「いらっしゃいませ~! そろそろだと思ってましたよ~」
店内に入ると奥からパタパタと沙月ちゃんが出てきた。
それにしても、私達が来るの知ってたのかな?
私が怪訝そうにしていると
「私が予約しておいたの。今日は人数も多いしね」
と、新島先輩が疑問に答えてくれた。
こういうトコロ、さすがだなぁ。
沙月ちゃんに案内され席に着く。
「どうぞ、お水です。ところで先輩達、怪我の方は大丈夫ですか?」
「あぁ。見た目ほどじゃねえよ」
「それならよかったです!」
「沙月ちゃん! 俺の事心配してくれるんだね!」
「田口先輩は一番頑丈そうなんで一番心配してないです」
「嬉しいのか悲しいのか複雑な気持ちだよ!」
ドンマイ、田口先輩。
「あ、友也さんは暫くバイトはお休みですからね! 包帯だらけじゃ仕事にならないんで」
「う……面目ない」
「お店は私達に任せてしっかり休んでくださいね。それではご注文が決まりましたらお呼びください」
そう言って一礼すると、沙月ちゃんは去っていった。
一通り注文するとみんな雑談を始めた。
文化祭の出し物の事や最近ハマっている事。
昨日あんなことがあったなんてウソみたいに笑っていた。
ただ、新島先輩は時折、鬱屈した表情を見せていた。
「それにしても相変わらず仲良いな」
「仲良いっていうより、もはや相思相愛だもん。ねートモ♪」
「あ、あぁ」
お兄ちゃんの腕を取った南先輩に苦笑いを返すお兄ちゃん。
「南ばっかりずるいわ。このパフェ美味しいよ。友也君も食べてみる?」
「いいって」
「遠慮しないでいいんだよ?」
「いやでもみんないるし……」
「いいからいいから。はい、あーん」
スプーンですくったアイスを渋々一口食べるお兄ちゃん。
「なになに~? 新島さんと佐藤くんってまた付き合いだしたの~?」
「あ、いや別にそう言うわけじゃ――」
「キャ!」
突然、お兄ちゃんの言葉を遮るように隣の席から女性の声が聞こえた。
振り返るとそこにはあたふたした友華さんが立っていた。
「友華さん!?」
「ど、どうも~」
いつからいたんだろう。
というよりもずっといたのに気づかなかっただけかも。
「あらら~盛大にココアこぼしちゃってるよ~。すみませーん!」
田口先輩がベルを鳴らすと沙月ちゃんがタオルを持って飛んできた。
「もー何やってるのお姉ちゃん!」
「ごめんね~沙月」
「あーあ、原稿もビチャビチャだよ。ホラ、お姉ちゃんどいて。私が掃除しとくから」
「で、でもどこに座ればいいの?」
「どこって……そこ空いてるじゃん」
と言って沙月ちゃんは私達の席を指さした。
「でもお邪魔だよ~」
「いいってユウ姉。こっち来なよ」
水樹先輩に手招きされた友華さんは「それじゃあ」と言って律儀に頭を下げてから席に座った。
友華さんを加えて改めて席に座り直す。
ソファー席に座るお兄ちゃんを挟むように新島先輩、水瀬先輩、友華さんが並んでいる。
そしてなぜか友華さんの隣には沙月ちゃんが座っている。
「沙月、仕事はどうしたんだ?」
「休憩中でーす」
「ココ、一応客席――」
「それにしても今日皆さんお揃いなんて珍しいですね!」
「私が誘ったの。昨日はゆっくり出来なかったから」
「そうだったんですか~」
沙月ちゃんも会話に加わりさっきよりも賑やかになった。
というよりもお兄ちゃんの取り合いみたいになってるけど。
「友也さん、怪我が痛くて泣きたくなったらいつでも胸を貸しますからね!」
「友也くんは強いから大丈夫よ。でもどうしても無理なら膝枕してあげるからね?」
「トモはギュッてされるのが好きだからいつでも言ってね!」
「ふふふ、友也君モテモテですね」
「け、怪我なら大丈夫だから!? 友華さんも笑ってないで助けて!」
なにデレデレしてんのよ!
って思うところだけど、ハーレムを作ったのは私だ。
だけど日に日に強くなるお兄ちゃんへの気持ちがそれを拒絶する。
「ん? どうしたんだ柚希ちゃん。具合でも悪いの?」
「いえ、大丈夫です」
「……そっか」
気をかけてくれた水樹先輩に、私は笑顔を張り付けて答えた。
けど本当は大丈夫なんかじゃない。
もう、自分以外の女子と絡むお兄ちゃんを見ていたくない。
「にしても相変わらず仲良いなお前ら」
「もしかしてさ~ヨリ戻ったんじゃないの~?」
「うん、そうだけど?」
新島先輩はあっさりと答え、お兄ちゃんの腕を取りニッコリと微笑んだ。
「マジかよ」
「おめでとー! もーそういう事なら言ってくれたらよかったのにさ~」
「ふふ、ごめんごめん」
「あー楓ずるいよ! 私だって付き合ってるんだから!」
そう言って水瀬先輩ももう片方の腕を自分の胸に押し付けた。
そんなことしたらバレちゃうよ!
