直、勝ち目はないように思えるだろう。
だが、俺には勝算があった。
「諦めるのはまだ早い。その為に俺とシェファが来た。だが作戦を話す前に一つ確認したい事がある。この村を守った勇者エステルは、もう旅立ったのか?」
「ああ。あの御人ならばダーザイン殿達が去った後、我らの無事を確認して旅立たれた。礼金も受け取らずにな。全く謙虚な御人よ。急ぎ行かねばならぬ場所があるとの事だった」
やっぱり、エステルはもういないか。
「分かった。それは予想していたから問題はない。では作戦を説明する」
俺はオーク国「ヴィーハイゼン」とエルフ村「フォレス」のある森との位置関係を説明し、オーク達の進軍経路を予想して見せた。
この森は大陸の東端、沿岸に位置している。オーク達は船を所持していないし、陸戦最強を自負しているから間違いなく南西からくる。「ヴィーハイゼン」の位置はここから南西にあるのだ。
「幹部を除く村人は全員弓を持ち、南西からやって来るオーク軍を樹上から狙い撃て。俺の能力で仲間全員のレベルを二倍に出来るから、レベルは十から二十に上がる。まずはオーク達の騎乗するヴォルフを撃って足を止め、それから乗っているオークを射撃だ。出来るか?」
「ああ、やらせよう。しかし仲間全員の力を高めるとは貴殿の力、心強いな」
そう言って微笑むナディア。普段のクールな表情とのギャップにドキリとする。母さんも美人だが、また違ったタイプの美しさ。つい胸が高鳴ってしまう。
母さんはここに来る前「ダー君。もしも好きな人が出来たら、迷わずアタックよ。だけどいきなり襲うのではなく、しっかり手順を踏んで交際してね。そしてもしも沢山恋人が出来たとしても......ダー君さえよければ、私の事も恋人代理のままでいさせて欲しいな」などと冗談混じりで言っていた。
つまり恋愛は自由だ。もちろん、一番は母さんだけど。
「ん? どうしたのだダーザイン殿。私の顔に何かついているか?」
ナディアはキョトンとした顔で、俺を見つめ返す。
「あ、いや、すまない! 何でもない!」
俺は咳払いをしつつ、チラッと母さんを見た。母さんは微笑んでいた。まるで俺を応援してくれるかのように。
まぁしかし。今はそんな場合では無いことは分かっているつもりだ。
「作戦の説明を続ける。樹上からの弓矢による攻撃でも、当然オークを完全には止められない。そこで俺とナディア、そしてミント達側近の五人は馬に乗って剣で切り込む。俺の能力でレベルは倍になるから、俺は百、ナディアは六十、他の五人も四十になる。この七人だけでも、相当な敵を削れる筈だ。倒しながら、どんどん本陣へ進め。そして目指すは敵の大将、オークロード・ガオンハルトだ。奴を倒せば敵は撤退する。間違いない」
俺の説明に、ナディアは納得したように頷く。
「なるほど、やってみる価値はありそうだな。だが敵の火矢はどうする? 森が燃えてしまっては、反撃どころではなくなるぞ」
「ああ、そこも問題はない。シェファが水の精霊魔術を使い、森の南西側全域に障壁を作る。これは内側からの攻撃は通し、外からの攻撃は防ぐ便利な代物だ」
「はーい、お任せあれ」
母さんが元気に手をあげる。
「なっ......! そんな事が可能なのか!? 私は精霊魔術には詳しくないが、術の行使には莫大な魔力が必要と聞く。今では精霊魔術の使い手は数えるほどしか残っていないが......彼女達に聞いた話では、障壁の精霊魔術はエルフ一人を守るので精一杯と言っていたぞ」
驚きに目を見張るナディア。その様子を見て、母さんは「ふふん」とドヤ顔をする。そう、母さんになら可能なのだ。何故なら母さんは......。
「大丈夫よナディア。私のレベルは二百。ダー君のお陰でそれが四百になる。つまり魔力は充分過ぎる程あるわ」
「なっ!? よ、四百!?」
素っ頓狂な声をあげるナディア。側近達も驚きの表情だ。そう、母さんはあの、勇者エステル並みの化け物なのだ。道理でエステルを魔術で気絶させる訳だ。
「それは本当に凄い。心強いです。ところでお二人はお互いを愛称で呼び合っているのですね。親子というより、まるで恋人同士のようだ」
ナディアはニヤリとしながらそう言った。きっとからかっているのだろう。作戦や俺たちの強さを知って、安心したのかも知れない。
「うふふ、そう見える? ダー君と私はね、親子であると同時に、恋人同士でもあるの。おかしな事に思えるかも知れないけど、オークの国では割と普通の事なのよ? ああ、でも全然邪魔していいからね。ダー君はね、絶賛恋人募集中なの。沢山恋人欲しいみたいだから、ナディアも立候補して良いわよ」
「いや、そんな事言ってないし! シェファが勝手に......!」
「もー、そんな事言って! 本当はハーレム作りたいクセに!」
「うっ、そ、それは......!」
母さん鋭い......!
「お二人とも、盛り上がってる所すまないのだが......」
ナディアがそっと進言してくる。
「なんだ、ナディア」
「なぁに、ナディア」
俺はちょっと期待してしまう。もしかして立候補してくれるのだろうか。
「私はオークの顔を受け付けません。はっきり言って嫌いです。それに結婚して子供が出来たとして、生まれて来るのがオークというのは無理。絶対に嫌です」
ガーン! 俺と母さんは、思わずお互いの顔を見つめた。
「大丈夫よダー君。私はダー君の顔、イケてると思うわ。とっても好きよ」
「うう......ありがとう」
優しい母さんに励まされ、どうにか元気を取り戻す俺なのであった。