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第7話 合わせ

 数時間後、俺は海辺に辿り着いて、堤防の上でその辺の土を掘って確保したイソメを釣り糸の先にセットしていた。


「思ったより平和だな」


 青い空! 青い海! いやまったく、今日ほどの釣り日よりも中々ないというものだ。


 スレの話では、何かヤバい冒険者とヤバいモンスが激突しているようだが、ひとまず周辺のその気配はないし。


「……まぁ、警戒は怠れないけどな……」


 ハハ、と乾いた笑い。俺は腰に掛けたバールを見る。


「今のところ、バールでスキルっぽいのは発動してないけど、なーんかできそうな気がするんだよなぁ~……」


 俺の直観が、『こいつはまだまだ実力を隠している』と告げている。


 だが、実際問題何ができるのか、と思った時に、まだ思いつかないのが悲しいところ。


 なので俺はすべてを忘れてのびのびと、青空の下、ご機嫌で釣りに興じることとなるのだった。


「おーし、準備完了~。じゃ、やるか」


 竿を振るい、釣り糸を投げる。それから俺は、適当にその場に腰を下ろした。


 それから、のんびりと待つ。


 釣り堀と違って、海釣りは実力以上に状況が大事だ。魚群がなければプロも釣れないし、来ていれば素人でも糸を垂らしていれば釣れる。


 要は、運が大事という事だ。運がなければ、海釣りは釣れない。


「ん? おー?」


 とか考えていたら、ウキにちょこちょこ反応が見られた。今日は運がいいらしい。


 だが、これは……と少し考える。魚によって、取るべき対応は違う。


 基本、釣りに出るのなら、近辺の釣りショップで海の調子を色々聞くのだが、生憎今は人などいない。


 となると、ここは経験が生きる場面だ。俺は直感で待ちを決める。


「ステーイ、ステーイ……」


 釣りには、『合わせ』と言う技術がある。


 食いついた魚に、釣竿を上げ、釣り針を魚に食い込ませることだ。すると魚は逃げづらくなり、釣りという勝負が始まる。


 その合わせにも、技術が出る。必要なのは相手の見極めだ。餌を食べるのが上手い魚は早合わせ。下手な魚は遅合わせ。


 釣りに限らず、勝負事は得意だ。


 俺は性格が悪いのか何なのか、相手がされたら嫌なことが分かる。ゲームでもその手で、結構な数の勝利を飾ってきた。


 ……あんまり熱中したら、親から『普通じゃない』なんて邪魔が入ったのも、思い出深い。


「普通になれない僕らの~、なんてな」


 下手な替え歌を口ずさみつつ、俺はもう一拍置いてから、クンッ、と竿を上げた。


 確かな手ごたえ。竿が大きくしなり、糸が海面に向かって張る。


 始まった、と俺は笑った。


「よぉおおっし! 勝負だ魚ぁ!」


 リールを巻く。手応えを確かめるために、竿を上下させる。


 まだまだ魚は元気なようだ。俺は竿の操作を絶えず行い、魚の疲労を誘う。


「くっ、て、手応えおっも……! これ、これは大物だぞおい……! 何が掛かってんだ、これ?」


 ともすれば竿ごと持ってかれそうな力に、俺はぐぬぬと耐え忍ぶ。


 だが、これでも俺は歴戦の釣り師。竿をうまく操作し、糸が切れないように調節して、少しずつリールを巻いていく。


「ん?」


 すると、海面に浮かんでくるのは、想像よりも遥かに大きな魚影だ。何あれ? と覗き込んだ瞬間、それは飛び上がり、俺の方まで襲い掛かってきた。


「どわぁっ!?」


 俺は間一髪で回避し、バールを抜き放つ。そして、海面から襲い掛かってきたと対峙する。


 俺に飛び掛かってきた魚影の正体。


 それは――――全身棘まみれの、真っ赤な岩のような体をした、陸なのに何か普通に呼吸している、人間大の大型魚だった。


 その姿は、まるで赤鬼だ。赤鬼が魚になったみたいな姿をしている。


「とんでもないもん釣れたぁ!?」


「キシャー!」


 仮称赤鬼魚は、陸上にもかかわらずヒレをバタバタはためかせ、俺に対して威嚇している。


 何てこった。隔離地域の魚は、陸でも呼吸できんのか。


 そう思いながら、バールを握り締め、俺はジリ……と赤鬼魚との距離を測った。


 赤鬼魚が、跳ねる。


「キシェァァアアア!」


 赤鬼魚の筋力はすさまじく、空中に飛び上がり、尖った牙の並ぶ口を大きく開けて、俺に向かってくる。


 それに俺は、不意に思いつくのだ。


「……そういえば」


 バールを手元で回す。


「バールの形状って、何か釣り針に似てるよな」


【合わせ】


