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1章…第13話

私のボロアパートから歩いて20分ほどの距離、最寄り駅の近くで一人暮らしをする藍沢聖は26歳。


彼は、両親の仕事と私の進学で引っ越した18歳まで、ごく近所で育った幼なじみ。


都内のバーに勤めるバーテンダーでありながら、老舗旅館の跡取りだ。



「…迎えに来てやったぞ?」


ダメージジーンズのポケットに手を突っ込んで、白いTシャツに黒いロングコートの男。人通りの多い道で私を見つけた途端、両手を広げる



「もう…家で待っててって言ったじゃん」


「なんで?舞楽の好きなパン買ってやろうと思ったのに」


「そ…それは、買ってほしいけどさ」


好物のジャムパンを出されたら、どんな時でも私の頬が緩むと知っている。


「じゃ、行くか?…コートのポケットに手入れていいよ」


背が高くて目立つ聖が、私の肩を抱く。そして言われた通り、聖の側の手をコートのポケットに入れた。


…まるで熱い恋人同士みたいな密着だけど…私たちの間に恋愛感情はない。


あるとすれば家族的な愛で、兄妹愛だと言われれば、それが1番しっくりくる。


「…ん?どした?」


ちょっと見上げると、透かさず私を見下ろす聖の目が、甘すぎる気もするけど。





「美波に…どこまで聞いたの?」


買ってもらったジャムパンをかじっているのは聖の部屋。

広いリビングダイニングの、ソファの前のテーブルにパンを広げ、床の上のラグに直接座って聞いてみた。


「怪しい契約に手を染めたって。

…イチから説明してみ?怒らないから」


「…そんなこと言って…いつも途中で説教始めるくせに」


「…なんか言ったか?」


「…あぅっ」


私の口元についたジャムを、聖が指先ですくって舐めた。


…そういう仕草がいちいちセクシーだと、女子をブイブイ言わせているらしい。

教えてくれたのは、美波。


確かに。

聖は昔からとってもモテる男の子だった。


細マッチョな高身長で、顔がちっちゃくて鼻が高い。

目元は優しげな二重で、服と髪をそれらしくしたら、いわゆる王子様系のイケメンだ。


でも、残念ながら目の前の聖は、髪をミルクティ色に染め上げたツーブロックヘア。

伸びてくると後ろ髪を1つに結んで、ツーブロックの刈り上げを見せる。


その首筋と顎のラインが綺麗だと、これまた女子をブイブイ言わせているという。


そんな聖の耳にはいくつかピアスが光っていて、ネックレスもブレスレットも忙しく揺れてる。


顔面の影響か、不良っぽさはまったくないけど、この人が高級老舗旅館の跡取りだと聞いて、驚かない人はいない。



「…なにジッと見惚れてんの?早く説明してみな」


「見惚れてない…」



ムニっと頬をつねられ、仕方なく話しだす。



「副業してるのを会社の上司に見つかっちゃって…」


「…ほう」


「で、黙ってる代わりに交換条件出されちゃって…」


「…ん?」


「婚約者のふりを…する?」


「…舞楽」


眉をひそめる聖を見て、お説教が始まる前にと、細かい条件を話した。


「…成功報酬で、両親の借金返済したくて…」


「だからそれは、いったんうちが出すって言ったのに…」


両親が亡くなった時、老舗旅館を営む聖の両親は、私が負うことになった借金の肩代わりを申し出てくれた。


でも借金を返していくことは、呆気なく亡くなって何も親孝行できなかった私が、せめて出来ることだからと断った。


「アパートも、生活費も、俺はいくらでも支援するのに」


聖は何度か、そんな優しいことを言ってくれた。


でも学生ならまだしも、社会人になっていつまでも聖に甘えられないと、その話も断っていた。


だから私はボロアパートに住み、ギリギリの生活をしている。


たまに聖が、美波も誘って3人でご飯を食べに連れて行ってくれて…私にはそれが唯一の楽しみだった。



「心配はありがとう…でも、ご両親へのご挨拶もすんで、やることはほとんど終わっちゃったの」


「親への挨拶だけで500万?…怪しい匂いがプンプンする」


まぁ…普通はそう思うだろう。


「あと、何度か打ち合わせで会うくらい…」


「…どんな男?専務取締役って、結構いい年なんだろ?」


「うーん、29歳」


「…若いな?!」



結局、すでに契約金で借金の返済が終わったことから、聖は渋々許してくれた。


「…でも、挨拶に行くからな」


「…えぇ?」


驚いてジッと聖の目を見つめると、当然だと言って私の視線から逃れようとした。

…それでもしつこく見つめていると。


「…吸い込まれるからやめなさい」


と不思議なことを言って目をそらし、少し赤くなった。



…なんで?



その日は夕方で仕事を終える美波を待って、聖が夕飯を食べに連れて行ってくれた。


「そういえば、伝統うどんごちそうになったんだよ?」


会長が同郷の人だったことを伝えながら写真を見せると「おーっ?!」

と声が上がり、焼肉を焼いていた手を止めた。


やっぱり…今や幻の伝統うどん、皆テンションあがるんだな…!


その場でサクッと投稿しようとSNSのアプリを開いた。


すると、私のフォロワーに裕也専務が加わっていることに気付く。


はっ!私もフォローしなければ!


裕也専務のSNS、アイコンは未設定で、名前はyouになってる。


投稿も見てみると、綺麗な夜景とか外国みたいな風景とか空とか…

他にも温泉宿やめちゃくちゃ高そうなフルコースのディナーの写真があった。


そういう投稿というのは自慢みたいに見えるものも多いけど、専務の投稿はそんなんじゃなくて…


記録…って感じ。


ここに行った思い出を置いておく…みたいな。


文章はほとんど書いていない。

もちろん、場所も。

ただ、日にちだけが記されていて…見ようによっては意味深な感じもした。




投稿するって言ってた今日の伝統うどんはまだみたいだ。


私は自分の投稿ページに戻って、数行のテキストと共に投稿を完了して、幼なじみとの夕食を楽しんだ。




「上司にちゃんと言えよ、挨拶に行くこと!」


美波は彼氏が迎えに来たので、私は聖にアパートまで送ってもらった。


「わかった」と素直に言う私の頭を何度か撫でて、聖は帰っていく。



SNSがメッセージを着信したと知らせたのはその直後。


部屋に入って確認してみると、なんとそこには驚いたことに…!


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