「楽しんでいるようだな」
お祭りから帰ってきた次の日、トモナリは朝早くから道場にいた。
道場にはトモナリの他にテッサイもいて穏やかな顔をしてトモナリのことを見つめている。
ヒカリはまだ眠そうに目を擦っている。
寝ていてもいいとは言ったけれどトモナリのそばを離れようとはしない。
最初にテッサイが会った時のトモナリは不登校の少年だった。
いきなり刀をくれなどと言いに来て、不思議な才能を感じたから弟子にした。
それが覚醒者になってアカデミーに行くと言い出して、あまり人と関わる感じでもなさそうだったから心配をしていた。
だが孫娘のミズキとも仲良くしているようだし、友達もできてトモナリも楽しくやっている。
強くなることにも心の豊かさは必要だとテッサイは考えている。
トモナリが友達を作り、日々を楽しみながら強くなっているのなら嬉しいことであった。
「少し手合わせしようか」
テッサイは立ち上がると壁にかけてあった木刀を手に取った。
トモナリも立ち上がって木刀を受け取るとテッサイとトモナリは距離をとって向かい合う。
ヒカリは道場の端に寄って丸くなってトモナリのことを見守っている。
「いきますよ」
木刀を構えて集中を高める。
魔力抑制装置を100%で発動させてトモナリは完全に魔力を抑え込む。
「いつでも来なさい」
同じく木刀を構えるテッサイに隙は見当たらない。
「はっ!」
トモナリはテッサイに切り掛かる。
真っ直ぐ最短で近づき、ためらいなく最速で剣を振り下ろす。
「ふっふ……木刀でも人が切れそうな勢いだな」
ヒカリの目には一瞬テッサイが切れたようにも見えた。
しかしテッサイは切れたのではなくトモナリの攻撃を完璧に見切ってギリギリでかわしたのだった。
トモナリは続けてテッサイに切り掛かる。
魔力を抑えて体が重たくなったようにすら感じるが日々しっかりと鍛えているトモナリの動きは魔力を抑えていても速い。
けれどテッサイは冷静にトモナリの攻撃をかわし、防ぐ。
まるで水を相手にしているような気分にすらなる。
「ほぅ?」
だがトモナリもいつまでも流されてばかりではない。
だんだんとトモナリの剣がテッサイを捉え始めた。
攻撃の鋭さが増し、テッサイも回避しきれずに防御することが多くなってきた。
「ふむ、ならばこちらからもいくぞ」
「くっ!」
柔らかな水が突如として襲いかかってきた。
トモナリのリズムや呼吸、攻撃を見切って一瞬の隙を見逃さずに攻撃が飛んでくる。
攻撃こそ防げるもののトモナリの流れが全て断ち切られてしまって攻撃のリズムに乗れなくなる。
ここで流れに押し負けてしまえば飲まれて動けなくなる。
無理にでも前に出なければいけない。
トモナリは無理矢理隙を作り出してテッサイに木刀を振るう。
防御のみでは水に飲まれてしまう。
足掻いて手を動かないといつかは溺れてしまう。
滝のような汗をかき、トモナリは必死にテッサイに喰らいつく。
「届いた……」
足掻きに足掻いて作り出した一瞬の隙。
トモナリの剣がテッサイの胸元をかすめた。
「見事」
「クソジジイ……んごっ!」
ふっと笑ったテッサイの木刀がトモナリの頭に振り下ろされた。
思わず本心の一言をつぶやいたトモナリは頭を思い切り殴られて道場の床に倒れた。
「いって〜!」
トモナリは床に倒れたまま殴られたところを押さえる。
「大丈夫なのだ?」
「大丈夫じゃないなのだ……」
化け物めと思わざるを得ない。
今日こそは一本取れると思ったけれどトモナリの剣は一度かすめただけだった。
完敗である。
今回の人生割と調子良くきていたけれどテッサイには敵わない。
ヒカリが持ってきてくれたタオルを受け取って汗を拭く。
「強くなったな。そしてまだ強くなれそうだな」
テッサイは自分の胸元に視線を落とす。
高速で剣がかすめていったために道着がわずかに切れたように破れている。
まともに当たれば危ない一撃だった。
「蔵の刀、好きにせい」
「師匠?」
「刀が、神切が欲しいと言っておったな。持っていけ。今のお前さんならば力に飲まれることもなかろう。神切だけじゃない。気に入ったものがあれば持っていけ」
「……ありがとうございます」
トモナリはサッと体勢を変えて両膝をついて頭を下げる。
あの時は焦りすぎたと思った。
神切が欲しいと道場に言いに行くだなんて今考えれば恥ずかしいことだった。
それでもテッサイはトモナリをただ追い返すのではなく弟子として受け入れてくれて、戦い方を教えてくれた。
強くなってやっとまだまだ道半ばだと気づいた。
でもテッサイはトモナリの努力を認めてくれたのである。
なんだかすごく嬉しかった。
鍛錬の時は容赦がなくてムカついてしまうようなこともあるけれど、今の戦いだって思い返せば学びに満ちている。
正直今ではルビウスもいるし神切のことは別にいいかなと思っていたりするのだが良い武器はあればあるだけいい。
「どうせ持っていても使わんものならお主に預けたとて構わんだろう」
「僕も何か欲しいのだ!」
「気に入ったものがあったら持って行くといい」
「やったのだ!」
「蔵を開けてやろう」
よく見るとテッサイも汗をかいていた。
だいぶ善戦したから認めてもらったのだなとトモナリは思わず顔が綻んだ。