 俺は回避しながら、バールを赤鬼魚の口の中目がけて振るった。バールは、まるで釣り針のように赤鬼魚の口の中に刺さり、その動きを抑制する。


「キシャッ!?」


 赤鬼魚が、地面へと墜落する。体に力が入っていないような、そんな雰囲気のある動きを見せる。


 そこで俺は引き寄せると、いとも簡単に赤鬼魚は地面を滑った。


 それをして、俺はニヤリ笑う。


「これ、強いな。『合わせ』入れたら、相手のこと好きにできるじゃん」


 隙だらけになった赤鬼魚に対し、俺は包丁を抜き放つ。


【包丁致命】


 狙うは魚のこめかみのあたり。活け締めの要領で、包丁を鋭く突きこむ。


 すると赤鬼魚は、ビクンと震えて動かなくなった。うまいこと締まったのだろう。よしよし、と俺は頷く。


「見たことない魚だったけど、モンスターじゃなかったし問題なかったな。にしてもデカい魚だわこいつ」


 言いながらも俺は手を止めない。えらの膜を切って動脈から血を流させ、血抜き。これをちゃんとすれば、生臭くならないというわけだ。


「でもこいつデカいな……運べっかな」


 少し危惧するが、バールを使って引きずる分には行けるようだ。俺は赤鬼魚を作業のしやすい水辺まで連れていき、海水でバシャバシャやって血抜きする。


「よし、完了。デカい魚は疲れるな~」


 だが、エラの色的に、ちゃんと血が抜けたはずだ。


 あとは、欲を言えば神経締め(ワイヤーを脳天に入れて神経破壊することで、身が固くなるのが遅れる)をして、もっと鮮度を長持ちさせたいところだが……。


「……持ってきたワイヤーじゃ、多分長さが足りんな。諦めよう」


 俺はむ、と顔をしかめて首を横に振った。


 出来ないことは出来ないのだ。俺に普通ができないように。


 要は、人生あきらめが肝心、ということである。


そんなことを考えつつ、俺はスマホからスレを開く。




―――――――――――――――――――――――――――


575:名前:隔離ニート

げっちゅ

URL:https://www.shashin_keisai.com/××××


576:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

魚クソデカくてワロタ


577:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

当然のようにモンスター釣ってんの笑う


578:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

それどっかで見たことあるわ。釣り系ダンジョン配信者が食われてた奴だわ


579:名前:隔離ニート

アリゲーターガーみたいにデカい魚とかも「モンスター」って呼ばれるもんな

分かる分かる


580:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

お前は何も分かってねぇよ


581:名前:ダンジョンマニアの名無しさん


582:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

イッチ、マジで自分を持ち上げる系の話信じねぇな……

過去にそう言ういじめでも受けたか? 嘘告白とか


583:名前:隔離ニート

あっあっあっあっ


584:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

やめよう……人に話せない辛い過去くらい、誰にでもあるはずだ


585:名前:隔離ニート

この話止めない?


586:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

っていうか、イッチそこ大丈夫か?

怪獣大戦争、さっき海辺を通過してたで


587:名前:隔離ニート

ひぇっ、こわすぎ

さっさと帰るわマジで


―――――――――――――――――――――――――――


 俺はスマホをしまって、そそくさと帰り支度を始める。


「あー変なのに巻き込まれたくない。変なのに巻き込まれたくない! くわばらくわばら……」


 すでに考えられ得る最大釣果は得ている。あとは無事に帰るだけだ。


 赤鬼魚を腐らせる前に、そして危険に遭遇する前に、速やかに帰ろう。


 俺はバールで赤鬼魚を持ち上げ、持ってきた普通サイズのクーラーボックスに叩き込む。


 うん! 入らないね! チクショウ!

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