私が焦っている横で、中居先輩達はただ口を開けていた。
すると水樹先輩が驚きを隠せない様子でお兄ちゃんに質問した。
「ちょ、ちょっといいか友也」
「な、何?」
「楓と付き合って、水瀬とも付き合ってる、のか?」
「あぁ、まぁ……」
「そ、それって二股じゃ……」
ここまで来たらもう本当の事を言うしかない。
私がそう思った瞬間
「二股じゃないよ、孝弘」
と沙月ちゃんが嬉々とした表情で断言した。
「二股じゃないってどういうことだよ、沙月」
「だって私も付き合ってるもん。あとお姉ちゃんも。ねーお姉ちゃん」
「えぇ!? 私も入ってたの?」
「当り前じゃん。だってハーレムなんだし」
沙月ちゃんは至極当然といった感じで言い放った。
一瞬時間が止まったように思えた。
まさかこのタイミングでバラされるとは。
「ハ、ハ、ハーレム!? 男の夢じゃん! マジパないっしょ佐藤くん!」
「田口はちょっと黙ってろ。佐藤、一体どういうことだ?」
「何というか、成り行きで」
「はぁ? なんだそれ」
「私が提案したんですよ。みんな友也さんが好きならみんな付き合っちゃえばいいんじゃないかって!」
「も、ものすごい暴論が飛び出してきたぞ……」
今考えれば私もそう思う。
「それに私と南が乗っかったの」
「お前らはそれでいいのかよ?」
「うーん。確かに独り占め出来ないのは嫌だけどさ。でもこうしてみんなで仲良く出来てるからいいかな~」
それを聞いた中居先輩は「お、おう」と圧され気味で納得していた。
「ユウ姉はどうなんだ? 友也の事は好きなのか?」
「好きよ? タカくんも友也さんの事好きだものね」
「その好きとは違う気がするんだけど……で、沙月は?」
「私も友也さんの事好きだけど、楓さん達には負けちゃうかな。でもこれからどんどん好きになりますからね!」
みんなポカンとしていた。
「で、でもねタカくん。沙月と仲良くなれたのはハーレムのおかげなの。皆で海に行ったの知ってるでしょ?」
「私とお姉ちゃんがハーレムメンバーで集まったおかげだもんね♪」
「ふふ、そうね」
仲睦まじそうに見つめ合う姉妹を見て
「そうか。2人がそこまで言うのなら、俺は文句ないよ。友也なら安心だしな」
と、水樹先輩は落ち着き払った様子を見せた。
すると静かに話を聞いていた及川先輩が急に立ち上がった。
「安心なんて出来ないよ! 好きな人を共有するなんて私は無理! おかしいよ!」
「落ち着けよ佳奈子」
「和樹は何とも思わないの? 他の男子が私に好意を持ってたらどう思うの?」
「ぶっ殺す」
「そうでしょ? だったら――」
「けど佳奈子がそんなヤツを相手にしない事もわかってる。俺だってそんなマネはしないってわかってんだろ?」
「それは……うん。そうだけど」
「佐藤達だってお互いに納得してハーレムなんてのをやってんだ。当人同士の問題が無いんだったら俺達と同じだ」
及川先輩は中居先輩に諭されて渋々納得した様子だった。
中居先輩は「なるほどなぁ」と一呼吸入れ口を開いた。
「これで合点がいったわ。要は新島と付き合ってた時とあんま変わんねぇってワケだ」
「え、え? そうなの??」
「楓はともかく、水瀬なんてあの時からずっと友也一筋でちょっかいだしてたよな」
「あ、確かにそうだったね!」
中居先輩に続き、田口先輩も水樹先輩の説明で納得したようだ。
「別に俺はいいと思うぜ。相手が佐藤なら、それだけ好かれんのも納得だしな」
「そうだな。俺も友也になら沙月とユウ姉を任せられる」
「うんうん。とりあえず佐藤くんがマジパないって事はわかったよ」
ハーレムの事を言ったら反対されるかと思っていたけど、まさか納得されるなんて思わなかった。
お兄ちゃんなら納得という言葉の裏に中居先輩達の信頼が視える。
その後
会計を済ませファミレスを出ると、目の前を及川先輩と会話しながら歩いている新島先輩からLINEのハーレムグループに通知が来た。
〈大事な話があるからこの後時間ください〉
新島先輩が畏まった感じでお願いするのは初めてかもしれない。
それほど大事な話って事なんだと瞬時に理解した。
〈分かりました〉
とだけ返事をしてグループが解散するのを待った。