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第8話 怪物の通り道

 色々考えた結果、俺はその辺の放置された船から大型クーラーボックスを拝借して、その中に赤鬼魚を入れ、クーラーボックスを自転車に設置して走り出した。


「おおぉ~、設置してるときはヤバそうだったけど、走り出したら安定したな、自転車」


 人間大の魚を入れてクーラーボックスを持ち上げた時は、腰がへし折れるかと思ったが、走り出すと案外安定した走りを見せてくれている。


 多分スキルの補助が入っているな、と言うのが俺の実感だ。


 そもそもとして、大型クーラーボックスからして赤鬼魚が入るようなサイズではなかった。けどなんか入ったのだ。これはスキルの恩恵だろう。


「みんなにザコザコ言われた日用品なんちゃらだけどさぁ~、俺これ、便利で好きだなぁ~」


 そんなことを言いながら、しゃこしゃこと進む。


 想像するのは調理法のこと。せっかく入手した超大型魚だ。これはワクワクが止まらないというもの。


「海釣りだから内臓取れば刺身が食えるぞぉ~! 今日は海鮮丼……いや! ずっと放置してたお酢が家にあった気がする! これは、寿司か……? 寿司屋タクの開店か……?」


 こんなアポカリプスな隔離地域で、寿司。なんて贅沢なんだ、と俺はウキウキワクワクしてきてしまう。


 そんな風にご機嫌で自転車を漕いでいるから、俺にしては珍しく、ビビるのが遅れた。


「……ん?」


 周囲の景色が、行きの道に比べて、更に荒廃していることに。


「……マジか」


 自転車を緩く走らせながら、気配を探る。ない。だが、警戒は解かない。


 周囲を見る。破壊痕が増え、まばらに血の跡がある。ここで戦闘があった、ということだ。


 しかし耳を澄ませても、物音はしない。戦闘があったが決着した、と言うところだろうか。


 となれば、運が良ければ相打ちで安全。悪ければ―――この戦闘の勝者が、息を潜めている、ということ。


「……」


 ぶるり、とビビリの俺は、背筋を震わせる。


 やだー! 短時間だったじゃん! 魚釣りしてるの、短時間だったじゃんて! 何で、ものの一時間程度でこんなことになってんの!


 思い出すのは、スレ民の警告。危険S級冒険者と高レベルモンスターの戦争が、この辺りであるとかないとかの話。


「クソゥ……危険S級冒険者にも、高レベルモンスターにも会いたくない……!」


 俺は急いで自転車を漕ぐ。


 神様仏様道祖神どうそじん様! どうか俺の旅の安寧をお守りください!


「ぅ……」


「ぎゃあ!」


 とか思ってたら、うめき声を聞いて、俺は急ブレーキをかけた。


 キキィーッ! と俺は自転車を止める。荷台に積んだ赤鬼魚に慣性が働いて、少しケツが持ち上がる。


 それから、緊張の面持ちで、うめき声の聞こえた先を見た。


「……な、なにぃ……?」


 怖い。怖いが、無視して動くのも怖い。俺は自転車のサイドスタンドを立て、息を殺して声の下に向かう。


「やばい奴じゃありませんように、やばい奴じゃありませんように……!」


 どうか白髪赤目のゴリゴリマッチョな、怪物みたいな人だったりしませんように!


 そう祈りながら、物陰から、そっと顔を出して確認する。


 そして、目を剥いた。


「ぅ……」


 そこにいたのは、血まみれで倒れ伏す、真っ白な髪を長く伸ばした少女だった。


 周囲には謎の肉片が飛び散り、少女のそばには根っこから引き抜かれた道路標識が転がっている。


 それを見て、俺は直感した。


「―――この子、危険S級冒険者と高レベルモンスターの戦争に、巻き込まれたんだ……!」


 なんて痛ましい、と俺は衝撃を受ける。


 なるほど、こんな被害を出しておいて、まったく気にかけもせずに去っていくとは、これは危険S級冒険者と呼ばれるのも無理はない。


 どんな奴だか知らんが、こんな華奢そうな女の子を轢いておいて、知らん顔して逃げるとは……卑劣な奴め!


「確か白髪に赤目とか言ってたな……。見たら逃げないと」


 そんなことを言いつつ、俺は女の子に近づいていく。


 女の子も髪が真っ白だが、まぁそういう偶然もあるだろう。恐怖で髪色が抜けたとかそんなん。


 よほど怖かったのだろう……おいたわしや。


 俺はそっと女の子のそばに腰を下ろし、「大丈夫ですか?」と声をかける。女の子は「ぅ……」とうめくばかり。


 うーん、これは放置したら危険そうな気がするな。かといって、救急車を呼んでも来るわけがないし……。


「……仕方ない、ここで出会ったのも何かの縁だ」


 俺は全く動かない女の子を負ぶって、自転車に戻った。基本的に筋力のない俺でも背負えるくらい、この子はやせ細っていた。


「可哀想な子だ……。怪獣大戦争に轢かれ、こんなにやせ細って……ぐすっ。待ってろよ! すぐにたらふく食べさせてやるからな!」


 幸い、家に帰ったら救急箱の一つくらいある。普通すらできない俺だけど、人の命のためだ。できることをやり切ろう。




―――――――――――――――――――――――――――


458:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

イッチ無事に帰れんのかなぁ

怪獣大戦争をリポートしてたダンジョン配信者も、巻き添えになって死んでたぞおい


459:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

まぁダンジョン配信者は蘇生魔法で生き返るとして

イッチはザコスキルだから、回収されても蘇生してもらえるかどうか微妙なのがなぁ……


460:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

二十七歳ニートにしては無邪気で可愛い奴だから、生き延びて欲しいけど


461:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

そういや今回暴れてる危険S級冒険者ってどんな奴なん?

調べたけどよく分かんなかったんだよな


462:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

あー……完全素人だと情報が入りにくいか


463:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

少しでもダンジョンに関わる仕事してれば耳に入ってくるんだけどな


464:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

業界人マウントやめろや


465:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

危険S級冒険者 『怪物』 化生院 牡丹ぼたん

スキル/吸血鬼 tier1

名前と外見、スキル以外、一切が謎に包まれた奴だよ

女だけど、腕力で道路標識とか電柱とか引っこ抜いて戦う様子に

『怪物』って呼ばれるようになった


466:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

女なん!?!??


467:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

ちょっと驚いたな。怪物なんて二つ名、男でもそうそう付かんやろ


468:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

死んだリポート系ダンジョン配信者のアーカイブ、今からでも見てこい

ほっそい腕でモンスを引きちぎるわ、車をぶん投げるわで

S級冒険者ってのがどういう次元の存在なのかが分かるぞ


469:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

ひぇええ……怖いンゴねぇ……


470:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

イッチ大丈夫かぁ~! 気を付けて変えるんだぞ~!


471:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

そうだぞ~! 道草とか食っちゃダメだぞ~!

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