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第34話 ヤギの異形種

「取り敢えず、魔物から離れられたな」


 俺は転移魔法を使い、ルンと共に危機一髪であの場から離脱した。


 背後には荒涼とした大地が広がり、低く響く魔物の咆哮が風に乗って耳に届く。


 魔物たちがうごめくこの場所にいる限り、いつまた襲撃を受けてもおかしくないのだ。


 俺は改めて、ここが極めて危険な場所であることを痛感した。


「い、急いでユキ達を探さないと」


 ルンが小さな声で言う。


 微かに震えているようなその声には、不安と焦りが入り混じっていた。


 ルンの表情は緊張に引き締まり、目の奥には不安の色が見える。


 俺はルンの気持ちを理解しながらも、強い口調で答える。


「ああ、多分ユキ達はここから近いはずだ」


 俺もルンと同様、ユキ達の安否が気になる。


 俺たちと同じ場所に転移させようと試みたのだが、少し距離があったせいで、魔法の精度が落ちてしまったのだ。


 結果として指定の場所に転移させることができず、ユキ達はどこか別の場所に放り出されてしまったに違いない。


 想像するだけで、胸が締め付けられる。


(はやく見つけないと、ユキ達に危険な目に遭う可能性があるな)


 頭の中で焦りの念が膨らむが、ここで冷静さを失うわけにはいかない。


 俺は自分にそう言い聞かせながら、ルンと共に荒れた地面を踏みしめ、ユキ達と合流するために前進を続ける。


 足元の土がゴツゴツとした感触を伝え、少しでも前に進むことでユキ達の安否に近づけるのだと、必死で思い描く。


「ちょっと……霧が薄くなってきたね」


 ルンが辺りを見回しながらそう言う。


 確かに、先ほどまで立ちこめていた濃霧が薄れてきている。


 この霧が視界を遮り、時折背筋を凍らせるような気配を感じることも少なくなかったが、視界が良くなればユキ達を見つけやすくなるだろう。


(最悪の場合はアルカナクラスの探知魔法を使うしかないか……)


 とはいえ、このエリアは魔物が多く、アルカナクラスの魔法を使用するにはリスクがある。


 強力な魔力を使えば魔物を引き寄せかねないし、周囲への影響も大きい。


 俺は慎重に周りを観察しながら歩き続けた。


 緊張した空気が張り詰め、周囲の音が一層鮮明に聞こえてくる。


 風の音、土のきしみ、そして遠くで微かに感じる魔物の気配──まるで何かがこちらを見ているかのような、不気味な感覚を覚えた。


 その時、視界の奥に何かが動くのが見える。


「もしかしてユ……いや、違う」


 俺は瞬時にそれが人間ではないと判断する。


 影は数メートルの高さがあり、異様に長い四肢を持ち、ヤギのような形をした魔物──『ヤギン』だった。


 心臓がドクンと鳴り、俺は少々冷静さを失いかけた。


(くそっ、いきなり出てくるなんて)


 ヤギンは今回の討伐依頼の対象であり、知性と素早さを兼ね備えた危険な存在だ。


 その鋭い爪に一度でも引っかかれば、こちらに致命傷を負わせるだろう。


 背筋が凍りつき、何とか自分を奮い立たせなければならなかった。


「グゴガァダァダァ!!!」


 ヤギンが咆哮を上げ、その牙をむき出しにしてこちらを睨んでくる。


 まるで「逃がすものか」とでも言いたげに。


 荒涼としたこの大地の上で、周囲の空気が緊張に包まれていくのがわかる。


 ルンも肩が震え、その威圧感を感じ取っているのだろう。


「ルン、後ろに下がって俺にバフをかけてくれ。今はユキとゴウがいないからな、俺が前衛を担当する」


「え!? でもアレンは私と同じ魔術師じゃ!?」

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